ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

閑話 - こころの形と五臓の形

 お昼に温かいお蕎麦を頂いて、暖かい書斎でつらつらと執筆してると、な~んとなくボ~としてきますね。

 で、信号のない泉北1号線をバイクでひとっ走り。

 頭がキーンと痛くなりましたが、強制的にリフレッシュ。

 さてさて、唐突ですが「こころ」に形って無いですよね。

 「こころ」を、気持ちを目の前の「ここに」出せって言われても、気持ちを何らかの形で表現するしかないですよね。

 また話が、ちょっと飛びます。ついてきてくださいね。 (*^^)v

 「ほとけ」を具体的に表現したものに、観音像とか阿弥陀仏像とか色々ありますが、いずれも誰しもが心の中に既に持っている仏性、様々な現れ方をする仏性をそれぞれに表現したものですよね。

 形は無くても、確かに存在する仏性。

 何が言いたいかと申しますと、東洋医学の五臓概念も仏像と同じということなのです。

 命が表現するものを、5つの要素でつかもうとして、五臓が想定されたのです。

 我々現代人の頭の中には、医学と言えば西洋医学がびっちり入り込んでいますので、五臓といえば、いわゆる実体のある臓器を思い浮かべてしまいますよね。

 実は筆者も、初学の頃はそうでした。

 東洋医学には、五臓という実体は無いんですよ。

 びっくりぽん! じゃないです?

 実際に解剖して、臓象図とのあまりの違いに驚いたと言われている「解体新書」の杉田玄白くん、ちょっと惜しかったね。

 臓象図とは、臓器の絵じゃなかったんですよ (^_-)-☆

 いわゆる臓器とは全く別のもの、世界観が全く異なるので接点は無いと考えるのが正解なんですよね。

 とはいってもね、それではとらえどころが無い、頼りない。

 そこで解剖的・写実的な臓器の形を元にして、なんとか『気の働き』を表現しようとしたのが、あの奇妙な『臓象図』と呼ばれるものなんですね。

 唯一、接点というならこの点だけですね。

 

『十四経発揮』本間祥伯著 より

上の図は、肝の臓と胆の腑の臓象図です。

 
 筆者から見ると、よくもまあこれだけ意味深長な図に仕上げたものだと感嘆してしまいますが、分からない人は子供の絵の方がまだ上手いと笑われるかもしれませんね。
 
 五臓には、実体がない?
 
 では、五臓に連なるとされてる、経絡の存在はどうなるの・・・!?
 
 経絡の実在が危うい?
 
 じゃあ、経絡上に在るって言われてる、経穴(つぼ)はいったいどうなるの?
 
 当然、そうなりますよねぇ (^^)/
 
 おぉ~、急に吹雪いてきました!
 
 
 鍼道 一の会
 


閑話 ー 経絡ってね・・・?

 本日は全国的に休日ですね。

 今日、天気は良いのですが、あまりの寒さにひるんで書斎にこもってます。

 暖かい部屋、しあわせですねぇ~。

 で、来年度「一の会」臓腑経絡学の教科書を執筆中であります。

 ちょっと休憩、閑話。

 ところで、針灸家の常識であります『経絡』というもの。

 これって、ほんまに経絡流注に沿って気血が秩序立って流れているんだろうか。

 下図は、足少陽胆経の顔面部流注です。

経絡学 中医薬大学全国共通教科書 浅野周翻訳
  素直に見て、図のように気血が流れてるって、自分自身の体感的に実感できるでしょうか?

実はね、これってずーっと自分の中でくすぶっていた疑問なんですが、やっぱり違うと思うんですよね。

 かといって、現代医学的な血管や神経の走行とも違いますしね。

 
 こんなこと、どうでもいいと言われれば、確かにそうなんですけれど・・・
 
 それにこんなこと書くと、初学者は勉強の意欲を無くすかもしれませんが・・・
 
 でもまれに、経絡現象を感じる方もいらっしゃいます。
 
 筆者も、足三里からお湯のような熱いものが胃経に沿って下に流れていく感覚がする時が、たまにあります。
 
 大体、このような現象の後は体調が良いです♪
 
 が、経絡現象を単に経絡に気血が流れているからと理由付けするのも、やはりなんとなく安易な感じがするんですよね。
 
 他にも常識とされてる理論に、疑問はいっぱいあります。
 
 例えば衛気と栄気は調和して、常に内外同時に流れているというのも、ほんとかな?って思うのですよね。
 
 衛気は日中は体表を循り、夜は体内に入るというのも同じです。
 
 単に気の流れが切り替わるだけだと思うのですが・・・
 
 恐れ多くも、黄帝内経に反した考えではありますが・・・
 
 インド医学にチャクラがあって、経絡がないのはどうしてなのだろうとかもね。
 
 それに湯液家は、経絡概念がなくても治療できますしね。
 
 おそらく、人間を認識する視点が異なるからなのでしょうけど、ある視点では存在しているのに、違う視点からは存在していない。
 
 それでも共通認識は、頭はひとつで手足はよっつ。
 
 やはり、人間って面白いですね。
 
 で、ここに来て鍼灸家にとって、経絡概念はやはり必須ですね。
 
 ただ、概念を再度はっきりさせる必要があると。
 
 筆者は、肉体に重なっているもう一つの身体が存在すると想定すると、なんとなくすっきりしそうなのですが・・・
 
 読者諸氏は、どのようにお考えでしょうか。
 
 
 鍼道 一の会
 
 
 

親切・・・「一の会」特別講座に際して

 親切って、親を切ること?

 切とは、ぴったりと相手に寄り添うことの字義があります。

 親が子を思う気持ちと、子の思いとを一にして、ぴったりと寄り添うことを親切というのですね。

 東洋医学では、患者に直接触れて候うことを切診と申します。

 切診とは、実際に相手に触れた手から伝わってくるものを、心を平らかにして察知する診察法です。

 このあたりの消息は、素問<平人気象論十八>
「常以不病調病人.醫不病.故爲病人平息.以調之爲法」
 常に病ざるを以て病人を調う。醫は病まず。故に病人の爲に息を平らかにし、以て之を調うを法と爲す。
 
 に、如実に語られている通りです。これって、あまり注目されていませんが、極意と言えば極意です。


 2月5日の「一の会」では、稲垣学術部長の実技披露にモデルを買って出たのですが、参加者の切診を通じて伝わってくるものを、実は観察していました。

 結果は、素晴らしいものでした。

 みなさん、学術が自分のものになっておられると感じました。

 「触れる」という行為には、互いの気の交流が行われています。

 触れて触れられて、快に感じるか不快に感じるか。

 これが答えであり結果です。

 お互いの総体としての在り様が、直接肌を切っする接点において、瞬時にやり取りされるのが、実際に触れ合うということの意味合いです。

 筆者は、目を閉じて唯々触れられる手から伝わってくるものを受け取っていたのですが、一年目の方、二年目の方、それぞれに個性を感じつつ、それぞれに出来上がりつつあるものを感じ取れて、とてもうれしく思えました。

 触れることから、何を読み取ろうとするのか。

 それぞれの人間理解の視点と学んだ学理がどれだけ心になじんでいるかが、如実に伝わってくるものです。

 どれだけ学理を積んだとしても、最後には切して刺鍼し、切して抜鍼します。

 この点は湯液の世界とは大きく異なります。

 鍼灸医学は、最後の最後まで術者の在り様がそのまま結果につながる医学です。

 この最初から最後までのアプローチの在り様は、永松先生による『身体学』が多くの示唆を与えてくれます。

 4月からの新講座に向けて、我々講師陣も区々精進中であります。

 鍼道 一の会

2016年度 第11回特別回「一の会・東洋医学講座」活動報告

 鍼道 一の会スタッフの大上です。

 あっという間にもう2月。

 昨年4月から始まりました今期の東洋医学講座も、おかげさまで無事最終回を迎えました。

 ついこの間始まったばかりのような気がしますが・・(^_^;)

 過ぎていく一日一日を大切に過ごしたいと改めて感じる今日この頃です。


 さて、今期の講座の最終回、大トリを飾るのはこの人↓
稲垣順也 先生
稲垣順也 先生


 我らが一の会の学術部長にして金澤代表の愛弟子でもあります稲垣先生です。

 以前より、本講座において予告されていました秘蔵の脈診法を初公開していただきました!


 「焦らして焦らされ続けた」とおっしゃいます永松副代表が急遽、前座を務めてくださり、金澤代表がモデルを務めて下さるという熱の入れよう(*^^*)

 動画撮影担当の私も気合が入りました!

 そして、ゆっくりと分かりやすく話す稲垣先生の言葉に、受講生の皆様もグイグイ引き込まれていくのがよく分かりました。

脈診指導中の稲垣先生
脈診の指導をする稲垣先生


 未だ門外不出でありますこの脈診法について、ここで詳しく記述することは出来ませんが、興味を持たれた方はぜひ、『鍼道 一の会』東洋医学講座で ご一緒に勉強いたしましょう!

稲垣先生・永松先生・金澤先生
最後に講師3人よりご挨拶

 一年間ありがとうございました!


 そして、2017年4月からの次期講座の募集も始まっております。

 募集要項はこちらです↓↓


 ▶▶『鍼道 一の会』東洋医学講座 2017年度 募集要項




鍼道 一の会


少陰病について


 今月の鍼道・一の会『東洋基礎医学講座』では、私・稲垣は、『中医学』の「不内外因」と『傷寒論』の「少陰病」を題材にしました。

 この記事では、冬という季節柄、傷寒論の少陰病について、講義内容を紹介してみたいと思います。

 対象は、専門家を想定しております。



 少陰病とは、病証としては「陽虚」あるいは「陰虚」の人が、外寒の影響を受けて「ひたすら寝たがっている」という状態です。

 学校教育では、陽虚と言えば「冷え」、陰虚と言えば「ほてり」というイメージが付きやすいかと思いますが、それだけでは臨床の指針としては心もとないことでしょう。



 陽虚とは、体内の陽気(エネルギー)が不足して、津液(水)を自力では動かせなくなってきている状態です。

 陽虚について考える時、この、自力では動かしきれなくなった津液を視野に入れることが重要だと思います。

 ここを押さえれば、陽虚の症状である未消化便や体の冷え・しびれ・動かしにくさなどや、少陰病の症状である活動性の低下は、一人の人間に併発し得ることとして納得できるかと思います。

 更に、他の併発症状についても、理解や類推がしやすくなるでしょう。



 一方、陰虚とは、陰液(血や津液)の漏出が続いて不足に陥り、自分の陽気(エネルギー)を落ち着けられなくなってきている状態です。

 そのため、ほてりや乾燥と共に過度な興奮が生じ、睡眠の質も低下して、結果的に日中の活動性が低下してしまいます。

 よって、陰虚の人を治すには陰液の漏出を止める必要がありますし、漏出が見られないなら、それは陰虚ではないかも知れないのです。



 以上、陽虚と陰虚について掘り下げてみると、普段から鼻水やむくみなどが出やすい人は陽虚を経由して、不正出血や尿崩症などを起こしやすい人は陰虚を経由して、少陰病に陥る恐れのあることが分かります。

(注:鼻水は、本来は出るべきでないところから水があふれている状態ですので、漏出ではなく、むしろ停滞を問題視すべき症状となります)

 現在、インフルエンザの流行が心配されており、インフルエンザは東洋医学で言うところの「外寒」に基づく疾病ですから、上記のような症状のある人たちが感染した際の危険性はよく認識しておくべきでしょう。

 なぜなら、「少陰病」は病の最終段階の一つであり、そこでは生死が問題となるからです。

 「ひたすら寝たがる」という少陰病の定義は、実はそれなりの危機的状況を表現しています。

 逆に言えば、東洋医術に生きる我々や皆様が、日々の臨床で、陽虚傾向あるいは陰虚傾向の人を改善し続けることは、インフルエンザの被害の軽減に貢献する貴重な行為でもあるはずです。

 同業の皆様がこれまでなさってきた貢献、あるいはこれからなされていく貢献が、どうか感謝で彩られたものであるよう願っております。



一の会

活動報告(ダイジェスト動画)―「鍼灸師のための勉強会」 大阪医療技術学園専門学校にて―

 早いもので、もう12月。今年も残すところあとひと月となりました。

 先日11月27日(日)に、大阪医療技術学園専門学校において行われましたセミナーの様子を、約14分のダイジェストにまとめました。

 今回のテーマは、『鍼はこんなにも効くんだ!』 『鍼って面白い!♪』 でした。

 それを実感するためには、

  • 刺鍼前にしっかりと見るべきところを診ておく。
  • あらかじめ、どのように気を動かすのかを計画しておく。


 この2点に集約されるのではないでしょうか。

 是非、動画内容をご覧ください。

 当日は本降りの雨の中、ご参加くださいました皆様、ありがとうございました。

 そして、セミナー準備に携わっていただいた 奈良上眞先生をはじめ教員の皆様、ブログでの公開を快諾して下さった参加者の皆様に、この場をもちまして厚く御礼申し上げます。




 『鍼道 一の会』 2017年度 第4期生

募集要項はこちらへ ▶▶ http://www.iori-hermitage.jp/enlightenment/japanese_medical_class/schedule_2017.html


鍼道 一の会

ランの花と明日の症例





 一雨ごとに冬に近づいていくのでしょうか。

 次第に寒さを意識するようになって参りました。

 昨日、ランの花の贈り物が治療所に届きました。

 この数年、毎年この時期に贈ってくださる方からです。

 かつて息子さんがクローン病で来院し、約10ヵ月で完治してから毎年贈ってくださるのです。

 手書きで、最近の息子さんの様子なども書き添えられており、しばし医療人冥利に浸らせて頂きました。

 治療は、もちろん息子さん本人に行ったのですが、筆者の眼目は、いつも母としての悲しみと難病と診断され出口の見えないお母さんの不安を治めることでした。

 息子さんの病気よりも、お母さんの心に安心を見つけてもらうことの方が優先順位としては先だったのです。

 不思議と思われるかもしれませんが、息子さんが廃薬を決めいよいよ完治に向かった時期と、お母さんの心に安心が訪れる時期とは同時進行でした。

 なつかしいなぁ、あのころ。

 不安と葛藤を抱えつつ、互いに真剣に取り組んだあの時が。

 あっ、今も真剣にやってますよ。

 明日の『鍼道 一の会』の症例は、少々古いですがこの病の証治を解説することにします。

天体が人体に及ぼす作用

雨上がりの朝


 私たちの生活の場は、天体と地球の間にあり、天体から受ける大きな作用を、普段あまり意識することなく暮らしている人も多いのではないでしょうか。

 その反面、星座や星の位置関係が、人の心身に影響すると考えられている、星占いに関心を持っておられる方も、意外に多いのではないでしょうか。

 実際に、地球も含めて人間は、天体から様々な影響を受けています。

 東洋医学は、個人の体調や病だけでなく、精神情緒にまで影響することが前提で組み上げられた医学です。

 筆者のいおり鍼灸院でも、月齢カレンダーを置いて毎日月齢を確認していますし、日々の天候・気象変化と体調・精神情緒との関係を常に意識して治療を行っています。

 おそらく、東洋医学系の鍼灸院では、どこでも常識レベルのことだと思います。

 と、豪語いたしましたが、運気学説は今現在取り込み中です。



 それはさておき、筆者が目にしたことのある天体が地球や人体に影響している例をいくつか挙げてみますね。

 かつて高速道路交通警察隊を退官された方の本を読んだことがあるのですが、満月と新月の日に死亡事故が多発しているそうです。(書名は、忘れました)

 満月の時は、うっかり型、新月の時は暴走型の死亡事故が集中すると書かれていたのを、記憶しています。

 みなさま、満月と新月の夜の運転には、気をつけましょうね。


 またサンゴの産卵は、必ず満月、大潮の日にされます。

 筆者も沖縄・阿嘉島で遭遇したことがあります。港内は、サンゴの卵でピンク色の潮で一杯でした。

 さらに潮の大小は、月と太陽の位相(黄経差)でほぼ決まるらしいのですが、東京湾では最大潮位差が15mを超えたこともあるそうです。

 東京湾の海水を15mも引き上げるって、とんでもない大きなエネルギーですよね。

 
 またあの怖い地震も、天体の影響が作用しているとの観測もあります。

 以下、ウィキペディア 潮汐 から引用してみました。
 
 地震の発生とは有意な関係があるとされる。
 それは潮汐力は地球内部の岩盤にも影響を与え上下伸縮を引き起こしているためで、特に断層の方向と地球潮汐の方向が一致し力が最大となったときに、地殻変動ひずみの限界と重なり最後の一押しとなって地震を誘発するものと考えられている[16]。潮汐が地震の引き金になったとみられるケースは世界における地震全体の5%程である。

 そういえば、阪神淡路大震災前日の夜空は、澄み切った夜空にきれいな大きな月が出ていた記憶があります。

 人体との関係では、かつてメニエル氏病を発症して救急搬送された患者さんから聞いたことです
が、搬送先の看護師が「今日に限ってなんでこんなにメニエルが多いの」ってつぶやいていたそうです。

 この日もちょうど満月でした。

 恐らくこの日に発症した人は、水邪が関係しているタイプのメニエル病ではないのかと推測しています。

 少なくともこの患者さんは、ワインを多飲して水邪を溜め込んでおられましたね。


 もっと身近なところでは、女性の月経は月齢周期に同期していることは、結構知られていると思います。

 もう20数年前のことですが、ある体育系の女子大生が、「生理って感染するんです。ひとりが生理になると、部員が次々と生理になるんですよ。」というではありませんか。

 調べてみると、はやり満月の前後に集中していました。

 また女性は月経前後に、特に精神情緒の変動が大きい傾向にあります。

 現代医学では、ホルモンが・・・なんていうのでしょうが、それは結果であって本当の原因ではないと東洋医学では考えます。

 その他にも、見渡せば天体の作用に同期した、動物や植物などは無数にあるはずです。

 これら天体の作用をしっかり認識して、健康に生きるために考え出されたのが東洋医学的養生法の基本になります。

 運気学説は、自然界の気を認識し、未来を予測するための道具です。

 さらに具体的に人体の気の変化に当てはめ、現在から未来を認識するためのアイテムとなります。


 一の会

 

暦の基本的な理解・・・<素問・六節蔵象論>より

初秋 まだまだ鮮やかな花々が楽しめます
 
 



 「一の会」では、内経医学の天人合一思想を中心軸に据えて参加者、講師ともに学びを進めております。

 
 この天人合一の観点から易学と五運六気を医学に応用すべく、永松周二先生に講義して頂いているのですが、まずは基本的な暦と陰陽の変化を、筆者の復習として解説いたします。

 暦に関しては、たくさんの種類があるのですが、ここでは<素問・六節蔵象論>に記載されています太陽暦「六六を以て節とする」という部分を中心に解説したいと思います。

 「六六の節」は、1年を360日として計算されたものです。

 一般的に知られている24節気は、太陽暦で計算すると360日÷24節気=15日と非常に分かりやすいですね。

 この1年360日の起源は、紀元前5000年ころメソポタミアのバビロン人によるものだそうで、太陽は天度1度ずつめぐるので、360度を一年と定められたことに始まるのだそうです。

 円周が360度なのはバビロニア人が作った暦が起源で、数学的に割り切れて便利なことから、現在も用いられています。


 1時間60分とされてる60進法も、ここに起源があったのですね。

 さて、現在は1年365日となっており、五運六気も1年365日で計算されていますが、ここでは<素問・六節蔵象論>1年360日「六六の節」を説明して参ります。


<素問・六節蔵象論>の一部抜粋です。いきなり漢文ですが、読み飛ばして頂いても結構です。

 以下のブログに、分かりやすく全文を意訳していますので、ご興味のある方は以下をクリックしてご覧ください。

 
 
 「一の会」の皆様は、今後の講義がより深く理解することが出来ますので、是非一読しておいてください。


天以六六爲節.地以九九制會.天有十日.日六竟而周甲.甲六復而終歳.三百六十日法也.
 天は六六を以て節と爲し、地は九九を以て制會す。天に十日有り。日に六竟して甲を周る。甲六復して歳を終える。三百六十日の法なり。

五日謂之候.三候謂之氣.六氣謂之時.四時謂之歳.而各從其主治焉.

 五日これを候と謂う。三候これを氣と謂う。六氣これを時と謂う。四時これを歳と謂う。しかして各おの其の主治に從うなり。


 甲と記されているのは、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の天干=十干の最初を指しています。
 この天干=十干に、いわゆるエトと呼ばれる 、地支=十二支である子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥を掛け合わせたものが、いわゆる甲子表と言われるものです。



 
 見てのとおり、天干と地支の組み合わせは、2つずつずれるので、天干は6周、地支は5周でちょうど60通りの組み合わせが出来上がります。

 還暦と呼ばれているのも、生まれた暦歴に還(かえ)ることから由来しています。

 壬申の乱であるとか、辛亥革命とか歴史で習っていると思いますが、現代の西暦の代わりに年号を現すために使われていたのですね。

 さてこの天干は、太陽を観察して得られた暦です。

 (ちなみに十二支は、月の周期と北極星の動きを観察して得られたものです。)

 古代中国では、圭表(けいひょう)という道具を用いて太陽を観察し、表(棒)の影の長さを圭(目盛盤)で観測していました。
 
圭表
 
 
 そしてまず、影が最も長い時を冬至とし、影が最も短い時を夏至と定めます。
 
 これで冬至と夏至の二至で、円が二分割されます。(図1)
 
図ー1


 次に最も長い影と短い影の中間をそれぞれ春分と秋分と定めます。
 春分と秋分の
二分を加えると、円が四分割されます。
 
 ここまでの作業は、二至二分と称されています。(図2)
 
図ー2  四季・四時 二至二分
 

 これで、
四季四時が明確になります。一季・一時は90日となり、四季・四時を掛け合わせると360日となります。
 

 ここからさらに四時の中間に立春・立夏・立秋・立冬を立てて八節にします。これを四立と称します。(図3)
 
 八節は、一時90日の半分なので、45日になります。従って45日×8節=360日となります。
 
 
 
図ー3 八節


 

 さらにこの一節を15日ずつ三等分します。
 
 この3等分の1を素問では、「気」と称しているのですが、現在では節気と称され24節気として一般に広く知られています。(図4)  15日×24節気=360日
 
 
 
図ー4 24節気
 
 
 そしてこの節気をさらに三等分したものを候と称します。つまり5日を一候としますので一年は72候となります。(図5) 5日×72候=360日
 
 
 
 

図ー5

 
 1候は、まず天の気が先行します。次に天の気を受けた地の気が変化し、そして天地の間の人の気に変化が及ぶことを示しています。(図5)
 
 具体的に昼間を例にすると、まず天の太陽の陽気が高くなると、少し遅れて大地が温められます。
 
 すると温められた大地から地気が立ち上ります。そしてようやく天地の間の人の気(百葉箱)の陽気が上がってきます。
 
 太陽高度が最も高くなる正午の気温よりも、少し遅れて私たちが生活している場の気温が上がることを説明したものです。
 
 陰気の消長も、同じように考えます。
 
 
 
 
 
図ー5 三才陰陽変化
 
 

 そして太陽暦を365日にした上で、月の満ち欠けと北斗七星の柄の部分の位置を掛け合わせて、現在の太陰太陽暦が出来上がったのですね。
 
 詳しくは、ブログ鍼灸医学六節蔵象論 をご覧ください。

 
 「六六の節」は、五運六気の考え方を大雑把に述べたもので、五運六気論では60日と87.5刻を1気としています。
(一日=100刻)
 
 これから筆者自身の理解のために、少しずつまとめて参りたいと考えております。
 
 読者諸氏からも、ご指導を賜れば幸せです。
 
 
 一の会

国際東洋医療学院 OB会セミナー


 10月2日、国際東洋医療学院のOB会へ行ってきました。

 一の会幹部総出の、本年度・第一回目のセミナーでした。

 今回もまた、「一の会」でお伝えしていることの一端を、みなさまにお話しする内容となりました。


 受講者の方々には、東洋医学で人を診るとはどういうことなのかを、実演を通して体感していただきました。


 すぐれた施術は、理論に基づいた気の読み取り術と感覚との調和から導き出されます。

 術者の心持の大事、気の置き所、気の使い方については、副会長の永松周二先生がご教授されました。


 理論と実践においては、会長の金澤秀光先生が担当してくださいました。


 鍼灸臨床の実演の中で、金澤先生は患者役を担当してくださった先生の心身の近況を、不問診で占い師のように当てていかれました。

 それは体が表現している気象・シグナルを東洋医学理論を用いて読み取っていった結果なのです。



 稲垣も、経穴のアプローチの仕方・触れ方・診察法を指導してまいりました。


  
 次回は11月13日(日)に、再度 国際東洋医療学院 でセミナーを行います。

 既に臨床に携わっておられるOBの先生方には、自分の手で絶対に治したい人がいる、治したい病がある。

 参加される在校生の学生さん方には、どこに梯子をかけて学べばいいのか。

 このような皆様のご要望に、お応えできる内容にしてまいりますので、是非 次回もご参加ください。

 そしてセミナーの準備だけでなく、終始お立会いくださいました安達先生、本当にありがとうございました。

 そしてご参加くださいましたみなさま、ありがとうございました。




2016年度 第5回「一の会・東洋医学講座(臨床)」活動報告

 朝晩が涼しく感じられ、秋めいてきたかと思ったのも束の間、台風に伴う熱気と湿気。。
季節が逆戻りしたかのようですね。

 8月28日の臨床講座当日も、朝は爽やかに感じられたのですが、徐々に湿度の高さを感じる気候となりました。

 湿度が高いと、やはりだるいような眠いような、シャキンとしない感じがします。身体に湿気を多くためている方は、より顕著に感じられると思います。

 さて、トップバッターの永松先生、そんな湿邪を吹き飛ばすかのように元気よく、講座のスタートを切って下さいました。
永松周二先生

 今回は、『五運六気』の簡単な紹介から。

 簡単といっても、これまでの内容をある程度理解していないと、ついて行くのが大変です。

 復習を兼ねて、少し書いてみます。


 大地の気は 木・火・土・金・水 五運ですが、これは天の十干=天干が地の五運に降りて作用することにより盛衰します。

 一方、天の六気風・寒・暑・湿・燥・火)は、地の十二支=地支が天に昇って陰陽を表すことにより盛衰いたします。

 図式化すると、以下のようになります。


天干十二支相関図



 これを理解するには、十干と十二支をすでに憶えておく必要があります。

 そして天干=十干に地運=五運を配当すると以下のようになります。









 これは、ひとまず丸暗記です。

 そして陽は大過、陰は不及ですので、書き加えますとこのようになります。

土運
甲・大過
己・不及
金運
乙・不及
庚・大過
水運
丙・大過
辛・不及
木運
丁・不及
壬・大過
火運
戊・大過
癸・不及


 また、地支=十二支に天運の六気を三陰三陽に配当すると、

 ➡ 少陰君火
 ➡ 太陰湿土
 ➡ 少陽相火
 ➡ 陽明燥金
 ➡ 太陽寒水
 ➡ 厥陰風木

 これも、現時点では覚えるしか手がありません。おそらく一通り学んだあとに、これらの配当の意味が分かってくるのではないかと感じていますが・・・


 これらを人体と相関させてみると、天地の間は陰陽の気が相交する場となり、三才思想につながります。

五運六気と人体


 このように自然と人間を相関させるのは、天人合一思想です。

 天の気と大地の気が交流し、その変化・盛衰が人体にどのような影響を与えるのかを予測するのですね。

 また人体だけでなく、農耕の民にとってその年の天候は死活問題であるが故に、このように易学から五運六気が発達したのでしょうね。

 今回の講義では金澤先生が永松先生を質問攻めにされていました。まるでマンツーマンのレッスンのようでした。



 次いで稲垣先生による、『生薬から学ぶ人体と病』。今回は「痰と その治療薬」について。

稲垣順也先生


 講義の冒頭、以下のようなチャートを示され、これまでの流れをざっと復習しました。

病因病理チャート

 食積・気滞・瘀血・内熱・内火は全て外因・内因・不外内因の三因が関わってくるため、その個々のケースについて、普段から色々とイメージトレーニングを重ねておくのが大切であると。

 そして今回は、病理産物としての『痰』について。

 痰は、痰飲から形成されるものです。

 ところが『痰』と一括りに言っても、津液に近いものから粘性の高い固形化したものまで、様々なバリエーションがあります。

 そのバリエーションを具体的に認識するには、痰を治するとされている生薬の効能と方剤から読み解いていくのが分かりやすいということです。

 栝楼実・貝母・桔梗・細辛・葶藶子・杏仁・半夏など、津液と痰に関する生薬の特徴、目標とする腹証などを照らし合わせながら解説して頂きました。

 有痰と言っても、津液を排泄するだけで良くなる場合。

 逆に痰を潤すだけで良くなる場合。

 清熱あるいは温補するだけで良い場合など。

 これはしっかりと整理しないと、なかなか自分のものにならないなと感じます。

生薬の解説 

生薬の解説 




 そして午後は、金澤先生の時事講義でスタートです。

金澤秀光先生


 永松先生の講義を受け、太極から演変。演変から太極へという流れを、具体的に解説して頂きました。

 易では、太極→両義→四象→八卦→六十四卦――と、微に入り細に入り複雑になってきます。

 そして最後は、また太極に戻り、自信をもって「決断」に至るわけです。

 医学的には、『証決定』という太極を立てるのですね。

 自信をもってこの『証決定』に至るために、様々な分野の学問・理論体系があるのです。

 「一の会」で取り上げている「臓象学」「経絡学」「中医学」「傷寒論」「易学」「身体学」などは、全て太極を意識しながら学び進むと、迷うことが無いのだと。
 
 
 そして、今期の講座も後半に入った今回、改めて「人はなぜ病むのか」「健康に生きるとは、どういうことなのか」を、治療者自ら自分に問いかけることの必要性を説かれました。

 その上で、やはり古典にその道を求めるべく、素問・上古天真論、霊枢・九鍼十二原論を解説下さいました。



 休憩の後、引き続き金澤先生による「臨床実技」

 講義の最中、なんと!あの永松先生が!体調を崩され横になっておられたので、急遽患者モデルになって頂きました。

金澤秀光先生 実技風景

金澤秀光先生 実技風景

 参加者の皆で、気色、脈、背部兪穴を診て、刺鍼前後の変化を確認しました。

 風湿の邪に侵されているとの診立て。

 右肝兪の虚を根拠に、気滞表証と判断して身柱穴に横刺、瀉法。

 すると肝兪の虚が見事に浮いて参りました。虚であるからと言って、単純に補うわけではないのです。

 わずか一本の鍼で、背部兪穴、脉、気色が大きく変化したのには、皆さん驚きでした。

 先生は直ぐに復活され、最後の身体学へと移行しました。

 

 そして永松先生の『身体学』

 まずは ご自身の体調不良の解説から。

 自分の身体に起きたことの次第を、きちんと検証することの大切さを、楽しく面白く示してくださいました。

 そして今回は、呼吸に従って身体がどのように変化しているのか。その微妙な動きを察知する練習をしました。
実技風景

 確かに、呼吸に従ってかすかに上肢が外旋内旋・回内回外しているのが分かりました。

 呼吸ひとつで、身体全体が伸びたり縮んだりしているのですね。

 
永松周二先生 実技風景

 ところで永松先生、朝一番の『五運六気』講義の際、実はすでに大変お辛い状態であったにも関わらず、そんな様子を微塵も感じさせずに講義を終えられたのは、さすがというほかありません。


 今回もお疲れさまでした。ありがとうございました。



次回、「一の会・東洋基礎医学講座」は 9/11(日)です。

(「養生講座」は 9/10(土)に行います。)


一の会

 

 


背部兪穴と胸腹部募穴(4) 鍼灸と湯液の着眼点の相違

 
 これまで、背部兪穴と腹部募穴について稿を重ねてきました。
 
 この稿では、湯液と鍼灸の着眼点の相違を明確にすることで、鍼灸医学の独自性を高めることをコンセンサスに記述致します。
 
 募穴の存在する腹部は、腹証として湯液家の聖典、『傷寒論』に詳細に記されています。
 
 一方、鍼灸家にとっての腹証は、わずかに『難経十六難』に簡単に記されているだけです。
 
 腹診の系譜に関しては、<明治鍼灸医学 第15号:15-30(1994)>
 
「腹診の文献学的研究」という論文に詳しく記されていますので、興味のある方はご一読くださればと思います。
 
 

  腹診に関して筆者は、太極的に大きく湯液派、鍼灸派に分けて認識しています。

 鍼灸派は、何といっても難経ですね。

 難経腹診は、『易学』の司天・在泉の見地から観ると解けます。

 この稿では、これ以上詳しく触れません。


 一方、湯液派は、『傷寒論』を中心に、ダイレクトに正邪が鬱滞している場所を腹部に求め、腹部の面と奥行きで捉えるために発達してきたのだと考えています。

 現在は、湯液も鍼灸も共に東洋医学の範疇でくくられていますが、元々は全く異なる発想で発祥したのではないかと考えています。

 それが、戦国時代に至って人々が大きく移動するようになり、また諸子百家と言われるように思弁的な時代となって、鍼灸と湯液の理論的整合性が陰陽論・五行論などによって図られたのではないかと考えています。

 これは、筆者の想像であり、考古学的、時代考証的な裏付けはありませんが、あながち誤りではないのではと、ひとり合点していますので、ご承知ください。

 現在知られている経絡図の最も古いものは、前漢時代(紀元前200年頃)の馬王堆漢墓(まおたいかんぼ)から発掘された、『足臂十一脈灸経」と『陰陽十一脈灸経』です。

 絹布に描かれたその図は、四肢末端から体幹部までの流注しかなく、現在の経絡図のように臓腑を属絡していません。

 むしろ、現代の経筋に近い感じです。

 ここから連想されるのは、裏の臓腑よりもむしろ末梢に着眼し、次第に臓腑の概念と相まって現代伝わっている経絡へと発展してきたのだろうということです。

 (ただし、今後またどのような経絡図が発掘されるかは、わかりませんので念のため。)



 人体にアプローチする際、鍼という道具性からして体表・末梢からのアプローチになるのは、至極当然のことだと思います。

 一方、湯液は飲む訳ですから、一旦内臓に納め、そこから方剤により薬力を体表に向かわせたり体内深くに向かわせたりするわけです。

 ですから当然、中枢としての腹証を中心に観察したと推測するのも、あながち的外れではないのではないかと思っています。


 さて、ここからが本題です。

 現代中医学では、この腹診術は見る影もなく欠落してしまっています。

 これはこれで、理由があると思うのですが、敢えて触れないことにします。

 ところが日本では、江戸期に入って湯液家を中心として腹診が飛躍的に発展してます。

 突出しているのは、やはり古方派吉益東洞(1702-1773)一派ですね。

 根拠としたのは、やはり聖典『傷寒論』です。

 この日本で花開いた腹診術は、湯液を中心に広く行われ、鍼灸もまた湯液派に倣って腹診を中心とした流派が多数出現しています。

 良く知られている、多賀流、意斎流、夢分流などがそれらに相当すると思います。

 刺鍼部位は腹部に限定し、あらゆる病に対処しようとすると、そこに学理はあまり必要でなくなります。

 なぜなら、募穴の特性について述べたように、腹部には多数の経絡が入り混じって流注しているため、腹部の経穴を使い効果が現れても、なぜ効果があるのかが不明瞭になるからです。

 湯液の場合は、腹部の邪の位置(病位)とその性質を腹診から得て、一味一味の薬理に力を注げばいいわけです。

 ところが鍼灸の場合、経絡流注あり、十二原穴あり、背部兪穴ありと、腹部に現れている状況をそれらによってつぶさに弁別することが出来ます。

 例えば、胃募中脘には、ほとんどの経絡が流注していますが、中脘の緊張が足厥陰で弛んだり足陽明で弛んだり、はたまた手陽明の合谷一穴で弛んだりします。

 意図的に病因病理を得た上で選穴、刺鍼すると、中脘穴の緊張が、精神的由来のものなのか、飲食不節由来のものなのかが明確になります。

 またさらに、湯液は陰を通じて陽に働きかけ、鍼灸は陽を通じて陰に働きかけるという、不動の大前提があります。

 このように考えたならば、内傷病に対して鍼灸のアプローチは、腹部よりもむしろ背部兪穴に対して行うのが、最も鍼の特性を生かせることになります。

 つまり、陰病を陽に、内傷病を背部兪穴に引いて治療するということです。

 これまでは、おそらく湯液派の影響で鍼灸術も腹診を行い、腹部に直接アプローチする手法が取られていましたが、これからは背部兪穴にこそ鍼灸術の徳目があるのではと着眼しています。

 その根拠は、<素問・長刺節論篇第五十五>の以下の記述です。

 迫藏刺背.背兪也.

 刺之迫藏.藏會.

 藏に迫るは、背を刺す。背の兪なり。

 これ藏に迫るを刺すは、藏會なればなり。

 この記載を意訳すると、『邪気が五臓に迫ろうとしている時に背兪を刺すのは、五臓の気が背兪に会するからである。従って、正邪抗争の場を五臓から背兪に引くために刺鍼するのである。』と理解できます。


 この記述は、かなり意味深長です。


 精神的にも、腹に収める、腹に一物ある、腹に据えかねる、ハラワタが煮えくり返る・・・等々、開・合・枢理論の合たる由縁を髣髴とするたとえがたくさんあります。

 一方、背中は、肩の荷が重い、肩にかかる、肩をすぼめるなど、解放的でないことに負担を感じるような表現が多く目立ちます。

 また、背中はその人の人生を物語るなどは、陽の陽たるゆえんを示す言葉だと思うのですが、読者の方々は、どのように感じられますでしょうか。

 また背部兪穴と手足の経穴との関係、背部兪穴と手足の要穴のどちらを取穴するのかなど、配穴の考え方も、古典の世界観に法り、人体を三才の空間として意識すると、最も的確で効果的な取穴が可能となります。

 筆者の鍼法としては、術前に気色、脉証、腹証を捉えて、あらかじめ一定の部位の気をどこへ動かすのかを定め、術後に自分の意図した通りに動いたのかどうかを確認します。

 意図通りに動けば、自分の診立てが合っていたことになります。

 しかし残念なことに動かない場合は、

 自分の診立ての問題なのか、

 さては患者の神気の問題なのか、

 選穴の問題なのか、

 鍼の技術的なものなのか等々、

 様々な要因が今後の発展材料として与えられることになります。

 うまくいかない時にこそ、なぜうまくいかないのかを振り返り、進歩の材料になるような工夫がもっとも大切であることを、このシリーズの最後として締めくくらせて頂きます。





一の会



 

 

 
 

背部兪穴と胸腹部募穴(3) 前後の気の動き

 
 これまで、背部兪穴(後)と胸腹部募穴(前)の性質の違いとその用い方について述べて参りました。
 
 今回は、前後の気の動きについて解説いたします。 つまり兪穴と募穴間の、気の動きです。
 
 
 先ずは『難経六十七難』に、兪募穴についての記載がありますので、少し見てみましょう。
 
 漢文ですが、あまり難しくありませんので気軽に字面を追ってみてください。
 



 「五藏募皆在陰.而兪在陽者.何謂也.

 
 然. 陰病行陽. 陽病行陰. 
 
 故令募在陰.兪在陽.」
 
 これを直訳しますと、
 
 「五臓の募穴は全て人体前面の陰にあり、兪穴は人体背面の陽に在るのは、どういう訳だろう。」
 
 「そう、陰病は背面の陽に行きます。そして陽病は全面の陰に行きます。
 
 ですから、募穴は前面の陰に位置し、兪穴は背面のように位置しているのです。」
 
 どうでしょうか、これ。

 最初の兪募穴の位置の疑問にちゃんと答えてないですよね。

 何のことか、さっぱりわかりませんね。


 ですが、筆者が注目したのは、『陰病は陽(背面=兪穴)に行き、陽病は陰(前面=募穴)に行く』と記載されている部分です。

 ここに、気の動きを具体的に知るヒントがあります。

 
 さて、ここで「陽病・陰病とはなんぞや」、という疑問が生じます。

 陽病は実証・熱証、陰病は虚証・寒証など、すでに様々な解釈がされています。

 しかしながら、筆者の臨床に則して考えると、いずれも誤りであります。

 バッサリ切った、って感じですかね。

 それでは、筆者の考えを述べますので、異論のある方は、どうぞ遠慮なさらず切り込んで来ていただけると嬉しいです。

 
 さて、陽病・陰病とは何を指しているのか。

 陽病とは、外から人体に侵入してくる外邪性の病の一切、つまり外感病のこと。
 
 陰病とは、内から生じる内因性の病の一切、つまり内傷病のこと。

 
 
 ヒントになったのは、外感病について著された『傷寒論』です。
 
 『傷寒論』は、やはり聖典です。


 ちょっと回りくどいようですが、先ずは傷寒論に記載されている、陽病から陰病に伝変する六経伝変順序を正したいと思います。

 『陽病は陰に行く』という難経の気の動きに、大いに関係するからです。

 
 傷寒論をそのまま読むと、これもまた誤ります。

 これは、一旦散逸した傷寒論を再び集めて編纂した人の間違いか、もしくは何らかの意図があったからというのが筆者の見解です。

 一般成書では、太陽病→陽明病→少陽病→太陰病→少陰病→厥陰病となっています。
 
 正しくは、太陽病→少陽病→陽明病→太陰病→厥陰病→少陰病の順序で病邪は伝変します。
 
 これは病邪の伝変ルートと帰結が空間的に、背→胸脇→膈→腑→臓→死とするのが順当だからです。


 これを部位として置き換えますと、

 後ろ・上→横・前→季肋部→前の腑→前・上・浅い臓→前・上・深い臓→前・深い・下の臓→死、

 という順序になります。
 
 傷寒論の条文をさっと一読して頂くとお分かりいただけると思うのですが、死に至ると最も多く記載されているのは、腎陽虚衰による少陰病編であることが分かります。
 
 厥陰病は、陰陽が交流しない状態。少陽病は、表からまさに裏に邪が入ろうとする境目であることもまた理解できると思います。


 ここをしっかり理解していると、外感病について著された『傷寒論』が、実は内傷病にも応用することが出来ることが分かると思います。
 
 つまり、内傷病の場合、外感病の邪気の伝変ルートと逆に正邪抗争の場が移動するということです。

 至って単純な、発想でしょう。


 外感病の場合(特に風寒の邪)、背部兪穴(上の後ろ)から最終的に下腹部(前の下)に伝変していきます。

 従って内傷病の場合は、逆の伝変ルートに従って正邪が移動することになります。

 つまり内傷病は、まず腹部に邪が現れ、腹部の邪は上に向かう傾向にあるということです。

 さらに病の進行と共に邪は腹部深部に沈み、背面に移動するということです。

 
 たとえば自分の能力を超えて食べ過ぎたとします。
 
 すると当然、腹部の中脘から不容あたり、もしくは季肋部に邪が現れますよね。

 これがすぐに解消されなければ、時間の経過と共に腹部の邪気は上に残り、次第に沈んで背部兪穴に向かうことになります。
 
 現れやすい穴所としては、季肋部→膈兪付近を中心に邪が浮いてきます。当初は実の反応です。
 
 単純な熱邪であればそのまま背面から抜けて行くのですが、陰邪も一緒になって膈に迫った場合、抜けることが出来ずに、居座った邪が正気を損い、背部兪穴に浮いてきた邪は、再び沈んで行くことになります。

 正気が衰え深刻化すると、病邪は腹部にも背部にも行くことが出来ず、身体中心部に居座ることになります。

 切診所見では、腹部に邪を捉えることが出来ず、背部兪穴は虚の範囲が大きくなる傾向にあります。

 このような状態のものに、湯液家は背部兪穴の虚の部分に施灸して腹部に邪を浮かせ、その上で腹証に従って証を立て、駆邪するという手法が取られています。

 鍼灸家の場合、督脈などを使って強力に邪を背部に浮かび上がらせ、そのままダイレクトに瀉すか、背部兪穴に浮いてきた邪を手足に引いて瀉すという発想が生まれます。
 
 このように考えると、今度は腹部の上下・左右の気の偏在を来す要因(認識論)と、切診によって得られた背部兪穴の上下・左右を照らし合わせ、さらに中心となる穴所の虚実の状態から、病の新旧、病の過去・現在が見えてきます。

 どうでしょう、何となくイメージが湧きますでしょうか。

 言葉にすると、どうしても難しく感じてしまう傾向があります。

 図解にすれば、もう少し分かりやすいかもしれません。

 一読してピン!と来られた方は、イメージ・連想しながら作図してみてください。

 実際、イメージ・連想でつかむことが出来ると、意外と簡単なことです。

 難経の言わんとすることは 陰病行陽. 陽病行陰. 』 だけです。

 そしてこれを、実際の臨床に当てはめて診るだけのことなのですから。
 

 一の会
 
 
 
 

2016年度 第5回「一の会・東洋医学講座(基礎)」活動報告

 夏、真っ盛りですね。

夏の家庭菜園

今年の夏は朝晩が涼しく、比較的過ごしやすいと感じるのですが、皆様いかがでしょうか。

夏の過ごし方については、こちらのブログも参考になさってください。
⇒ 鍼灸医学の懐 ~四気調神大論(二)-夏・生活の要点~


 さて第5回基礎講座、暑さにも負けず、元気よく気合の入った声でスタートしました!まずは永松先生によります『易学』
永松周二 一の会・副代表

 十二支を順次解いていただいています。今回は申(さる/しん)、酉(とり/ゆう)、戌(いぬ/じゅつ)、亥(いのしし/がい)の解説。

 くしくも8月7日当日は、「立秋」。
 これは前回解説して頂いた 未(ひつじ/び)天山遯天山遯 に相当します。
 そして9月、「白露」になりますと 申(さる/しん) 天地否天地否 となり、卦の下から順次陰気が増えてまいります。

 終始を重ねますと、下図のようになります。

図

 このように、一年を十二支で分割し、それぞれの時期の陰陽の変化を六十四卦で現すと、陰陽の消長が良く分かります。

 昔の人は、よくもこのように考え出したものです。

 そして四正+四隅=九宮の解説。

 以下の図にまとめてみました。

 一の会・会員の皆様は、配信しております動画と資料を手元において復習して頂くと、さらにしっくりと来るものがあると思います。
図
 これを人体に当てはめてみると、丑から辰に向かって陰気は昇るので、人体では左から昇ることになります。

 反対に未から戌に陽気は降りてきますので、人体では右から降りることになります。

 これは命門学説と繋がってきます!絶対的ではないにせよ、おおよその傾向として掴むことが出来ます。

 こういった概念が臨床に生かされれば、さらに深みが増しますね。



 次いで稲垣先生による『中医学から学ぶ東洋医学用語』。今回は<腑について・・・陰陽五行で人体を考える>です。
稲垣順也 一の会・学術部長

 臓と腑とでは比較にならないほど、圧倒的に臓の方が重要度は高いということで、今回の「腑」については比較的平易な内容でした。

 そして今回は、中医学が内包している矛盾点・・・東洋医学の世界観・人体観に反するような西洋医学的記述についても触れられました。

 例を挙げると、小腸で泌別清濁されて膀胱の腑に下った津液は、膀胱に浸み入るのが本来であるにもかかわらず、中医学では小腸と膀胱は脈管でつながっているとしている点。

 さらに小腸で泌別清濁され、膀胱でさらに清濁を分けるとされている点。

 胆に「精汁」を蔵して、脾胃の消化を助ける働きがあるとしている点。

 ・・・など、東洋医学の臓象概念に反するようなことが、あちらこちらに紛れ込んでいると解説されました。

また『素問・六節藏象論篇第九』より、「脾胃大腸小腸三焦膀胱倉廩の本營居なり。 (略)能く糟粕を化し、味轉じて入出する者なり」

 「凡そ十一藏は膽に決を取るなり」

 と言った記載を提示され、腑はひとつのものとして太極として捉えられている側面と、十一臓が胆によって調整されている側面などを紹介してくださいました。

 胆の腑に関しては、金澤先生が胆の臓象学において臨床に則して詳しく解説してくださるそうです。


 そして午後からは引き続き、稲垣先生による『傷寒論から学ぶ六経病』

 今回は<太陽表寒証>。 主に麻黄湯を取り上げ、麻黄、杏仁、葛根などの生薬の作用を通じて、人体の病邪の種類、さらに鍼を用いてはどのように捉え、治療するのかと言ったことを講義くださいました。

 また麻黄は発汗=瀉法の薬であることから、麻黄を含んだ一般市販薬を漫然と投与することの危険性についても触れられ、漢方は安全という世間一般の認識の誤りを指摘されました。

 漢方薬が保険適用され、手軽に服用できる反面、西洋医学的な診立てから処方箋が出されているのが大半です。
 実際、これで良くなると言われれば、患者さんはそれを信じて服用を続けてしまうでしょう。ですが、瀉法薬である麻黄を含む薬剤は、あくまで単発~短期間の服用に止めて置く。このことの意味は、十分理解しておかなくてはなりません。

 受診されている患者さんが服用している漢方薬に対する正確な知識が要求されるのです。

 毎回感じることですが、このような観点からもやはり『傷寒論』は、鍼灸家にとって必須だと思いました。

生薬見本

 

 そして金澤先生による『臓腑経絡学』。今回は<脾の臓>。

金澤秀光 一の会・代表


 手の指でVサインが出来るのに、足ではなぜできないのか??

・・・なぜでしょう?考えたことがないです・・・そのような当たり前と思っていることを経絡流注で解かれました。

 下肢に流注している経絡は、相互に交差しており、とりわけ足の甲は複雑に交わっている。
それに比べて上肢の経絡流注は、絡脉を除いてほぼ真直ぐに流注し、五指に単独で流れています。

 また足と違い、手の甲では全く交差していない。

 このことから導き出されるのは、陰は濁気であるため混在し、足の三陰三陽はひとつとなって主に大地の如く身体を支えることが主な目的である。

 反対に陽は清気であるため混じることが無く、手の三陰三陽は天の代行として細かなことを行うのがその主な目的である。

 なるほど・・・


 また、五労のうち、脾は久坐すると傷れるのであるから、座位で手と目を多く使う現代人の労働形態は、脾を傷りやすいだけでなく、気逆を起こしやすいことなどを話されました。

 さらに脾募:章門穴が足厥陰肝経に属していることを考えると、肝脾同病の状態が現れることがわかります。

 その際、肝兪・胆兪・太衝・丘墟、脾兪・胃兪・太白・衝陽などの穴所の反応を中心に、その他の臨床所見と合算すると、中心となる虚実が明確になると話されました。

 加えて、肝脾同病の虚実のバリエーションについて、方剤学を知識として持っておくと、かなり正確に病態把握することができる。ゆえに方剤学は必須であるとも説かれました。

 ちなみに肝脾同病の方剤として代表的なものといえば、当帰芍薬散、芍薬甘草湯、逍遙散、四逆散などが挙げられます。

 一口に肝脾同病と言っても、そこに関わる病邪の種類と、臓腑相互の虚実関係によって多様になりますね。

 今後、稲垣先生が『生薬から学ぶ人体と病』講義において、方剤を取り上げて解説して下さる予定ですので、一の会の皆様は足厥陰肝経流注などをおさえておかれると、より理解が進むと思います。


 そして最後はやはりこの人、永松先生による『一之道術

講義風景


 二人一組になり、
  • 力を抜いて(脱力ではありません)、
  • 互いの気を感じながら、
  • 自分の軸をずらさずに、
  • 相手の軸をずらす。
練習です!

実技風景
実技風景
実技風景


 毎回、ゲーム感覚で楽しんでいます。

 遊びながら、切診・刺鍼は言うに及ばず、対人関係にまで通じる 奥の深いものを今回もまた感じました。


次回、「一の会・東洋臨床医学講座」は 8/28(日)です。



(「養生講座」は 9/10(土)に行います。)




一の会

背部兪穴と胸腹部募穴(2)兪穴について


 前回は身体前面・陽明部位に在る募穴について述べましたので、今回は背部兪穴について解説いたします。

 先ず、兪穴の「兪」の意味を明確にしてみましょう。

 兪は、舟(月)と余とを組み合わせた形。

 舟は盤の形、余は把手(とって)のついた手術刀の形で、この手術刀で患部の膿血(うみしると血)を刺して盤中に移し取ることを兪といい、現代の病気や傷が「なおる、いえる」の意味となった。

 『難経・六十七難』の「注ぐところを兪と爲す」という記述の意味は、また異なった観点から述べられたものですので、いずれまた稿を改めて詳しく述べたいと思います。

 さて、「兪」という文字の字義から導き出されるのは、五行穴の兪穴はさておき、少なくとも背部兪穴は体内から体外へと気が出ていく場であることが理解出来ると思います。

 背部兪穴が存在している足太陽膀胱経は、開・合・枢理論の「開」に相当するので理論的にも整合性がありますね。

 腹部募穴は、陰濁の存在と複雑に経絡が流注しているので、臓腑の虚実の診断的意義は低いとの見解は、前稿ですでに述べたところです。

 しかしこの背部兪穴は足太陽膀胱経と督脈だけが流注しています。(厳密にいえば、陽経は全て関わってきますが。)

 清陽は濁陰に比べて、混じりけの無い臓腑の気を発する所であるので、背部兪穴の虚実はそのまま臓腑の虚実をかなり正確に表現していることになります。

 従って、背部兪穴の状態から得られる切診情報は、診断的意義は高いと言えると思います。

 また背部兪穴の字義から、どちらかと言えば陽気を瀉すのに適した部位であることも付記しておきます。

 ただし、例えば腎兪穴が虚しているからと言って、直ちに腎虚などと判断するのは早計ですので、念のため。

 腎兪穴の虚が、主要矛盾ではない場合、いくら腎を補っても気は動かないものです。

 具体的には、腎兪が虚しているのなら、そこに比べて実しているところが無いかどうかを察知し、虚実のアンバランスを来した病理を読み取ろうとする意識が必要です。

 つまり司天、在泉の概念で捉える必要があるということです。

 さらに言えば、仮に腎兪穴が虚の反応を呈し、心兪が実の反応を呈していた場合、どちらが主従なのかをはっきりさせる必要があります。

 このように背部全体の偏り(上下・左右)を切診し、このような偏りを来した病因病理を解明した上で、補寫の治療をする必要があるのです。

 このように人体を診ると、正気の状態や七情の状態ばかりでなく、その人の気の使い方をも読み取ることができます。

 そのようにできるようになると、適切な治療に加えて的を得た助言・指導をすることができます。

 さらに申せば、やはり全体性・関係性を俯瞰した意識を用いると、今現在に現れている症状に囚われず、患者の過去から現在に至るまでの人生を察することも可能です。

 このように背部兪穴に関わらず四診を通じて、患者の過去から現在に至る流れを掴み、病因病理を明確にした上で、輝ける未来への指針を示すことは、内経医学が志向する国士たる治療家(上工)への道です。

 また治療家自身もひとりの人間として、自他を超えた人間理解に通じるので、察せざるべからずであると、大志を抱いて日々学ばれるのが良いかと思う。

 


 一の会