ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

167.少陰病 301条 麻黄附子細辛湯

【三〇一条】

少陰病始得之、反發熱、脉沈者、麻黄細辛附子湯主之。方一。

少陰病始めて之を得て、反って發熱し、脉沈の者は、麻黄細辛附子湯(まおうさいしんぶしとう)之を主る。方一。

  この条文、短いので病態が今ひとつ掴み切れません。

 そもそも、少陰病で、「始めてこれを得て」の「これ」とは何なのでしょう。

 例によって方剤を見てみます。

〔麻黄細辛附子湯方〕

麻黄(二兩去節) 細辛(二兩) 附子(一枚炮去皮破八片)

右三味、以水一斗、先煮麻黄、減二升、去上沫、内諸藥、煮取三升、去滓、温服一升、日三服。

麻黄(二兩、節を去る) 細辛(二兩) 附子(一枚、炮(ほう)じて皮を去り、八片に破る)

右三味、水一斗を以て、先ず麻黄を煮て、二升を減じ、上沫を去り、諸藥を内れ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服し、日に三服す。

 わずか三味の簡素な方剤ですが、薬徴から解いてみたいと思います。

 麻黄:「喘欬水気を主冶する」でした。

 麻黄湯を身て頂ければと思います。 35.太陽病(中) 35条 麻黄湯

 細辛:「宿飲停水を主冶する」41.太陽病(中)40条 小青龍湯(1)金匱の記述

 小青龍湯で述べています。

 附子:「水を逐うことを主る」 69.太陽病(中)91・92条 四逆湯(2)

 四逆湯を見てください。

 これらの三味の気味は全て辛温剤で、しかも水に関係していますね。

 麻黄は上焦の肌表の水。

 細辛は中焦の水。

 附子は下焦の水に関係しています。

 

 これらから、素体として元々痰飲を持っていて、体内の水が身体の陽気を阻んでいるところに表寒を受けてしまった状態と考えることが出来ませんでしょうか。

 ですので、発熱も現れていますし、脉沈は、陽気の衰退というよりも水が陽気を阻んでいる状態だと考えられます。

 だから発熱していると考えられます。

 ですから当然、発熱・悪寒はしていても、脈は浮とならずに沈となり、しかも脈微細にはならないのだとも推測できますよね。

 しかも本方に用いられている附子が、生ではなく炮附子であることからも水邪によって阻まれている陽気の衰退が軽微であることも分かると思います。

 

166.少陰病 282条 少陰病形悉備

【二八二条】

少陰病、欲吐不吐、心煩但欲寐、五六日自利而渴者、屬少陰也。虛故引水自救。

若小便色白者、少陰病形悉具。小便白者、以下焦虛有寒、不能制水、故令色白也。

少陰病、吐せんと欲して吐せず、心煩し但だ寐(いね)んと欲し、五、六日自利して渴する者は、少陰に屬するなり。虛するが故に、水を引きて自ら救う。

若し小便の色白き者は、少陰の病形悉(ことごと)く具わる。小便白き者は、下焦虛して寒有り、水を制すること能わざるを以ての故に色をして白からしむるなり。

 少し意訳します。

 少陰病で、気分が悪くて吐きたいのだけれども吐くことが出来ず、胸の辺りがソワソワして胸苦しく(心煩)、こんな状態が5・6日続いて自然と下痢をして口渇が現れたのは、少陰病に属する。

 さらに小便の色が無色透明であれば、少陰病としての病形が整ったのである。

 下焦に、虚寒が存在し、水を制することが出来ないがために小便の色は無色透明なのである。

 

 少陰病では、吐きたくても吐けないほど体力が落ちていると分かります。

 そして続いて起きる下利もまた、虚寒による固摂作用の低下によるものですね。

 同時に津液も失われるので口渇が現れますが、膀胱蓄水証の五苓散や陽明腑証の承気湯類の口渇のような激しいものでないことも分かると思います。

 この口渇、おそらく口乾が現れ、なんとなく水を飲みたがる感じだろうと思います。

 この口渇、後に出て参ります黄連阿膠湯との比較を意識しているだろうと考えていますが、黄連阿膠湯の条文に至った時に再考いたします。

 もちろんこの場合、発熱症状は無いと思います。

 熱の有無は、小便の色で確認できると述べられています。

 ここは、押さえておくべきところだと思います。

 283条から300条までは、原文と読み下し文のみの掲載です。

 

【二八三条】

病人脉陰陽倶緊、反汗出者、亡陽也。此屬少陰、法當咽痛而復吐利。

病人脉陰陽倶(とも)に緊、反って汗出ずる者は、亡陽なり。此れ少陰に屬ず。法は當に咽痛(いんつう)して復た吐利すべし。

【二八四条】

少陰病、欬而下利、讝語者、被火氣劫故也。小便必難、以強責少陰汗也。

少陰病、欬(がい)して下利(げり)し、讝語する者は、火氣に劫(おびや)かさるるが故なり。小便必ず難し。強いて少陰を責め汗しむるを以てなり。

【二八五条】

少陰病、脉細沈數、病為在裏、不可發汗。

少陰病、脉細沈數なるは、病裏に在りと為す、汗を發すべからず。

【二八六条】

少陰病、脉微、不可發汗、亡陽故也。陽已虛、尺脉弱濇者、復不可下之。

少陰病、脉微、汗を發すべからず、亡陽するが故なり。陽已(すで)に虛し、尺脉弱濇(じゃくしょく)の者は、復た之を下すべからず。

【二八七条】

少陰病、脉緊、至七八日自下利、脉暴微、手足反温、脉緊反去者、為欲解也、雖煩下利、必自愈。

少陰病、脉緊、七、八日に至りて自下利し、脉暴(にわ)かに微(び)、手足反って温かく、脉緊反って去る者は、解せんと欲すと為(な)すなり。煩して下利すと雖も、必ず自ら愈ゆ。

【二八八条】

少陰病、下利、若利自止、惡寒而踡臥、手足温者、可治。

少陰病、下利(げり)し、若しくは利自(おのずか)ら止み、惡寒して踡臥(けんが)し、手足温の者は、治すべし。 

【二八九条】

少陰病、惡寒而踡、時自煩、欲去衣被者、可治。

少陰病、惡寒して踡(かがま)り、時に自(おのずか)ら煩し、衣被(いひ)を去らんと欲する者は、治すべし。

【二九〇条】

少陰中風、脉陽微陰浮者、為欲愈。

少陰の中風、脉陽微陰浮の者は、愈えんと欲すと為(な)す。

【二九一条】

少陰病欲解時、從子至寅上。

少陰病解せんと欲する時は、子(ね)從(よ)り寅(とら)の上に至る。

【二九二条】

少陰病、吐、利、手足不逆冷、反發熱者、不死。脉不至(至一作足)者、灸少陰七壮。

少陰病、吐利し、手足逆冷(ぎゃくれい)せず、反って發熱する者は、死せず。脉至らざる者は、少陰に灸すること七壮。

【二九三条】

少陰病、八九日、一身手足盡熱者、以熱在膀胱、必便血也。

少陰病、八、九日、一身手足盡(ことごと)く熱する者は、熱膀胱に在るを以て、必ず便血するなり。

【二九四条】

少陰病、但厥、無汗、而強發之、必動其血。未知從何道出、或從口鼻、或從目出者、是名下厥上竭、為難治。

少陰病、但だ厥して、汗無し、而(しか)るに強いて之を發すれば、必ず其の血を動ず。未(いま)だ何(いず)れの道從(よ)り出づるかを知らず。或いは口鼻從(よ)りし、或いは目從(よ)り出づる者は、是れを下厥上竭(げけつじょうけつ)と名づく。治し難しと為す。

【二九五条】

少陰病、惡寒、身踡而利、手足逆冷者、不治。

少陰病、惡寒し、身踡(かがま)りて利し、手足逆冷する者は、治せず。

【二九六条】

少陰病、吐、利、躁煩四逆者、死。

少陰病、吐利し、躁煩、四逆する者は、死す。 

【二九七条】

少陰病、下利止而頭眩、時時自冒者、死。

少陰病、下利止みて頭眩(づげん)し、時時自ら冒(ぼう)する者は、死す。 

【二九八条】

少陰病、四逆、惡寒而身踡、脉不至、不煩而躁者、死(一作吐利而躁逆者死)。

少陰病、四逆し、惡寒して身踡(かがま)り、脉至らず、煩せずして躁する者は、死す(一作吐利而躁逆者死)。 

【二九九条】

少陰病六七日、息高者、死。

少陰病六、七日、息高き者は、死す。

【三〇〇条】

少陰病、脉微細沈、但欲臥、汗出不煩、自欲吐、至五六日自利、復煩躁不得臥寐者、死。

少陰病、脉微細沈、但だ臥(ふ)せんと欲し、汗出でて煩せず、自ら吐せんと欲し、五、六日に至って自利し、復た煩躁して臥寐(がしん)することを得ざる者は、死す。

165.少陰病 281条 少陰病の綱領

【二八一条】

少陰之為病、脉微細、但欲寐也。

少陰の病為(た)るや、脉微細、但(た)だ寐(いね)んと欲するなり。

 少陰病の病は、脈が微細で、ただ横になって寝たがるものである。

 意訳が必要ないくらい簡単な内容です。

 これまで太陽病から、ずっと条文を追いかけてきましたが、随分と静かな感じがしませんでしょうか。

 これと言って痛んだり苦しんだりする様子も無く、脈もかすかに触れる程度でおとなしく寝ている・・・

 完全な陰証、虚脱状態だと想像できます。

 もし、病邪が存在していても、それに対抗する正気が無いため、症状はおとなしくしかも深部に邪気が潜んでいるとも想像できます。

 このイメージを元に、これから少陰病の条文を見て参ります。

164.太陰病 279条 桂枝加芍薬湯 桂枝加大黄湯

【二七九条】

本太陽病、醫反下之、因爾腹滿時痛者、屬太陰也、桂枝加芍藥湯主之。大實痛者、桂枝加大黄湯主之。三。

本(もと)太陽病、醫反って之を下し、爾(そ)れに因りて腹滿し、時に痛む者は、太陰に屬するなり。桂枝加芍藥湯(けいしかしゃくやくとう)之を主る。大いに實痛する者は、桂枝加大黄湯(けいしかだいおうとう)之を主る。三。

 太陽病に罹って医師が下したくなるような腹満・便秘があったのでしょう。

 そして医師が誤って下しをかけたところ、腹満して時に痛むようになってきたのですね。

 そこで桂枝湯に芍薬を倍加した、桂枝加芍薬湯です。

 この桂枝加芍薬湯は、小建中湯から膠飴を去ったものです。

 74.太陽病(中)102条と小建中湯の方意

 太陽と太陰の併病と言ったところでしょうか。

 そしてその痛み方が厳しいものは、桂枝加大黄湯で下すとあります。

 恐らく太陽病に罹って、「先表後裏」すべきところを誤って下法を用いて後、桂枝加芍薬湯証になるものは、素体が虚の傾向。

 桂枝加大黄湯になるものは、素体が実の傾向にある者との違いによって生じるのでしょう。

 大黄は、「結毒を通利する」のですから、瀉下剤だからです。

 下図は腹証奇覧翼のものです。

f:id:ichinokai-kanazawa:20180405171625j:plain

 

 図を大きく掲載していますので、図中の注釈も併せて読んで頂けたらと思います。

 せっかくですから、桂枝湯方、改めてご覧頂けたらと思います。

 11.太陽病(上)桂枝湯の方意

 280条は、原文と読み下し文のみの掲載です。

 太陰病は、これで終わりです。

 次回からは、少陰病に入って参ります。

 

〔桂枝加芍藥湯方〕

桂枝(三兩去皮) 芍藥(六兩) 甘草(二兩炙) 大棗(十二枚擘) 生薑(三兩切)

右五味、以水七升、煮取三升、去滓、温分三服。本云桂枝湯、今加芍藥。

桂枝(三兩、皮を去る) 芍藥(六兩) 甘草(二兩、炙る) 大棗(十二枚、擘く) 生薑(三兩、切る)

右五味、水七升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、温め分かち三服す。本(もと)云う、桂枝湯に今芍藥を加うと。

 

〔桂枝加大黄湯方〕

桂枝(三兩去皮) 大黄(二兩) 芍藥(六兩) 生薑(三兩切) 甘草(二兩炙) 大棗(十二枚擘)

右六味、以水七升、煮取三升、去滓、温服一升、日三服。

桂枝(三兩、皮を去り) 大黄(二兩) 芍藥(六兩) 生薑(三兩、切る) 甘草(二兩、炙る) 大棗(十二枚、擘く)

右六味、水七升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服し、日に三服す。

 

【二八〇条】

太陰為病、脉弱、其人續自便利、設當行大黄、芍藥者、宜減之、以其人胃氣弱、易動故也(下利者先煎芍藥三沸)。

太陰の病為(た)るや、脉弱、其の人續(つづ)いて自ら便利す。設(も)し當に大黄、芍藥を行(や)るべき者は、宜しく之を減ずべし。其の人胃氣弱く、動じ易きを以ての故なり(下利する者は先ず芍藥を煎じて三沸す)。

 

163.太陰病 277条 宜四逆輩

【二七七条】

自利、不渴者、屬太陰、以其藏有寒故也、當温之。宜服四逆輩。二。

自利して、渴せざる者は、太陰に屬す。其の藏に寒有るを以ての故なり。當に之を温むべし。四逆輩(しぎゃくはい)を服すに宜し。二。

 下痢をしても、口渇が無いのは、臓に寒があるためだと述べられています。

 そして臓を温めるには、少陰病位の方剤である四逆湯類が良いと記されています。

 「宜し」ですから、四逆湯類の他に、理中丸や真武湯でも良いと思います。

 この条文中に記されている口渇なのですが、下痢をしていて口渇が無いのは、一般的なことで、少陰病・厥陰病では口渇のある場合もあると大塚敬節は述べています。

 厥陰病はともかく、少陰病だと臓に寒があるのですから、口渇が無いはずだと思うのですが、なぜ口渇が現れる場合があるのでしょうねぇ。

 その条文に行き当たりましたら再考したいと思います。

 やはり通り一遍の鑑別では、心もとないですね。

 確信を持って、診断治療したいものです。

 278条は、原文と読み下し文のみの掲載です。

 

【二七八条】

傷寒脉浮而緩、手足自温者、繫在太陰。太陰當發身黄。若小便自利者、不能發黄。至七八日、雖暴煩下利、日十餘行、必自止。以脾家實、腐穢當去故也。

傷寒、脉浮にして緩、手足自ら温かき者は、繫(かか)りて太陰に在り。太陰は當に身に黄を發すべし。若し小便自利する者は、黄を發すること能わず。

七、八日に至りて、暴煩(ぼうはん)し、下利(げり)日に十餘(よ)行(こう)なりと雖も、必ず自ら止む。脾家實し、腐穢(ふあい)當に去るべきを以ての故なり。

162.太陰病 276条 宜桂枝湯

【二七六条】

太陰病、脉浮者、可發汗、宜桂枝湯。方一。

太陰病、脉浮の者は、汗を發すべし、桂枝湯に宜し。方一。

  太陰病篇に、なぜ桂枝湯なのでしょうか。

 桂枝湯は、発表剤でした。

 5.太陽病(上)2・3条 中風と傷寒症状の意味

 しかも冒頭に「太陰病」とありますから、275条太陰病の綱領「お腹が満になって吐き、食を受け付けず自下利が甚だしく、時にお腹が痛む」という症候が存在しています。

 これは発病前にすでに脾虚傾向にあり、その上に太陽病に罹ってしまった病態であることが分かります。

 つまり普段から下利傾向で腹が脹滿しており、食も細く進まない状態で表寒を感受してしまった。

 そして第1条 「太陽之為病、脉浮、頭項強痛而惡寒」 となり、しかも第2条 「太陽病、發熱、汗出、惡風、脉緩者、名為中風」となった状態です。

 ですので、脈浮は、脈浮緩で、どちらかと言えば緊張感の無い脈だと分かります。

 前回も述べましたが、太陰病にまでなって来ますと、少陽・柴胡湯証、少陰・四逆湯証との鑑別はかなり慎重に行うことが必要になってきます。

〔桂枝湯方〕

桂枝(三兩去皮) 芍藥(三兩) 甘草(二兩炙) 生薑(三兩切) 大棗(十二枚擘)

右五味、以水七升、煮取三升、去滓、温服一升、須臾啜熱稀粥一升、以助藥力、温覆取汗。

桂枝(三兩、皮を去る) 芍藥(三兩) 甘草(二兩、炙る) 生薑(三兩、切る) 大棗(十二枚、擘く)

右五味、水七升を以て、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。須臾(しゅゆ)に熱稀粥(ねつきしゅく)一升を啜(すす)り、以て藥力を助け、温覆(おんぷく)して汗を取る。

161.太陰病 273条~275条 太陰病の綱領

【二七三条】

太陰之為病、腹滿而吐、食不下、自利益甚、時腹自痛。若下之、必胸下結鞕。

太陰の病為(た)るや、腹滿して吐し、食下らず、自利(じり)益々甚だしく、時に腹自ら痛む。若し之を下せば、必ず胸下結鞕(けっこう)す。

 いよいよ太陰病に入って参りました。

 この237条はすでに触れていますので、参考にして頂けたらと思います。

 78.太陽病(中)100条 小建中湯と小柴胡湯

 

  条文を意訳しますと、「太陰病というのは、お腹が満になって吐き、食を受け付けず自下利が甚だしく、時にお腹が痛む」というものです。

 その後に続く若下之、必胸下結鞕」は、後人の攙入と思われますので、削除してよいと思います。

 腹満は陽明病でも現れますが、太陰病の腹満は虚満ですので、望診でもはっきりと確認できます。

 なんとなく締まりがないと言いますか、ぼんやりとした感じです。

 舌苔は、化熱していなければ白苔です。

 そして場合によっては吐いたり、飲食物を受け付けなくなることが記されています。

 ここは少陽病との鑑別が必要ですね。(少陰病の正証を思い浮かべてくださいね。)

 本条では、「自利が益々激しい」とありますが、虚秘便秘の場合もあります。

 その場合は、最初はしっかりした便であっても、最後には緩くなるか泥状便(大便溏)となります。

 便の性状のバリエーションは、幅広いですので病理を理解しておいてくださればと思います。

 自利している場合は、少陰病・四逆湯類との鑑別が必要です。

 この太陰病レベルですと、四肢の厥冷にまで至っていないはずです。

 そして時々腹痛するのは、正気が持続的・継続的に邪気に対抗できない姿として理解することが出来ます。

 当然、痛みの程度も、そんなに激しくないでしょう。

 慢性雑病においても、このような状態が現れることがママあります。

 その際、虚実を明確にする必要があります。

 下利=虚と単純に捉えないことですね。

 274条と275条は、例によって条文と読み下し文のみの掲載です。

 

【二七四条】

太陰中風、四肢煩疼、陽微陰濇而長者、為欲愈。

太陰の中風、四肢煩疼(はんとう)し、陽微(び)陰濇(しょく)にして長の者は、愈(え)えんと欲すと為(な)す。

 

【二七五条】

太陰病欲解時、從亥至丑上。

太陰病解せんと欲する時は、亥(い)從(よ)り丑(うし)の上に至る。

160.少陽病 263条~272条 少陽病の綱領から最終条まで。

【二六三条】

少陽之為病、口苦、咽乾、目眩也。

少陽の病為(た)る、口苦(にが)く、咽(のど)乾き、目眩(くるめ)くなり。

 いよいよ少陽病に入って参りました。

 この263条は、少陽病の綱領です。

 まずはこの条文、心下季肋部に鬱熱があるので口内が苦く感じて喉が乾燥し、左右差が生じるのでめまいを生じると述べられています。

 少陽病の方剤としては、小柴胡湯、大柴胡湯、柴胡加芒硝湯などのバリエーションがありますし、瀉心湯類や梔子豉湯類もある意味この少陽病位だと考えています。

 参考のため、ここまで記されている小柴胡湯に関する過去ブログを列記しました。

37.太陽病(中) 37条 太陽病、十日以去

70.太陽病(中)96条 小柴胡湯

101.太陽病(下)144条 熱入血室 小柴胡湯

143.陽明病 229条 小柴胡湯

 これらの事から、胸脇苦満、往来寒熱、黙々として飲食を欲せず、吐き気、心煩、耳聾、脈弦などを伴うことが分かります。

 方剤の中身を見てみます。

 柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜、大棗、炙甘草です。

 柴胡・大棗で苦満を開き、人参で心下に水を集め、半夏で痰を解いて水にして生姜と黄芩で水湿熱を動かすという感じでしょうか。

 膈が開くので、腹部の邪がどこに移動して排出されるかは、その時々の素体の状態に依ることは、すでに述べた通りです。

 臨床的には、口苦や咽乾よりも、胸脇苦満、目眩、往来寒熱、心煩、ムカムカしてあ食欲が無いなどといった症候が現れることが多いように感じています。

 下記の264条にあります耳聾(じろう)に関しては、トンネルに入った時や水が耳に入った時のように耳に蓋をされたかのように、何となく聞こえにくいというものが多いように思います。

 また咽乾ですから、大抵は口が粘るとか飲水を欲するということも、ほとんど無いように思います。

【二六四条】

少陽中風、兩耳無所聞、目赤、胸中滿而煩者、不可吐下、吐下則悸而驚。

少陽の中風、兩耳聞く所無く、目赤く、胸中滿ちて煩する者は、吐下すべからず。吐下すれば則ち悸して驚す。

 往来寒熱に関しましては、はっきりと高熱と悪寒が往来するケースから、なんとなく身体がカーッと熱く感じたかと思うと、なんとなくうすら寒いといったケースまで、かなりバリエーションがあります。

 脈も同様です。

 浮いているかのようでも、少し按じると弦細となるものから、いきなり中位くらいで弦細に触れることもありますし、さらに按じると滑が現れる場合もあります。

 病理さえしっかりとつかんでいれば、いわゆる太陽と陽明にまたがるような症候ですので、このあたりを意識して判断してくださればと思います。

 265条の頭痛に関しては、側頭少陽部位に、やはり痛みが現れることが多いです。

 片側の時もありますし、両側の時もあります。

 また頭痛の範囲も、頭頂方向から面部、太陽後頭部まで大きく現れる場合がありますので、他の症候を参伍してしっかりと鑑別・治療して頂けたらと思います。

【二六五条】

傷寒、脉弦細、頭痛發熱者、屬少陽。少陽不可發汗、發汗則讝語。此屬胃、胃和則愈。胃不和、煩而悸(一云躁)。

傷寒、脉弦細(げんさい)、頭痛發熱する者は、少陽に屬(ぞく)す。少陽は汗を發すべからず。汗を發すれば則ち讝語す。此れ胃に屬す。胃和すれば則ち愈ゆ。胃和せざれば、煩して悸す(一云躁)。

 

 次いで266条ですが、太陽病から陽明に入る前に少陽に入る場合のことを述べたものです。

【二六六条】

本太陽病不解、轉入少陽者、脇下鞕滿、乾嘔不能食、往来寒熱、尚未吐下、脉沈緊者、與小柴胡湯。方一。

本(もと)太陽病解(げ)せず、轉じて少陽に入る者は、脇下(きょうか)鞕滿(こうまん)し、乾嘔(かんおう)して食すること能わず、往来寒熱す。尚お未だ吐下せず、脉沈緊の者は、小柴胡湯を與う。方一。

 もう、解説は必要ないと思います。

 そして267条ですが、誤治によって壊病となってしまった場合についての記述です。

【二六七条】

若已吐、下、發汗、温鍼、讝語、柴胡湯證罷、此為壞病、知犯何逆、以法治之。

若し已(すで)に吐し、下し、發汗し、温鍼し、讝語し、柴胡湯の證罷(や)むは、此れを壞病(えびょう)と為(な)す、何れの逆を犯すかを知り、法を以て之を治す。

 柴胡湯証が消えてしまって、それでも病が治らないのであれば、当初に戻って何を根拠に証を立てて治療したかを振り返って、何を間違えたのかを明らかにしなさいと言っています。

 そうすると、「今現在の病態」が浮かび上がってくるので、その上で再度治療を施しなさいと言う事だと思います。

 あってはならないことですが、時に判断を誤ることがあります。

 逆治の責任を取ることのできる治療をするべきですね。

 268条以下は、原文と読み下し文のみの記載です。

 これで一気に少陽病を駆け抜けまして、次回からは太陰病です。

 

〔小柴胡湯方〕

柴胡(八兩) 人參(三兩) 黄芩(三兩) 甘草(三兩炙) 半夏(半升洗) 生薑(三兩切) 大棗(十二枚擘)

右七味、以水一斗二升、煮取六升、去滓、再煎取三升、温服一升、日三服。

柴胡(八兩) 人參(三兩) 黄芩(三兩) 甘草(三兩、炙る) 半夏(半升、洗う) 生薑(三兩、切る) 大棗(十二枚、擘く)

右七味、水一斗二升を以て、煮て六升を取り、滓を去り、再煎して三升を取り、一升を温服し、日に三服す。

 

【二六八条】

三陽合病、脉浮大、上關上、但欲眠睡、目合則汗。

三陽の合病、脉浮大にして、關上に上り。但だ眠睡(みんすい)せんと欲し、目合(がっ)すれば則ち汗す。 

【二六九条】

傷寒六七日、無大熱、其人躁煩者、此為陽去入陰故也。

傷寒六、七日、大熱無く、其の人躁煩する者は、此れ陽去りて陰に入るを為(な)すが故なり。

【二七〇条】

傷寒三日、三陽為盡、三陰當受邪。其人反能食而不嘔、此為三陰不受邪也。

傷寒三日、三陽盡(つ)くると為す、三陰當に邪を受くべし。其の人反って能く食して嘔せざるは、此れ三陰邪を受けずと為すなり。

【二七一条】

傷寒三日、少陽脉小者、欲已也。

傷寒三日、少陽脉小なる者は、已(や)まんと欲するなり。

【二七二条】

少陽病欲解時、從寅至辰上。

少陽病解せんと欲する時は、寅(とら)從(よ)り辰(たつ)の上に至る。

159.陽明病 262条 発黄 麻黄連軺赤小豆湯

【二六二条条】

傷寒瘀熱在裏、身必黄、麻黄連軺赤小豆湯主之。方四十四。

傷寒瘀熱裏に在り、身必ず黄す、麻黄連軺赤小豆湯(まおうれんしょうせきしょうずとう)之を主る。方四十四。

  この条文も短いので、今ひとつ病態が見えて来ません。

 例によって新たに登場しました方剤の中身を見てみましょう。

連翹(連軺) 気味 苦微寒
中薬学:清熱解毒・清心瀉火 消癰散結 清熱利小便
新古方薬嚢:気味苦平、瘀熱を消し、黄を治し、鬱を除く、瘀熱を消するが本薬の主効なるべし。

朴庵先生は、「黄疸、又は皮膚に吹き出物して汗出でず小便少なきもの等」と述べています。
 

生梓白皮(しょうしんはくひ)
中薬学では、クワ科のカラグワのコルク層を除去した根皮の桑白皮を代用していますので、これを記載します。
中薬学:気味甘寒 瀉肺平喘 利水消腫
新古方薬嚢では、梓(あずさ)が何に相当するのか諸説ある中で、アカメガシワとキササゲの樹皮を剥いだもの両方を用いて効かがあった覚えがあると記されていますが、白皮というところから、おそらくキササゲではないかと述べています。

朴庵先生は、桑白皮とは、気味が異なるので、入る所も異なるであろうから代用は薦め難いと記しています。
新古方薬嚢:気味苦寒、皮中の熱を除き気血の行りを利するを主る。故に麻黄連軺赤小豆湯に入りて内の瘀熱をさばくのはたらきをなすなり。

 

 加えて赤小豆です。

赤小豆 気味 甘酸 微寒
中薬学:利湿消腫 清熱利湿 退黄 解毒排膿
新古方薬嚢:赤小豆は味甘平、こはばりを緩め水穀の行りを利することを主る。故によく大小便を利すことをなす。之れ瓜蒂散、麻黄連軺赤小豆湯に入る所以なり。

 この連翹・生梓白皮・赤小豆は、すべて寒薬でしかも痰飲・利水に関係しています。

 麻黄連軺赤小豆湯方をみますと、麻黄・杏仁・生姜が配されていますので、上・中焦の痰飲を発する意図が酌めます。

 麻黄湯を見てみます。

 麻黄、桂枝、杏仁、炙甘草です。(P62 35条)

 発表剤の麻黄湯から桂枝を去って連翹、赤小豆、大棗、生姜を加えたものが本方となります。

 越婢湯を見てみます。

 麻黄、石膏、生姜、大棗、甘草です。(P325 23条)

 越婢湯から渇を治す石膏を除いて、連軺、杏仁、赤小豆、生梓白皮を加えたものが本方となります。

 麻黄湯は、表寒実。

 越婢湯は風水証。

 ともに肌表で水邪がうっ滞している点が一致しています。

 加えて麻黄は、喘咳水気を主冶するとありますので、軽度であっても浮腫と発黄があるのかもしれません、当然無汗ですね。


 そして冒頭に「傷寒」とありますので、悪風もしくは悪寒も存在していてもおかしくはありませんね。

  そして大棗・甘草が配されているのですから、腹部も攣引拘急して緊張が見られるのでしょう。

 少しまとめます。

 傷寒に罹り、発汗がみられず、喘いで悪寒・悪風し、浮腫が見られて尿量も減少している状態で黄疸が現れている。

 裏にある瘀熱は、痰飲によって陽気が押しやられて結んだと理解しているのですがどうでしょう。

 陰陽が、交流していないわけです。

 本条で陽明病は終わるのですが、黄疸に腹満便秘の茵蔯蒿湯証と抵当湯証。

 そして逆に腹満便秘がなくても黄疸が現れる梔子蘗皮湯証と麻黄連軺赤小豆湯証と流れ、間に呉茱萸湯を挟んで、いよいよ太陰病、少陰病へと陰証・裏証へと行きたいところです。

 が、少陽病へと入っていくのですねぇ。

 「一の会」では、病態変化は、太陽・少陽・陽明の順序で捉えています。

 少陽病篇は、ここに至るまでにすでに数多く述べられていますので、条文の数も少ないです。

 次回から、また一緒に読み進めて参りましょう。  

〔麻黄連軺赤小豆湯方〕

麻黄(二兩去節) 連軺(二兩連翹根是) 杏仁(四十箇去皮尖) 赤小豆(一升) 大棗(十二枚擘) 生梓白皮(切一升) 生薑(二兩切) 甘草(二兩炙)

右八味、以潦水一斗、先煮麻黄再沸、去上沫、内諸藥、煮取三升、去滓。分温三服、半日服盡。

麻黄(二兩節を去る) 連軺(れんしょう)(二兩、連翹根(れんぎょうこん)、是れなり) 杏仁(四十箇、皮尖を去る) 赤小豆(せきしょうず)(一升) 大棗(十二枚、擘く) 生梓白皮(しょうしんはくひ)(切る、一升) 生薑(二兩、切る) 甘草(二兩、炙る)

右八味、潦水(りょうすい)一斗を以て、先ず麻黄を煮て再沸し、上沫を去り、諸藥を内(い)れ、煮て三升を取り、滓を去る。分かち温め三服し、半日に服し盡(つく)す。

活動報告ー6月基礎講座

 6/10、梅雨入り宣言が出た直後の大阪。幸い、降雨は免れ、曇天の中開催させていただきました「鍼道 一の会」東洋基礎医学講座のレポートです。

 

 台風接近の影響もあったのか湿気が満載のこの日、金澤・大上ともに朝から忘れ物が続出! …「湿邪」の仕業?ってことにしておきましょうか…^^;

 

 さて冒頭は、そんな湿気の邪気も吹き飛ばすかのような、元気みなぎる永松副代表による「易学講義」

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611133329j:plain

 「混沌」とは?「太極を立てる」とは、どういうことなのか。

 太極を立てるに至るプロセスについてもお話しして下さいました。

 (筆者金澤は、朝一番に患者さんから往診依頼の連絡があり、聞き逃してしまいました…)

 

 前回の講義で出されていた宿題。「八卦」を、学生さんを名指しして、書いて頂きました。カメラを向けますと余裕の表情!見事にクリアしてくれました。

f:id:yinandyang1008:20180612084211p:plain

 

 「鍼道 一の会」では、参加型の講義を行っていますので、学生や初学者であってもどんどん前に出てきて頂いて、みんなで歩みを進めます。

 この学生さん、筆者が作成した「太極から八卦まで」の動画を見ながら覚えたとのこと。

 うれしいですねぇ。(^^♪

 ▶易学の基礎の基礎 太極から八卦まで - YouTube

 

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611135014j:plain

 自分が立てた「太極」の意味をしっかりと掴み、そこから両儀→四象→八卦→六十四卦・・と演変するプロセスをたどり、必要であれば384爻まで行っても良いが、必ずまた太極・両儀(陰陽)に戻って来れること。ここが肝腎なのです!

 臨床においても同じです。分けて分けられないひとつの生命体を、便宜上分けていく。が、必ず「一」に戻ってくるのです。

 

 続きましては、<江見ワールド>という言葉がすっかり定着した感がある、江見木綿子先生による「臓象学」

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611135401j:plain

 今回は、「脾の臓・胃の腑」です。

 江見先生は、教科書の内容を咀嚼し、ご自身の言葉で語られます。そしてそこからイメージされることを随所に散りばめて語られますので、臓腑の特徴を理解しやすいと定評があります。

 

 お昼休憩と、腹ごなしを兼ねた身体学を挟んだのち、午後からも引き続き江見先生による「経絡学」。

 <江見流>の漢文読み下しは、初学者の方にも非常にわかりやすいと好評です。

 先ほどの学生さんにも再び登場いただき、経絡流注の読み下しにチャレンジしていただきました。

 そしてこの方も↓

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611140644j:plain

 これまた見事にクリアされました(^^)!

 

 人前に出て話すことは、それだけで勇気が要りますし緊張も疲れもします。

 講師陣のみが前に出て、みなさまを引っ張っていくのも良いとは思いますが、人前で開示することで得られるものはそれ以上に大きいということを、皆様に実感していただければと願っております。

 

 そして、本日の講座もいよいよ終盤、稻垣座長による「東医理論」

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611141320j:plain

 「易学」の精神にのっとり、人間を理解するための道具としての認識論の整理。

 生体を太極とし、臓腑と経絡を両儀と見立てて、そこから細分化してまた太極に戻ります。

 

 筆者はまたもや患者さんとのやり取りで、聞き逃した部分もありますが、

 ◆十二正経は、経別・経筋・十五絡を合わせた完成型。

 ◆十二正経と奇經八脉は同列ではなく、異なる切り口で人体を認識したもので、一旦は別の概念として捉える。

 など、稻垣座長の理路整然としたシャープな思考でまとめてくれました。

 

 また開・合・枢理論においても、古典を尊重する立場は堅持しつつ、あえて古典と異なる解釈・意味付けをしていくことの重要性を提示されました。

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611142036j:plain

 例えば、陰経を例にとりますと、古典の記載そのままであれば以下のようになります。

 開⇒太陰

 合⇒厥陰 

 枢⇒少陰

 

 ところが、臓腑の生理機能を考慮し、臨床に用いやすくするには、以下のように置き換えても良いのではないかと。

 開⇒太陰

 合⇒少陰 

 枢⇒厥陰

 

 まだ追試の余地は残るものの、今後検証していく価値は大きいと感じました。

 

 

 続いて最後の締めくくりはこの人、永松副代表による「身体学」

 今年度のテーマ「六字訣」をみんなで行いました。

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611143333j:plain

 「六字訣」とは、古代中国から現代に伝わる養生法のひとつで、六つの動きに合わせて、六つの呼気(発声)を変化させて行う吐納法です。

 

 一通りをみんなで行った後は、推手です。

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611143804j:plain

 初めての方は、個別に手厚く指導を受けます。

 

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611143905j:plain

 経年者の方は、互いの「気」を感じながら練ります。

f:id:ichinokai-kanazawa:20180611144022j:plain

 画像ですと、腕を組み合っているだけにしか見えないと思いますが、互いの身体の重心の位置とその変化を、感覚的に追いかけています。

 この感覚は、切診時に威力を発揮致します。

 

 ある程度の域に達しますと、相手の性格や心の動きなどが読めるようになってきます。

 この「身体学」のおかげで、脈診をはじめ切診に自信が持てるようになってきた、とおっしゃる先生が多く出てこられました。

 うれしいですねぇ~。

 

 そして何より、長時間座りっ放しで停滞した心身の気を伸びやかに通じさせてくれます。

 みなさま、すっきりとした面持ちでの解散となりました!

 この一か月、うまく養生してしっかりと梅雨を乗り切りましょう!

 お疲れさまでした。

 

 

 次回、『鍼道 一の会』東洋臨床医学講座は6月24日(日)です。

(大阪・南森町の大阪医療技術学園専門学校実技室をお借りして、開催させていただきます。)

 

 『鍼道 一の会』は、随時入会を受け付けております。

 興味が湧いた、面白そう、ピン!と来た方、どうぞお問い合わせください。

 お問い合わせは

 『鍼道 一の会』 事務局 大上(おおがみ)まで

  詳細はこちらへ↓

158.陽明病 261条 梔子檗皮湯

【二六一条】

傷寒身黄發熱、梔子檗皮湯主之。方四十三。

傷寒、身黄にして發熱するは、梔子皮湯(ししはくひとう)之を主る。方四十三。

  260条に引き続いての黄疸です。

 260条と異なる所は、発熱している点だけですが、茵蔯蒿湯証との鑑別点が分かりません。

 そこで方剤の中身を見てみましょう。

 今回新たに登場したのは、黄檗です。

黄檗 気味 苦寒
中薬学:清熱燥湿 清熱瀉火 清熱解毒
新古方薬嚢:血熱を去り、下痢を止め、腹痛を治す。又黄疸を治す。何れも熱を除くが本薬の主る所なり。金匱要略にては黄蘗を自死せる六畜の肉を喰らひ其の毒に中りたる者を治するに用ゆ。

山梔子 気味苦寒
薬徴:心煩を主冶するなり。傍ら発黄を治す。
新古方薬嚢:熱を去り胸中のもだへ苦しみを除き、或は心中の痛みを鎮め、又はのどの塞がりを開き、又不眠を治す。

 

 黄蘗の中医学的な用い方を見ますと、下焦の清熱燥湿に用いられています。

 山梔子は上焦の清熱に用いられています。

 茵蔯蒿湯と違って、この梔子蘗皮湯には大黄が配されていませんので、結実の毒が腹中に無いことが分かります。

 これらの事から、下焦の湿熱が蒸し上がって上焦の心神を乱しつつ発黄していることが分かります。

 大黄を用いていないので、下すべき喫緊の邪毒の勢いはそんなに厳しくないだろうと考えられます。

 ですので茵蔯蒿湯証のように、腹部の微満や便秘などはあまりないかもしれません。

 その他茵蔯蒿湯証と比較して頂ければ、色々と見えてくると思います。

 次回、陽明病最後の262条、麻黄連軺赤小豆湯にも発黄症状がありますが、病理が異なっています。

 黄疸の病理のバリエーション、しっかりと理解しておくのがよろしいでしょうね。

〔梔子檗皮湯方〕

肥梔子(十五箇擘) 甘草(一兩炙) 黄檗(二兩)

右三味、以水四升、煮取一升半、去滓、分温再服。

肥梔子(十五箇、擘く) 甘草(一兩、炙る) 黄檗(おうばく)(二兩)

右三味、水四升を以て、煮て一升半を取り、滓を去り、分かち温め再服す。

157.陽明病 260条 橘子色 茵蔯蒿湯

【二六〇条】

傷寒七八日、身黄如橘子色、小便不利、腹微滿者、茵蔯蒿湯主之。四十二(用前第二十三方)。

傷寒七、八日、身黄(おう)なること橘子(きっし)の色の如く、小便不利し、腹微滿する者は、茵蔯蒿湯之を主る。四十二(前の第二十三方を用う)。

 傷寒に罹ってどのような経過をたどったのかは分かりませんが、7・8日が経過して裏に影響したのでしょう。

 身体が橘の実のような色になり、小便もあまり出なくなり、お腹も微満するようになったのは、茵蔯蒿湯証であるということです。

 橘の実とは、ミカン科の植物の実ですので、明るい黄色です。

 つまり陽黄ですね。

 ここで実証と判断できます。

 小便も、あまり出ないのですが、条文にはありませんが濃く赤黄色です。

 実熱証だからですね。

 236条でありましたように、激しい口渇があります。

 これは瘀熱によるものですね。

 そして多く飲水した割に小便不利ですから、内熱と痰飲が結んで湿熱となり、お腹もまた微満するようになります。

 加えて、汗が出たとしても首から上だけですので、肌表で湿熱がうっ滞するので発黄してしまうのですね。

 筆者は、16歳にこの状態を経験していまして、非常に身体が重だるく、あっさりとした食べ物以外口に入りませんでした。

 特に肉類は、臭いを嗅ぐだけで気分が悪かったのを記憶しています。

 小便も濃い赤黄色でした。

 重複するようですが、236条と併せて読んで頂ければと思います。

 147.陽明病 236条 茵蔯蒿湯

 

 

156.陽明病 256条 脉滑数 宜大承気湯

【二五六条】

陽明少陽合病、必下利。其脉不負者、為順也。負者、失也。互相剋賊、名為負也。脉滑而數者、有宿食也、當下之、宜大承氣湯。四十(用前第二方)。

陽明と少陽の合病、必ず下利す。其の脉負ならざる者は、順と為すなり。負の者は、失なり。互いに相(あ)い剋賊(こくぞく)するを、名づけて負と為すなり。

脉滑にして數の者は、宿食有るなり。當に之を下すべし。大承氣湯に宜し。四十(前の第二方を用う)。

 この条文、後人の覚書が紛れ込んでいるように思えますので、一部を省いて以下の条文にしてみます。

 陽明少陽合病、必下利。脉滑而數者、有宿食也、當下之、宜大承氣湯。

 陽明と少陽の合病とありますが、嘔や胸脇苦満などが示されていないので、恐らくは間違いだろうと思います。

 大承気湯証で、素体として大量の宿食があるのでしょう、下痢しているので遅脈ではなく数脈になっているのだと思います。熱痢ですね。

 ですから、「宜し」とあるように、必ずしも大承気湯を用いなければならないということではなく、その時々の証に応じて調胃承気湯や小承気湯でも良いということになります。

 下痢をしていても、承気湯類である場合があるので、承気湯類の他の症候を押さえておくことが必要ですね。

 ここに至るまでに、承気湯類に触れられているところが多々ありますので、振り返りながら読み進めて頂けたらと思います。

131.陽明病 208条 大承気湯と小承気湯

 257条から259条は、原文と読み下し文のみ掲載しています。

 

【二五七条】

病人無表裏證、發熱七八日、雖脉浮數者、可下之。假令已下、脉數不解、合熱則消穀喜飢、至六七日、不大便者、有瘀血、宜抵當湯。四十一(用前第二十四方)。

病人表裏の證無く、發熱すること七、八日。脉浮數と雖も、之を下すべし。假令(たと)えば已に下し、脉數解(げ)せず、熱を合すれば則ち消穀喜飢(きき)して、六、七日に至るも、大便せざる者は、瘀血有り。抵當湯に宜し。四十一(前の第二十四方を用う)。

【二五八条】

若脉數不解、而下不止、必協熱便膿血也。

若し脉數解せず、而(しか)も下(げ)止まざれば、必ず協熱(きょうねつ)して膿血(のうけつ)を便するなり。

【二五九条】

傷寒發汗已、身目為黄、所以然者、以寒濕(一作温)在裏不解故也。以為不可下也、於寒濕中求之。

傷寒、發汗已(おわ)り、身目(しんもく)黄を為す。然る所以の者は、寒濕(かんしつ)裏に在りて解せざるを以ての故なり。以て下すべからずと為すなり。寒濕中に於て之を求む。

155.陽明病 252条~255条 晴不和 宜大承気湯

【二五二条】

傷寒六七日、目中不了了、睛不和、無表裏證、大便難、身微熱者、此為實也。急下之、宜大承氣湯。三十六(用前第二方)。

傷寒六、七日、目中了了(りょうりょう)たらず、睛和(せいわ)せず、表裏の證無く、大便難く、身微熱する者は、此れを實と為すなり。急ぎ之を下す。大承氣湯に宜し。三十六(前の第二方を用う)。

 傷寒に罹って6・7日が経過したところ、目がはっきりと見えずピントが合わなくなってきたとあります。

 そして表裏の証が無いと言っているのですが、それではなぜ大承気湯を用いるのかが分かりません。

 大塚敬節によりますと、少陽柴胡の証が無いことを示しているとあります。

 その他の症状をみると、大便が出難くて身体も大した熱が無いことが分かります。

 これを実と判断するには、何を以てすればよいのでしょう。

 急いでこれを下せとありますので、大きく証が変化する予兆と言う事は分かります。

 目が見えにくいのは、熱が心神を激しく上擾していることを現していると思います。

 飲酒が過ぎると、物が二重に見えたりぼんやりするのと同じことです。

 これだけ熱があるのにもかかわらず、身体に触れると大した熱気を感じないということですので、熱結が身体の深いところで起きていると考えることが出来ます。

 そうすると、脈状としては非常に沈位で、遅脈を呈していてもかなり有力ではないかと考えられます。

 この条文の「無表裏証」は、悪寒などの表証が無いだけでなく、典型的な大承気湯証の証候が現れていないことを示しているのではないかとも考えられませんでしょうか。

 傷寒に罹ってしばらく経過し、目つきがおかしくなったり患者が目の不調を訴え、脉沈遅実となれば、大病に至るので大承気湯で熱結燥屎を下しなさいと言う事ではないかと考えています。

 なんにしろ、望診で目つきがおかしいと感じた場合は、重篤に陥る可能性が高いと思います。

 以下、253条から255条にかけての状況は、上述した内容をもって推し測って頂けると理解することが出来ると思いますので、原文と読み下し文のみ記載しておきます。

 

 

【二五三条】

陽明病、發熱、汗多者、急下之、宜大承氣湯。三十七(用前第二方一云大柴胡湯)。

陽明病、發熱し、汗多き者は、急ぎ之を下す。大承氣湯に宜し。三十七(前の第二方を用う。一に大柴胡湯と云う)。 

【二五四条】

發汗不解、腹滿痛者、急下之、宜大承氣湯。三十八(用前第二方)。

汗を發して解せず、腹滿痛するは、急ぎ之を下す。大承氣湯を宜し。三十八(前の第二方を用う)。 

【二五五条】

腹滿不減、減不足言、當下之、宜大承氣湯。三十九(用前第二方)。

腹滿減ぜず、減ずるも言うに足らざるは、當に之を下すべし。大承氣湯に宜し。三十九(前の第二方を用う)。

154.陽明病 248・249条 蒸蒸発熱 調胃承気湯

【二四八条】

太陽病三日、發汗不解、蒸蒸發熱者、屬胃也、調胃承氣湯主之。三十二(用前第一方)。

太陽病三日、發汗して解せず、蒸蒸(じょうじょう)として發熱する者は、胃に屬するなり。調胃承氣湯之を主る。三十二(前の第一方を用う)。

【二四九条】

傷寒吐後、腹脹滿者、與調胃承氣湯。三十三(用前第一方)。

傷寒、吐して後、腹脹滿する者は、調胃承氣湯を與う。三十三(前の第一方を用う)。

 248条と249条は、併せて理解するのが良いと思います。

 248条は、太陽病に罹って三日が経過し、発汗したのだけれども表証が解けないということではなく、病は解けないと理解することが出来ます。

 蒸蒸と発熱するのですから、それこそ文字通り身体内部から蒸し上がるように発熱するのでしょう。

 この際、悪寒などは無いはずです。

60.太陽病(中)70条 調胃承気湯

 70条の条文にある「但熱者」に相当すると考えられます。

 そして249条も同じく、一旦表証が解けて腹が脹滿する場合があることを述べています。

 脹滿といえば虚満のイメージですので、むしろ実満・腹満とした方がぴったりとくるのですがいかがでしょう。

 調胃承気湯証なので、まだ燥屎も形成されていないので讝語も無く、潮熱も無いことが分かります。

 太陽病に罹り、発汗・吐下の後にこのような証が現れて苦しみだすのは、素体として宿食傾向にあったのでしょうね。

 250条・251条は、原文と読み下し文のみの記載です。

【二五〇条】

太陽病、若吐、若下、若發汗後、微煩、小便數、大便因鞕者、與小承氣湯、和之愈。三十四(用前第二方)。

太陽病、若(も)しくは吐し、若しくは下し、若しくは汗を發して後、微煩(びはん)、小便數、大便因りて鞕き者は、小承氣湯を與え之を和すれば愈ゆ。三十四(前の第二方を用う)。 

【二五一条】

得病二三日、脉弱、無太陽柴胡證、煩躁、心下鞕。至四五日、雖能食、以小承氣湯、少少與、微和之、令小安。至六日、與承氣湯一升。若不大便六七日、小便少者、雖不受食(一云不大便)、但初頭鞕、後必溏、未定成鞕、攻之必溏。須小便利、屎定鞕、乃可攻之、宜大承氣湯。三十五(用前第二方)。

病を得て二、三日、脉弱、太陽柴胡の證無く、煩躁し、心下鞕し。四、五日に至り、能(よ)く食すと雖も、小承氣湯を以て、少少與えて微(すこ)しく之を和し、小(すこ)しく安からしむ。六日に至らば、承氣湯一升を與う。若し大便せざること六、七日、小便少なき者は、食を受けずと雖も(一云不大便)、但だ初頭鞕く、後必ず溏し、未だ定まりて鞕を成さず。之を攻むれば必ず溏す。小便利し、屎(し)定まり鞕きを須(ま)ちて、乃ち之を攻むべし。大承氣湯に宜し。三十五(前の第二方を用う)。