ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

2018年度 - 年会員用 : 臨床講座の動画・配布教材アドレス集

 

以下は、『鍼道 一の会』東洋臨床医学講座の2018年度・年会員用コンテンツへのリンク集です。
会員の利便性のため、このブログに掲載しております。

(リンク先へのアクセスは今年度の会員様のみ可能です)

 

● 配布教材置き場【Google ドライブ「一の会2018」

 

 第1回(2018年4月22日開催)

 

110.太陽病(下)155条 附子瀉心湯

一五五条

心下痞、而復惡寒、汗出者、附子瀉心湯主之。方十八。

心下痞して復た惡寒し、汗出づる者は、附子瀉心湯(ぶししゃしんとう)之を主る。方十八。

一五六条

本以下之、故心下痞、與瀉心湯。痞不解、其人而口燥煩、小便不利者、五苓散主之。十九(用前第七證方)。一方云、忍之一日乃愈。

本(もと)之を下すを以ての故に、心下痞す。瀉心湯(しゃしんとう)を與うれども、痞解(げ)せず、其の人渴して口燥(かわ)き煩し、小便不利する者は、五苓散之を主る。十九(前の第七證方を用う)。一方に云(い)う、之を忍ぶこと一日にして乃ち愈ゆと。

 155条は、153条の続きとして読むのが宜しいと思います。

 153条の「太陽病、醫發汗、遂發熱、惡寒。因復下之、心下痞。」を冒頭につなげてみてください。

 太陽病に罹って、医師が発汗・下法を用いた後に現れた心下痞の腹証です。

 その後、155条では、再び悪寒と自汗が現れたと記されています。

 方剤を見ると、大黄黄連湯に黄芩と炮附子が加えられています。

 この悪寒と自汗は、表証が残ったものではなく、下焦が水で塞がれたことによって、陽気が条達できないためだと解釈することが出来ます。

 加えて、黄芩が配されていることから、心下に湿熱が塞がっていることも分かります。

 附子を単に腎陽の虚を補うと考えていては、大黄を用いることがためらわれますよね。

 ですから、附子瀉心湯を服用すると、便通だけでなく小便利も得られることが分かります。

 

〔附子瀉心湯方〕

大黄(二兩) 黄連(一兩) 黄(一兩) 附子(一枚炮去皮破別煮取汁)

右四味、切三味、以麻沸湯二升漬之、須臾絞去滓、内附子汁、分温再服。

大黄(二兩) 黄連(一兩) 黄芩(一兩) 附子(一枚、炮じて皮を去り、破り別ち、煮て汁を取る)

右四味、三味に切り、麻沸湯(まふつとう)二升を以て之を漬(した)し、須臾(しゅゆ)にして絞り滓を去り、附子汁を内(い)れ、分かち温め再服す。

活動報告ー4月 臨床医学講座スタート

 好天に恵まれた4月22日、大阪・南森町にあります大阪医療技術学園専門学校の教室をお借りして、2018年度の臨床医学講座が始まりました。

 

 午前中は、稻垣座長による時事講義。

 三年間に渡る ある患者様とのかかわりを、ドキュメンタリータッチで披露。

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 患者の主訴は、運動器疾患です。

 発達障害を持つお子さんを、女手ひとつで懸命に働きながら育ててこられました。

 初診時の患者の状態は、精神状態も悪く半ば錯乱しており、問診の信憑性も欠く中での治療は困難さを極めたであろう様子が伝わってきました。

 

 彼女にとって、この疾患が人生上において、どのような意味を持っているのか。

 彼女のこころに、今のこの現実世界がどのように映っているのか。

 この疾患が、彼女にとってプラスの面を持つならば、それは何か。

 

 治療者として、自身の中で生じる疑問・葛藤と向かい合いながら、この三年の間、患者を裁くことなく寄り添うように診療を重ねてきたことで、ようやく患者の精神状態は落ち着きを取り戻し、主訴も軽減してきています。

 稻垣座長の根気の良さ、どこまでも一貫して患者を理解しようと努める姿勢は、大いに学び・倣うところだと筆者は感じました。

 

 『鍼道 一の会』は、単に病だけに焦点を中てる疾医ではなく、治療者・患者が互いに「人が生きることの意味を問う」、言うなれば宗教医学の立場を目指しています。

 

 その観点から、「鍼道 一の会」臨床医学講座の冒頭にふさわしい症例だったと感じています。

 

 そして参加者の方からは、下半身の運動器疾患であるにもかかわらず、上焦の手厥陰・手少陰の治療穴を用いているのはなぜか、という質問がありました。

 ここは、筆者も語らせて頂きました。

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 「こころ」と「からだ」と言葉を用いて、あるいは図示すると、どうしても分けることになってしまいます。

 ところが人というのは、こころとからだを分けることのできない「ひとつ」の存在であります。

 こころの状態はからだに現れますし、からだの状態は即ちこころの状態なのです。

 

 また同時に、目に見える現象(症状)と、本質(病因)は、必ずしも一致するとは限りません。

 ここで、心眼を開くということが治療者に求められるのです。

 下半身の運動器疾患に手厥陰・手少陰を用いた理由はその辺りにあります。

 

 また午後の冒頭、永松副代表による時事講義「守・破・離」でも、それに関連した話題を取り上げて頂きました。

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 守とは、形。

 武道でいえば、型になります。

 いわゆる基礎です。

 最初は まず形・型を覚え、常にそれを意識しながら修練します。

 そうするといずれ意識せずとも形・型を崩すことなく行えるようになります。

 ここから、ようやく次の段階に進むことが出来ます。

 

 破とは、形・型を状況に応じて自在に変形・応用できるようになること。

 このあたりから、何事も面白く感じられるようになるのではないでしょうか。

 

 離は、無意識・自在の境地です。

 型はすでに無意識レベルに落とし込まれているということですね。

 自在といってもでたらめではなく、ちゃんと理が備わっている、「道」に至った境地です。

 

 午前の講義にもありましたように、こころの状態を観て身体の状態を察知し、身体の状態を観て心の状態を察知する・・・言葉で書くと、どうしてもこのようになってしまいます。

 が、これも修練、トレーニングとして日々取り組めば、必ずや自分のものとなって参ります。

 同じ場の「気」を共有された皆様には、ちゃんと伝わっていると感じております。

 

 そして午後からは、「一の会」問診表を用いて自己弁証のトレーニング。

 まずは自らの状態を記入して頂きました。

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 自己弁証をするにあたり、押さえるべきポイントについて、今期から参加された方々には、講師4人がフル稼働でサポート致しました。

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 そして仕上げは、経年参加者の方に、ご自身の心身の状態を弁証した内容を発表して頂きました。

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 NA先生は、ご自身が尿管結石を発症された経緯からの気づきをシェアしてくださいました。

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 NI先生は、ご自身を<木性>と称され、伸び伸びできないでいると、疲れたころに百会から膀胱経に沿って腰にまで痒みが出ると。

 痒みは、掻くと早々に消失するため、陰邪の存在は否定されます、と考察。

 (NI先生には、5月の基礎講座より経絡学の講師としてデビューしていただきます。

 伸び伸びとした講義を、期待しています!)

 

 そして、元中学校体育教師の尾関先生。

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 「はい!では・・・」と話されるこの「はい!」で、場の空気が一変して話に引き込まれました。

 場の気を瞬時に変える術というか技といいますか・・・さすが!です。

 気になる弁証内容はヒ・ミ・ツです。笑

 

 臨床医学講座初日、みなさまのお陰で和気藹々と終始和やかな雰囲気で過ごすことが出来ました。

 

 次回の臨床講座は、望診術です。

 今回作成したカルテを元に、ペアになって順次カルテを完成させていく流れになります。

 参加者の皆様、そして実技室をお貸しくださいました大阪医療技術学園専門学校の関係者の皆様、ありがとうございました。

 

 次回『鍼道 一の会』東洋基礎医学講座は5月13日、臨床医学講座は5月27日です。

  『鍼道 一の会』についてのお問い合わせは、事務局 大上(おおがみ)まで

  詳細はこちらへ↓

109.太陽病(下)153・154条 大黄黄連瀉心湯

一五三条

太陽病、醫發汗、遂發熱、惡寒。因復下之、心下痞。

表裏倶、陰陽氣並竭、無陽則陰獨。

復加燒鍼、因胸煩、面色青黄、膚者、難治。

今色微黄、手足温者、易愈。

太陽病、醫汗を發すれども、遂に發熱、惡寒す。因りて復た之を下し、心下痞す。

表裏倶(とも)に虛し、陰陽の氣並びに竭(つ)き、陽無ければ則ち陰獨(ひと)りなり。

復た燒鍼(しょうしん)を加え、因りて胸煩す。

面色青黄(せいおう)、膚(はだ)瞤(じゅん)する者は、治し難し。

今色微黄(びおう)、手足温なる者は、愈え易し。

一五四条

心下痞、按之濡。其脉關上浮者。大黄黄連瀉心湯主之。方十七。

心下痞し、之を按じて濡(なん)。其の脉關上浮の者は。大黄黄連瀉心湯之を主る。方十七。

 

 153条と154条を並べて書いたのは、153条に後人の覚書が紛れ込んで、意味を理解するのに煩雑になると思いますので、ひとつの条文にして解説するためです。

 153条 太陽病、醫發汗、遂發熱、惡寒。因復下之、心下痞。

 154条 按之濡。其脉關上浮者。大黄黄連瀉心湯主之。

 上記の条文を一つにして意訳してみます。

 太陽病に罹り、医師が汗法を用いたところ、解熱するどころかさらに発熱・悪寒するようになった。

 その後、陽明病を思わせる証があったので下法を用いたところ、発熱・悪寒は去ったものの、心下痞が現れた。

 その心下を按じてみると、意外と柔軟である。

 そして脈を按じると、関上に浮脈が現れている。

 これは、大黄黄連瀉心湯証である。

 

 以上、あまり解説は必要ないと思います。

 ただ、わざわざ関上が脈浮ということから、中焦に何らかの邪実が存在していると推測できます。

 下法で駆逐しきれなかった、余邪が残っているとも理解できます。

 方剤を見てみましょう。

 

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 方剤は、僅か大黄・黄連の二味ですが、最下部に記しています大黄黄連湯方のなかで林億が指摘しているように、実は黄芩が欠落しているとの説があります。

 腹証奇覧では、心下のみの腹証ですが、腹証奇覧翼では心下から胸の下あたりにまで腹証が及んでいます。

 浅田宗伯(1815-1894)も、林億が言うように、黄芩・黄連のペアでないと瀉心湯にはならないとしているようです。

 荒木性次は、大黄黄連湯と大黄黄連黄芩湯(以下、三黄瀉心湯)とを使い分けています。

 大黄黄連湯は、本条の証候を目安に用いており、三黄瀉心湯は、吐血・衄血する者を目安に用いています。

 また、過度の勉強・囲碁将棋などして精神を疲れた場合に、三黄瀉心湯証が現れることがあるとも記しています。

 このあたりのことは、実際の臨床において医師の加減の範疇に入ると思います。

 復習もかねて、薬能を記して終わりに致します。

 

黄連 気味 苦寒 燥湿清熱
 薬徴:心中煩悸を主るなり。傍ら心下痞、吐下、腹中痛を治す。
 増補薬能:心熱を去る。


黄芩 気味 苦寒 燥湿清熱
 薬徴:心下痞を主治す。兼ねて胸脇満、心煩、嘔吐、下痢を治するなり。
 新古方薬嚢:熱を和し熱より生ずる心下痞、下痢、腹痛、身熱等を治すること黄連の如し。心煩の証は著しからず、これ黄連と異なる所なり。黄連は上部にゆくこと多く、黄芩は下部にゆく事多きものなり。


大黄 気味 苦寒
 薬徴:結毒を通利することを主る。
 新古方薬嚢:裏に熱ありて大便出でず便秘し又は下利するを治す。又腹痛、腹満を治す。或いは内に熱あり、胃に仕えありて吐する者を治す。或いは頭痛する者を治す。大黄の行く所は内に熱あるが主なれば小便の色濃く口中燥き又は目の中赤き者等多し。

 

〔大黄黄連瀉心湯方〕

大黄(二兩) 黄連(一兩)

右二味、以麻沸湯二升漬之、須臾絞去滓。分温再服。(臣億等看詳大黄黄連瀉心湯、諸本皆二味、又後附子瀉心湯、用大黄黄連黄附子、恐是前方中亦有黄、後但加附子也、故後云附子瀉心湯、本云加附子也。

大黄(二兩) 黄連(一兩)

右二味、麻沸湯(まふつとう)二升を以て之を漬(ひた)し、須臾(しゅゆ)にして絞り滓を去り。分かち温め再服す。(臣億等看詳大黄黄連瀉心湯、諸本皆二味、又後附子瀉心湯、用大黄黄連黄芩附子、恐是前方中亦有黄芩、後但加附子也、故後云附子瀉心湯、本云加附子也。)

108.太陽病(下)152条 十棗湯方剤吟味

〔十棗湯方〕

芫花(熬) 甘遂 大戟

右三味、等分、各別擣為散。以水一升半、先煮大棗肥者十枚、取八合、去滓、内藥末。強人服一錢匕、羸人服半錢、温服之。平旦服。若下少病不除者、明日更服、加半錢。得快下利後、糜粥自養。

芫花(げんか)(熬る) 甘遂(かんつい) 大戟(だいげき)

右三味、等分し、各別に擣(つ)きて散と為す。水一升半を以て、先ず大棗の肥(ひ)なる者十枚を煮て、八合を取り、滓を去り、藥末(やくまつ)を内(い)る。強人(きょうじん)は一錢匕(ひ)を服し、羸人(るいじん)は半錢を服し、之を温服す。平旦(へいたん)に服す。若し下(げ)少なく病除(のぞ)かざる者は、明日更に服し、半錢を加う。快下利(かいげり)を得たる後は、糜粥(びしゅく)もて自(みずか)らを養う。

 下記の配剤を見て頂くと分かるように、大棗以外は有毒で、現在は残念ながら、入手できません。

 服用すると、下利が得られ、快癒するそうです。

 甘遂は、大陥胸湯にも用いられており、心下・胸部の水を動かすようです。

 「腹診考」では、心下痞鞕満に加え、心下を按じて指頭にこたえ、時として脇下に引痛するものを、目付にしています。

 また多くは項背強痛の証を兼ねるとありますので、大陥胸丸・湯の証にも似通ったところがありますね。

 「腹証奇覧翼」でも同じく、心下痞鞕満して、脇下に引き痛むものを眼目として、これを攻めて、水を瀉すと余症は解すと記されています。

 「十棗湯方」を見ますと、方剤名になっている大棗10枚を先に煎じて、粉末にした余薬を入れて服用します。

 そして安全のためなのでしょう、陽気が盛んな昼日に服用させ、効果が得られない場合は、翌日になってから少し薬量を増やして服用させなさいと指示しています。

 非常に用心深い感じがしますので、起死回生の大瀉法、相当激しい方剤なのだと分かりますね。

 大塚敬節は、この方剤の服用後、激しい利尿作用と瀉下が見られると述べています。

 そして最後に、快下利を得て症状が治まったのなら、薄い粥で正気を養いなさいとまで述べているので、相当正気を傷るのでしょう、扱いには慎重を要する方剤です。

 筆者も、一度服用してみたい方剤のひとつです。

 153条は、原文と読み下し文のみ記載しています。

芫花 気味 辛苦寒 有毒
中薬学:逐痰滌痰 殺虫療癬
薬徴:水を逐うを主る。傍ら咳、掣痛を治す。
新古方薬嚢:気を強めよく水を下す故に蓄水に依る咳嗽、上気、喘、呼吸困難等を治す。

甘遂 気味 苦寒 有毒
中薬学:瀉水除湿 逐痰滌飲 消腫散結
薬徴:水を利するを主る。傍ら掣痛・咳煩・短気・小便難・心下満を治す。
新古方薬嚢:胸腹の留飲を下す。故に之に由る短気、胸腹満、を治す。短気は息切れの事を言ふなり。

大戟 気味 苦寒 有毒
中薬学:瀉水除湿 逐痰滌飲 消腫散結
薬徴:水を利するを主る。傍ら掣痛、咳煩を治す。
新古方薬嚢:熱のためにさえぎられ滞りたる水を下すことを主る、而してその能甘遂と相似たる所ありて小異あるものの如し、大戟の根は地中に直入し甘遂は地中を横走す、恐らく人の体中に入りても此れに因みたる働きあるにあらざるや。

大棗 気味甘平
薬徴:攣引拘急を主冶するなり。傍ら咳嗽・奔豚・煩躁・身疼・脇痛・腹中痛を治す。
新古方薬嚢:大棗に緩和の効あるものと見ゆ、また大棗には血の循りを良くするのはたらきあり。

一五三条

太陽病、醫發汗、遂發熱、惡寒。因復下之、心下痞。表裏倶、陰陽氣並竭、無陽則陰獨。復加燒鍼、因胸煩、面色青黄、膚者、難治。今色微黄、手足温者、易愈。

太陽病、醫汗を發すれども、遂に發熱、惡寒す。因りて復た之を下し、心下痞す。表裏倶(とも)に虛し、陰陽の氣並びに竭(つ)き、陽無ければ則ち陰獨(ひと)りなり。復た燒鍼(しょうしん)を加え、因りて胸煩す。面色青黄(せいおう)、膚(はだ)瞤(じゅん)する者は、治し難し。今色微黄(びおう)、手足温なる者は、愈え易し。

107.太陽病(下)152条  十棗湯

一五二条

太陽中風、下利、嘔逆、表解者、乃可攻之。其人漐漐汗出、發作有時、頭痛、心下痞滿、引脇下痛、乾嘔、短氣、汗出不惡寒者、此表解裏未和也、十棗湯主之。方十六。

太陽の中風、下利、嘔逆(おうぎゃく)し、表解(げ)する者は、乃ち之を攻むべし。其の人漐漐(ちゅうちゅう)として汗出で、發作時有り、頭痛、心下痞して鞕滿(こうまん)し、脇下に引きて痛み、乾嘔、短氣、汗出でて惡寒せざる者は、此れ表解すれども裏未だ和せざるなり、十棗湯(じゅっそうとう)之を主る。方十六。

 先に下に記載しています方剤を見ると、有毒の瀉水の峻剤ばかりです。

 ですから、素体として水飲がかなり存在している前提で条文を読むと理解しやすいと思います。

 太陽中風証に罹って、下痢と嘔逆するのは、五苓散証の水逆と似ています。

 下痢は、実熱利です。

 悪寒・発熱などの表証が解けたのなら、裏の水飲を攻め下しなさいとの指示ですね。

 そして十棗湯の証候です。

 しっとりとするような汗が出て、時々発作のように症状が悪化し、頭痛がして心下が痞鞕して、脇下にまで引きつるように痛み(掣痛)、からえずきがして息切れするような呼吸促迫がある。

 汗は出ているが悪寒がないので、これはすでに表は解けており、裏が和していないので、十棗湯で下法を用いなさいという事ですね。

 次回は、方剤を吟味して、「腹診考」と「腹証奇覧翼」から、この腹証を引用しますね。

 図は、腹証奇覧と腹証奇覧翼のものです。参照してください。

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〔十棗湯方〕

芫花(熬) 甘遂 大戟

右三味、等分、各別擣為散。以水一升半、先煮大棗肥者十枚、取八合、去滓、内藥末。強人服一錢匕、羸人服半錢、温服之。平旦服。若下少病不除者、明日更服、加半錢。得快下利後、糜粥自養。

芫花(げんか)(熬る) 甘遂(かんつい) 大戟(だいげき)

右三味、等分し、各別に擣(つ)きて散と為す。水一升半を以て、先ず大棗の肥(ひ)なる者十枚を煮て、八合を取り、滓を去り、藥末(やくまつ)を内(い)る。強人(きょうじん)は一錢匕(ひ)を服し、羸人(るいじん)は半錢を服し、之を温服す。平旦(へいたん)に服す。若し下(げ)少なく病除(のぞ)かざる者は、明日更に服し、半錢を加う。快下利(かいげり)を得たる後は、糜粥(びしゅく)もて自(みずか)らを養う。

 

 

106.太陽病(下)149条 半夏瀉心湯と小柴胡湯

〔半夏瀉心湯方〕

半夏(半升洗) 黄 乾薑 人參 甘草(炙各三兩) 黄連(一兩) 大棗(十二枚擘)

右七味、以水一斗、煮取六升、去滓、再煎取三升、温服一升、日三服(一方用半夏一升)。須大陷胸湯者、方用前第二法。

半夏(半升洗う) 黄芩 乾薑 人參 甘草(炙る、各三兩) 黄連(一兩) 大棗(十二枚擘く)

右七味、水一斗を以て、煮て六升を取り、滓を去り、再煎して三升を取り、一升を温服し、日に三服す(一方に半夏一升を用うと)。大陷胸湯を須(もち)いる者は、方前の第二法を用う。

 さて、小柴胡湯と半夏瀉心湯を比較して、半夏瀉心湯の症候をもう少し明確につかみたいと思います。

 小柴胡湯と半夏瀉心湯の腹証の図を挙げます。

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 腹証図を観て頂くと、小柴胡湯はやはり少陽枢機の膈を中心とした上下横の広い範囲。

 半夏瀉心湯は、心下のごく限られた部位か、腹証奇覧翼の図のように心下から下の部位ですね。

 方剤を比較してみます。

小柴胡湯  半夏 黄芩 人参 大棗 炙甘草 生姜 柴胡 

半夏瀉心湯 半夏 黄芩 人参 大棗 炙甘草 乾姜 黄連 

 

 このように並び変えて比べてみると、一目瞭然ですね。

 小柴胡湯ー柴胡+黄連=半夏瀉心湯 となります。

 他に生姜が乾姜に代わっていますので、心下で水が結実していることが分かります。

 そして半夏・乾姜で水と痰を解き、黄芩と共に心下痞を下に持って行きます。

 半夏は、痰飲・嘔吐を治すとありますので、邪の方向性は下です。

 柴胡が除かれているので、膈というより心下にポイントを絞っていますね。

 そして黄連は、気味苦寒で、心中煩悸を主るので、邪熱が胸にあることが分かります。

 方剤名も「瀉心」湯ですから。

 また、人参・大棗が配されていますので、心下は満であまり硬くないものから少し緊張のあるものまで、ある程度の幅があるだろうと思います。

 まとめますと、心下に痰と水が結集し、しかも寒熱が錯綜している。

 胸はなんとなくモヤモヤとした煩や軽い動悸があり、食は進まず腹中には雷鳴があり、軟便か下利の傾向にあるなどの症候が推測できるのではないでしょうか。

 

 

 

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 第1回(2018年4月15日開催)

 

105.太陽病(下)149条 半夏瀉心湯

一四九条

傷寒五六日、嘔而發熱者、柴胡湯證具、而以他藥下之、柴胡證仍在者、復與柴胡湯。

此雖已下之、不為逆、必蒸蒸而振、却發熱汗出而解。

若心下滿而痛者、此為結胸也、大陷胸湯主之。

但滿而不痛者、此為痞、柴胡不中與之、宜半夏瀉心湯。方十五。

傷寒五、六日、嘔して發熱する者は、柴胡湯の證具(そな)わる、而(しか)るに他藥(たやく)を以て之を下し、柴胡の證仍(な)お在る者は、復た柴胡湯を與う。

此れ已に之を下すと雖も、逆と為さず、必ず蒸蒸(じょうじょう)として振(ふる)い、却って發熱汗出でて解す。

若し心下滿して鞕痛(こうつう)する者は、此れ結胸を為すなり。大陷胸湯之を主る。

但だ滿して痛まざる者は、此れを痞(ひ)と為す、柴胡之を與(あた)うるに中(あた)らず。半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)に宜し。方十五。

  この条文、錯簡や後人が書き加えたものが紛れ込んでいるのか、さては欠落があるのでしょうか、なかなかややこしいので、意訳しながらちょっと整理してみます。

 

傷寒五、六日、嘔して發熱する者は、柴胡湯の證具(そな)わる

 傷寒に罹って5・6日が経過したところ、吐き気がして依然として発熱しており、柴胡湯証と判断するに足りる症候が確認できる。

 おそらく、胸脇苦満であるとか往来寒熱、黙々として飲食を欲せず、などの証候があるのでしょう。

 

而(しか)るに他藥を以て之を下し

 ところが緊急を要する腑実があったのか、他薬でこれを下した。

 ここから、下した後の変証に対する対処が記されています。

 

柴胡の證仍(な)お在る者は、復た柴胡湯を與う。

 此れ已に之を下すと雖も、逆と為さず

 必ず蒸蒸(じょうじょう)として振(ふる)い、却って發熱汗出でて解す。

 それでも柴胡湯の証があれば、柴胡剤を与えるのがよい。

 すでに下法を用いたとしても、病位が落ちていないので逆治とは言えない。

 柴胡剤を与えると、少陽枢機が通じるので内熱が蒸し上がるようになるが、汗が出るまでは悪寒戦慄する。

 そしてさらに発熱するようになり、太陽病にまで病位が戻ると発汗解肌して治癒するのである。

 

若し心下滿して鞕痛する者は、此れ結胸を為すなり。大陷胸湯之を主る。

  ところが下した後、結胸になってしまった場合には、水熱互結の大陥胸湯証ですよと言う事ですね。

 93.太陽病(下)128-131条 大陥胸丸

 

但だ滿して痛まざる者は、此れを痞と為す、柴胡之を與(あた)うるに中らず。半夏瀉心湯に宜し。

 下した後、心下が満であっても硬くなく、自覚的に痛まないのは痞である。胸脇苦満が無いのであれば、柴胡湯証では無く、半夏瀉心湯証であろう。

 痞(ひ)とは、自覚的に「つかえる」感じのするもので、痛むというほどではないけれど、何となくすっきりとしない感じだと思います。

 条文の意訳は、こんな感じでしょうか。

 下図は、腹証奇覧からのものです。

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 次回は、小柴胡湯と半夏瀉心湯を比べて、もう少し半夏瀉心湯の症候をつかみたいと思います。

 腹証奇覧翼の腹診図をみると、何やらもう少し複雑そうです。

 150条と151条は、原文と読み下し文のみの掲載です。

 

〔半夏瀉心湯方〕

半夏(半升洗) 黄 乾薑 人參 甘草(炙各三兩) 黄連(一兩) 大棗(十二枚擘)

右七味、以水一斗、煮取六升、去滓、再煎取三升、温服一升、日三服(一方用半夏一升)。須大陷胸湯者、方用前第二法。

半夏(半升洗う) 黄芩 乾薑 人參 甘草(炙る、各三兩) 黄連(一兩) 大棗(十二枚擘く)

右七味、水一斗を以て、煮て六升を取り、滓を去り、再煎して三升を取り、一升を温服し、日に三服す(一方に半夏一升を用うと)。大陷胸湯を須(もち)いる者は、方前の第二法を用う。

 

一五〇条

太陽少陽併病、而反下之、成結胸。心下、下利不止、水漿不下、其人心煩。

太陽と少陽の併病(へいびょう)、而(しか)るに反って之を下し、結胸と成る。心下鞕(かた)く、下利止まず、水漿(すいしょう)入らず、其の人心煩(しんはん)す。

一五一条

脉浮而緊、而復下之、緊反入裏、則作痞。按之自濡、但氣痞耳。

脉浮にして緊、而(しか)るに復た之を下し、緊反って裏に入れば、則ち痞を作(な)す。之を按じて自(おのずか)ら濡(なん)なるは、但だ氣痞するのみ。

104.太陽病(下)147条 柴胡桂枝乾姜湯

一四七条

傷寒五六日、已發汗而復下之、胸脇滿微結、小便不利、而不嘔、但頭汗出、往来寒熱、心煩者、此為未解也。柴胡桂枝乾薑湯主之。方十三。

傷寒五、六日、已(すで)に汗を發して復た之を下し、胸脇滿微結(びけつ)、小便不利、渴して嘔せず、但だ頭汗(づかん)出で、往来寒熱、心煩する者は、此れ未だ解(げ)せずと為すなり。柴胡桂枝乾薑湯(さいこけいしかんきょうとう)之を主る。方十三。

  簡単に意訳してみます。

 傷寒に罹って5・6日が経過した。その間に麻黄湯で発汗させ、腑実が残ったので承気湯類でこれを下しました。

 ところがその後、胸脇が満となり少し結するようになった。そして小便が不利となり、口渇が現れたが吐き気は無い。

 ただ頭部に発汗がみられ、往来寒熱して心煩が現れているのは、まだ十分に表が解けていないためである。これらは柴胡桂枝乾姜湯証である。

 配剤を見ると、表裏同治です。

 胸脇満と往来寒熱とありますので、小柴胡湯と比較してみます。

 小柴胡湯

 柴胡 黄芩 炙甘草 生姜  人参 半夏 大棗 の7味

 柴胡桂枝乾姜湯

 柴胡 黄芩 炙甘草 乾姜  桂枝 牡蛎 栝楼根 の7味

 青文字は、共通していますので、両剤共に少陽枢機の膈を開く方剤です。

 あと生姜が乾姜に代わっています。

 薬徴では、生姜と乾姜は、共に水を動かす剤でその働きは大同小異であると述べ、生姜は嘔吐を主治し、乾姜は結滞水毒を主冶すると述べられています。

 このことから、胸脇満で微結しているのは、水毒の結滞で胸部にその累が及んでいるので、胸腹の動を主冶する牡蛎が配されているのだと分かります。

 胸脇苦満に比べて、その緊張度が厳しくないので大棗を外し、汗法・下法で津液が不足して小便不利と口渇が現れているので、栝楼根を加味して津液の回復を図っているのでしょう。

 桂枝は衝逆を主治して肌表を温めるといったイメージでしょうか。

 146条の柴胡桂枝湯よりも、症状としては多彩なようですが、より正気虚邪実ですね。

 

 148条は、後人の攙入と思われますので、原文と読み下し文のみ末に掲載しました。

〔柴胡桂枝乾薑湯方〕

柴胡(半斤) 桂枝(三兩去皮) 乾薑(二兩) 樓根(四兩) 黄(三兩) 牡蠣(二兩熬) 甘草(二兩炙) 

右七味、以水一斗二升、煮て六升を取り、去滓、再煎取三升、温服一升、日三服。初服微煩、復服汗出便愈。

柴胡(半斤) 桂枝(三兩皮を去り) 乾薑(二兩) 栝樓根(かろこん)(四兩) 黄芩(三兩) 牡蠣(ぼれい)(二兩熬る) 甘草(二兩炙る) 

右七味、水一斗二升を以て、煮て六升を取り、滓を去り、再煎し三升を取り、一升を温服し、日に三服す。初め服して微煩(びはん)し、復た服して汗出でて便(すなわ)ち愈ゆ。

一四八

傷寒五六日、頭汗出、微惡寒、手足冷、心下滿、口不欲食、大便、脉細者、此為陽微結、必有表、復有裏也。脉沈、亦在裏也。汗出、為陽微。假令純陰結、不得復有外證、悉入在裏、此為半在裏半在外也。脉雖沈緊、不得為少陰病。所以然者、陰不得有汗、今頭汗出、故知非少陰也、可與小柴胡湯。設不了了者、得屎而解。十四(用前第十方)。

傷寒五六日、頭汗(づかん)出で、微(び)惡寒し、手足冷え、心下滿ち、口食欲せず、大便鞕(かた)く、脉細の者は、此れ陽微結(ようびけつ)と為す、必ず表有り、復た裏有るなり。脉沈なるも、亦(ま)た裏在るなり。汗出づるは、陽微(ようび)と為す。假令(たと)えば純陰(じゅんいん)結すれば、復た外證有ることを得ず、悉(ことごと)く入りて裏り在り、此れ半(なか)ば裏に在り半ば外に在りと為すなり。

脉沈緊なりと雖(いえど)も、少陰病と為すを得ず。然(しか)る所以(ゆえん)の者は、陰は汗有るを得ざるに、今頭汗(づかん)出づるが故に少陰に非ざるを知るなり。小柴胡湯を與うべし。設(も)し了了(りょうりょう)たらざる者は、屎(し)を得て解(げ)す。十四(前の第十方を用う)。

活動報告ー4月 2018年度 基礎講座スタート

 先日4/15、あいにくの雨の中ではありましたが、今期も『鍼道 一の会』は新しい会員様をお迎えしてのスタートを切りました。

 

 午前中は、参加者の皆様の現時点での「終始」を順次ご披露して頂きました。

 「終始」というのは、易の考え方からの提案で、この道(鍼道)を志した動機=「始」と、これからの未来に向けて到達したい目標=「終」のことです。f:id:ichinokai-kanazawa:20180417091523j:plain

 この「終始」については、毎年みなさまと確認し合っているのですが、経年参加者の方は、年々この「終」が高くなってますのを、うれしく感じながらお聞きしていました。

 

 参加者の皆様それぞれ、様々な思いをお持ちでしたが、共通していることは、目の前の患者さんを良くしたい・楽にしてあげたいということでした。

 加えて、現時点ではそれができていない自分の至らなさに苦悩しておられる、その点も同じです。

 

 筆者は、仏道で言えばすでに皆さん菩薩道に入っておられると感じました。

 菩薩道というのは、人の苦悩に接して、自らも一緒に苦悩しながら共に幸せになる道を歩むことです。

 

 筆者個人の「終」=目標の方向性は、宗教を「幸せになるための人生哲学」と概念付けて、宗教という言葉に対する誤解を恐れず、宗教医学としての東洋医学の可能性を拡げていきたいと考えています。

 

 人の病苦は、単に肉体だけのものではありません。

 こころとからだとたましいは、分けることのできないひとつのものだからです。

 

 つい最近、筆者が改めて気づいたこと。

 肉体があるから意識があるのではなく、意識があるから肉体があると言う事です。

 「無限大の意識の中に有限の肉体が在る」

 「この意識こそが肉体を存在させている」

 東洋医学の『気一元』の世界からみると、上記のように観えるのは当然だと考えております。

 

 

 そして雨が上がりました午後からは、永松副代表による身体学。

 今回の最初は「推手」

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 ごく簡単な動作ですが、最初はなかなかうまくいきません。

 しかし慣れてくると、相手と組み合うことで、相手の精神状態、身体の重心の位置などを、手に取るように掴むことが出来るようになります。

 

 さらに臨床においては、患者さんへの近づき方、手の出し方・触れ方、刺鍼時の術者の気の重心の作り方など、応用無限なのです。

 この領域は、言葉を尽くしても語り切れるものではありません。

 体験を通じてのみお伝えすることが可能です。

 互いの身体を通じて感覚を楽しむこの推手、大いに盛り上がりました。

 

 

 そして引き続き永松副代表による「易学講義」

 易学は、自然界における森羅万象はもちろん、人の人生や身体における気の変化の「兆し」を捉えようとする学問です。

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 易学といえば占いを思い浮かべる方が多いですね。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉があるように。

 本来、易学は単に占いのためのものではないのですが、あえて六十四卦の意味するところに親しむために、皆で硬貨を用いて卦を出してみました。

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 筆者は、八卦レベルでの理解しか持ち合わせていませんので、64卦は今年の課題にしたいと思います。^^;

 

 

 お次は、若手の中でも成長著しい江見木綿子講師による「時空と臓象経絡学」講義。

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  「一の会教科書」を用いて、初参加の方々に配慮したガイダンス的な内容と、今期の講義の流れを解説して下さいました。

 

 また今期後半に、奇経八脉を より臨床に応用するための講義を行う予定であると告知。

 江見先生ご自身が腑に落ちたことを、ご自分の言葉で語られますので、例年「分かりやすい」「イメージとして捉えやすい」など、受講者の方々から好評な声が多数届いています。

 年々、講義内容に深さ・厚みが増してきておられますので、会員の皆様、今期はさらに期待していてくださいね。

 

 そして稻垣座長による「一の会式・東洋医学理論」講義。

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 数年前に改定され、かなり分厚くなった「東洋医学概論」の教科書(鍼灸学校での教育に用いられているもの)について。

 その教科書が、これまでよりかなり中医学的な構成となっていることを指摘し、読み方・学び方や留意すべき点など、参加者の学生諸氏にも配慮した内容となりました。

 

「中医学的な人体観」と「一の会的な人体観」とは、表面的には共通する部分も多々あるのですが、根本的なところでは全く異なります。

 その根本的な違いとは、

 唯物論で構成された「中医学」 と、

 気一元で構成した「一の会」の医学 です。

 この違いは、実は天地の差ほど大きいのです。

 この点を混乱なく押さえて頂く配慮がされました。

 

 

 そして最後に再び、永松副代表による「身体学」

 普段から自分で行うことのできる「治療家の身体作り」がテーマです。

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 今期は「六字訣」を中心に、進めてくださるとのこと。

 ここで、永松流身体学の素晴らしい点を、金澤自身の体験として少し語らせていただききました。

 ★とにかく数多く治療しても疲れません。

 ★同じように刺鍼しても、効果が格段に上がります。自分でもびっくりするくらい。

 

 そのためには、今日この場だけのものにせず、家に持ち帰って日々意識的に行うこと、これに尽きます。

 と言う事で、初めから終わりまで、「終始」盛り上がった会場でした。^^

 

 

 次回、『鍼道 一の会』臨床医学講座は4月22日(日)。

(大阪・南森町の大阪医療技術学園専門学校実技室をお借りして、開催させていただきます。)

 
 『鍼道 一の会』は、随時入会を受け付けております。

 興味が湧いた、面白そう、ピン!と来た方、どうぞお問い合わせください。

 お問い合わせは

 『鍼道 一の会』 事務局 大上(おおがみ)まで

  詳細はこちらへ↓

 

103.太陽病(下)146条 柴胡桂枝湯

一四六

傷寒六、七日、發熱、微惡寒、支節煩疼、微嘔、心下支結、外證未去者、柴胡桂枝湯主之。方十二。

傷寒六、七日、發熱、微惡寒(びおかん)、支節(しせつ)煩疼(はんとう)、微嘔(びおう)、心下支結(しけつ)し、外證未だ去らざる者は、柴胡桂枝湯之を主る。方十二

  さっと目を通すと、条文も配剤も何となく微妙な感じですね。

  傷寒に罹って6・7日が経過したのですから、他経に伝変してもいい時期です。

 ところが発熱して微悪寒、四肢の関節が煩熱して疼くことから、まだ表証が存在していると分かります。

 そして微嘔です。これで少陽との併病の可能性が出てきます。

 そして心下支結ですから、心下から胃脘部位につかえがあり少し緊張がある状態です。

 これらの事から、胸脇苦満の軽症と判断することが出来ます。

 方剤を見ると桂枝湯合小柴胡湯であることが分かります。

 イメージとしては、少陽枢機を和して膈を通じさせ、桂枝湯で中焦の気を上焦に挙げて発するという感じです。

 <金匱要略・腹満寒疝宿食病> P303 22条

  治心腹卒中痛者 

 上記の症候に柴胡桂枝湯を用いていますので、現代医学的には胆のう炎や膵炎、気滞による胃潰瘍など、応用範囲の広い方剤として雑病にも用いられているようです。

 桂枝湯合小柴胡湯ですから、少陽枢機を開き、中焦の気を体表に持って行き、発する方剤と薬能を覚えておけば良いと思います。

 

〔柴胡桂枝湯方〕

桂枝(去皮) 黄(一兩半) 人參(一兩半) 甘草(一兩炙) 半夏(二合半洗) 芍藥(一兩半) 大棗(六枚擘) 生薑(一兩半切) 柴胡(四兩)

右九味、以水七升、煮取三升、去滓、温服一升。本云人參湯、作如桂枝法、加半夏、柴胡、黄、復如柴胡法。今用人參作半劑。

桂枝(皮を去り) 黄芩(一兩半) 人參(一兩半) 甘草(一兩炙る) 半夏(二合半洗う) 芍藥(一兩半) 大棗(六枚擘く) 生薑(一兩半切る) 柴胡(四兩)

右九味、水七升以て、煮て三升取り、滓を去り、一升を温服す。本(もと)云う人參湯、作(つく)ること桂枝の法の如く、半夏、柴胡、黄芩を加え、復た柴胡の法の如く。今、人參を用い半劑(はんざい)と作(な)すと。

102.太陽病(下)145条 如見鬼狀者

一四五

婦人傷寒、發熱、經水適来、晝日明了、暮則語、如見鬼者、此為熱入血室。

無犯胃氣、及上二焦、必自愈。十一。

婦人傷寒、發熱し、經水(けいすい)適(たまた)ま来り、晝日(ちゅうじつ)は明了(めいりょう)なるも、暮(くれ)れば則ち讝語し、鬼狀(きじょう)を見(あら)わすが如くなる者は、此れ熱血室(けっしつ)に入ると為す。

胃氣及び上の二焦を犯すこと無ければ必ず自(おのずか)ら愈ゆ。十一。

 今回は、太陽中風証ではなくて傷寒証に罹って発熱しているのですね。

 そしてたまたま来潮したのですが、143条・144条と違って、昼間は正常であるが、夜になると讝語して、鬼のようなものを見るなどという幻覚症状まで現れると述べられています。

 おそらくこの讝語も、激しくはっきりと精神異常と分かる支離滅裂なものなのでしょう。

 衛気は昼日は体表をめぐり、夜は内に入るのですから夜間に症状がはっきりと現れると理解できます。

 61条 乾姜附子湯証の「昼日煩躁不得眠、夜而安静」と真逆です。

 これは陽病と陰病の違いとして、ぜひとも覚えておきたいところです。

 

 太陽中風は、自汗がありますのである程度内熱が抜けることが出来ますが、傷寒は無汗ですので出口が塞がっているのですね。

 素体として、肝鬱による内熱が盛んだったのかもしれません。

 血室に結ばれた邪熱が、心神を犯した証ですね。

 胃気と上・中焦が犯されなければ、必ず自然治癒するとしています。

 この「犯す」ですが、邪気が犯すのではなく、医師が誤治を犯さなければと筆者は解釈しています。

 讝語ですから、陽明腑実の承気湯類かもしれません。

 また124条抵当湯証に「其人発狂者」とあります。

 また144条に小柴胡湯証の「熱入血室」の病理が説かれている訳ですから、柴胡加芒硝湯や大柴胡湯証が適応するのかもしれませんね。

 本条の症候を治療する際には、腹証や兼証を詳らかにする必要があります。

 この婦人科シリーズは本条で終わりです。

 このシリーズ、<金匱要略・婦人雑病>に入れておいても良いと思いますね。

 

 

 

 

101.太陽病(下)144条 熱入血室 小柴胡湯

一四四条

婦人中風、七八日續得寒熱、發作有時、經水適斷者、此為熱入血室、其血必結、故使如瘧發作有時、小柴胡湯主之。方十。

婦人中風、七、八日續いて寒熱を得(え)、發作時有り、經水(けいすい)適(たまた)ま斷つ者は、此れ熱血室に入ると為す。其の血必ず結(けっ)す。故に瘧狀(ぎゃくじょう)の如く發作に時有らしむ。小柴胡湯之を主る。方十。

 143条と同じように、婦人が太陽中風証に罹って、7・8日が経過した。

 悪寒発熱が、一旦は治まったかのようですが、発作的に発熱悪寒が起きることがあり、同時に来ていた月経が止まってしまった。

 そして瘧(おこり)のように発作的に寒熱往来するのは、熱が血室に入って結ばれてしまったからであると言う事ですね。

 小柴胡湯がこれを主るとあるので、この場合は少陽枢機を和せば、下焦で鬱した熱が季肋部でいったん止められて起きる、発作的な往来寒熱も治まるということでしょう。

 143条の「刺期門」よりも、少し病位が下であると言えないでしょうか。

 おそらく、胸脇苦満や黙々として飲食を欲しないなどの少陽病の兼証も存在していても不思議ではないですね。

 小柴胡湯に関しては、すでに触れていますので過去ブログで復習なさってください。

 75.太陽病(中)96条 小柴胡湯

 今回は、これまで。

100.太陽病(下)143条 刺期門

一四三条

婦人中風、發熱惡寒、經水適来、得之七八日、熱除而脉遲、身涼、胸脇下滿、如結胸語者、此為熱入血室也。當刺期門、隨其實而取之。九。

婦人中風、發熱惡寒し、經水(けいすい)適(たまた)ま来る、之を得て七、八日、熱除きて脉遲、身涼しく、胸脇の下(した)滿ちること結胸狀の如く、讝語する者は、此れ熱血室に入ると為すなり。當に期門を刺すべし、其の實するに隨って之を取る。九。

 例によってまず意訳します。

 婦人が脉浮緩、頭項強痛、自汗の中風証に罹って悪寒発熱していた。

 ちょうどその時、たまたま来潮して7・8日が経過した。

 熱は退いて脈も数から遅脈となって、身体も涼しく感じるようになった。

 ところが結胸証のように胸脇の下が満となり、讝語するようになった。

 これは熱が血室に入ったためである。

 このような場合は、実している期門を刺すべきである。

 

 病理機序から解説すると、太陽病では発汗解肌すべきところ、たまたま来潮してしまったために自然瀉法となってしまい、邪の一部が内向してしまったのでしょう。

 脉も遅となり熱も除かれて身体が涼しく感じるのですから、一旦は表証を離れていると考えても差し支えないと思います。

 さらに7・8日経過しているのですから、月経も止まったことにより逐次正気の回復も始まる頃です。

 そうしますと内向していた邪気と正気が対抗して、結胸のように胸から脇の下にかけて満となってしまったのですね。

 しかも讝語まで現れるようになって来ましたが、すでに退熱しているので陽明腑実や陽明経証の讝語ではない。

 これは、熱が血室に入ったためであると説明されています。

 この血室、筆者は子宮が思い浮かぶのですが、血に関係する衝脉・肝の臓でもいいかと思いますが、下焦の熱が心神を犯して讝語する様子が想像できます。

 次回、144条にも、血室が出て参ります。

 本条も併せて読み進めたいと思います。