ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

恬惔虚無って?

「鍼道 一の会」事務局スタッフの大上です。

 

今日から3月!・・・

一月(いちげつ)(い)ぬる二月(にげつ)(に)げる三月(さんげつ)(さ)

 

っていう言葉の意味を実感しています!

なんだかんだとバタバタしている間に、2月が逃げて行ってしまったような感じです。

 

えらいこっちゃ(^_^;)

そんなわけで、今日、私に来たキーワードが「恬惔虚無」でした。

黄帝内経に記されている言葉ですね。

 

『恬惔虚無.眞氣從之.精神内守.病安從來.』

 

心に とらわれ やこだわり、 わだかまりがなく、さっぱりしていれば、気が充実して、精と神は内をしっかりと守るので、病気など入り込む余地もなくなる…という意味だそうです。


・・・恬惔虚無になりたい!!

皆さん、そう思われません??

 

囚われ、こだわり、わだかまり・・みーんな手放してすっきり!?笑

簡単なようで、とっても難しいですよね。。


ちなみに私は「恬」という字が好きなんです。

りっしんべんに舌だなんて、フフッと笑えます(*^^*) 

常に、心にゆとりと遊びを持っていたいですね!

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閑話 - 漢方は毒?(最終回)

 これまでの稿で筆者が皆様にお伝えしたいことは、本来、鍼や漢方が内包している素晴らしい世界を少しでも知って頂き、みなさまのお役に立てて欲しいとの思いからです。

 それとともに、漢方や鍼を含む東洋医学は『体にやさしい』『副作用がない』などというイメージや思い込みの危険性も是非知って頂きたいのです。

 

 前回は麻黄を例にしましたが、これよりさらに猛毒として知られているトリカブトの根について少し触れ、最終稿としたいと思います。

 トリカブトの根は、昔から毒矢に用いられている猛毒です。

 漢方では、附子(ブシ)と呼ばれているものがこれに相当します。

 市販されている漢方薬で、附子が配合されているものは、麻黄附子細辛湯とか真武湯など、それに滋養強壮薬と信じられている、八味地黄丸(腎気丸)などです。

 もっともこれらのお薬に配合されている附子は、水でさらし毒気を緩めたものが用いられていますが、基本的に毒であることには変わりありません。

 もちろん、猛毒のまま生附子として使う場合もあります。

 流石に生附子を用いたエキス剤や市販薬はありませんが、四逆湯類がこれに相当します。

 どのような時に用いるかと言いますと、体温が急速に下がり(気が抜け出て)、顔面蒼白となって手足も急に冷え上り、今まさに死に至ろうとする場合です。

 ちなみに四とは四肢・手足の事で、逆とは冷えあがってくる様を表現したものです。

 このような必死の状態に、いうなれば、起死回生のために劇薬を用いているのです。

 この猛毒に、身体は残りのちからを振り絞って反応する、その反応をうまく救命に繋げるのです。

 

 よ~く考えられていますよ。

 そのメカニズムを学んでいると、心がしびれてきます。

 鍼灸術も同じです。

 様々な原因で意識障害を来したり、今まさに死に赴かんとするものに、起死回生の蘇生術は豊富に存在しています。

 

 人類は有史以前から、様々な病に侵され多くの命を失っています。

 死を目前とした人に対して、古人はただ手をこまねいていたわけではありません。

 古代の医師が、考え付く限りのあらゆる手段・方法を用いてこれを救おうとしたのは当然です。

 その方法・手段は、現代でも十分通用します。

 

 病がどのようなものであっても、病苦からその人を救わんとした古人の熱い思いと足跡が、古典にはたくさん残っています。

 

 我々は、そこから多くの事を学び取り、世の方々のお役に立つことを願っています。

 これから鍼術を学ぼうとする方々。

 あらゆる病に対処してきた歴史的事実から多くの事を学び、人々のお役に立つことで自分の身を立てる志を持って頂きたいと願っています。

  また病で悩んでおられる方、是非とも東洋医学を実践されている先生とご縁がございますようにと願っております。

 

 ではここで、このシリーズを終えたいと思います。

 長きにわたるご愛読に感謝いたします。

 

 追伸:

 古来より毒矢に使われていたトリカブトの根。

 筆者もトリカブトは見たことがありますが、花の色は桔梗に似て、とてもきれいなのです。

 美しいものには毒がある・・・あっ、トゲでしたっけ。

 ご興味のある方は、以下のリンクを覗いてみてください。

  ↓         ↓

 毒矢      トリカブト - Wikipedia


閑話 - 漢方は毒?(5)

閑話ー漢方は毒?(1)

閑話ー漢方は毒?(2)

閑話ー漢方は毒?(3)

閑話ー漢方は毒?(4)

 ↑ 前回の続きです。

 

 前回までは、『瞑眩(めんげん)』とよばれる好転反応について書いてきました。

 今回は、いわゆる風邪を例にして、どのように瞑眩を起こさせて治癒に導くのかを話してみます。

 

 風邪を引いて高熱の出る方は、一般的には邪気に対する戦闘能力の高い方です。

 元気なこどもさんほど、高い熱がでるのはこのためです。

 この場合、例えば39度を超えるような高熱でも、『悪寒のある場合に限って』さらに興奮させて熱を助長させます。

 ここで注意してほしいのは、『悪寒のある場合に限って』ということです。

 くれぐれも間違えないでくださいね。ここからのケースは、『悪寒のある場合』ですから。くどいようですが・・・

 

 このような場合は、麻黄系の薬剤を用います。

 ちなみに麻黄は、覚せい剤の原料にもなることで知られています。ドーピング検査にも引っかかる代物です。

 みなさま、よくご存じの葛根湯にも含まれています。

 

 この麻黄剤を用いて、さらに興奮させて発熱を促し、最後に発汗に導いて解熱、劇的な治癒に至らしめます。

 びっくりしますよね、瞑眩(めんげん)を起こさせるために高熱出てるのに、さらに発熱を促すのですから。

 ここでは、専門的な見識に基づいた確かな診立てが重要です。

 瞑眩が起きた後、風邪を引く前に体内にたむろしていた様々な邪気は、この時に汗と一緒に発せられるので台風一過のようなことが起きます。

 このように、風邪はうまく対処すれば、即効性がありますし、『災い転じて福となす』ことも十分可能なのです。

 いわゆるインフルエンザも、悪寒のあるもの、無いものがありますが、東洋医学的にはウイルスが何であろうが生体の現す症状から、正気と邪気の拮抗状態を診て治癒に導くんですね。

 

 ちなみに野口整体で有名な、野口晴哉はその著書「風邪の効用」に同様のことを説いています。

 大変優れた著書ではあるのですが、邪気の判別が出来ていないので、読んでて少し危険だなと思う箇所もありました。

 『悪寒』とは真逆の『悪熱』の場合もあるからです。

 風邪で高熱が出た場合、もちろん鍼で対応できます。

 鍼も漢方も、ちゃんと診立てして用いると、ずばり即効性があります。

 

                            つづく

 

www.iori-hermitage.jp

 

 

 

 

 

閑話 - 漢方は毒?(4)

閑話ー漢方は毒?(1)

閑話ー漢方は毒?(2)

閑話ー漢方は毒?(3)

 ↑ 前回の続きです。

 

 今回は、戦争で邪気に勝てると確信を持ち、一気に勝負に出でるとどうなるの?といういうところまでお話ししました。

 

 一見悪化したかのような、激しい症状が起きます。

 俗に好転反応、と言われている現象です。

 東洋医学用語ではこれを『瞑眩(めんげん)』と称します。

 この瞑眩現象は、比較的短期間で終了するのが一般的です。

 術者は、あらかじめ意図して導きますので、どのようなことが起きるかと時期は、おおよその予測が付きます。

 激しければ激しいほど、台風一過の後のように身体はすっきり晴れ渡るかのように爽快に回復いたします。

 負け戦から、いかにして瞑眩を起こさせるところまで持っていくか。

 吐かせたり、下したり、発汗させたり、発熱させたりと、名医と呼ばれている医師は、やはりこのあたりの工夫というか作戦が上手いです。

 

                     つづく

 

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閑話 - 漢方は毒?(3)

 閑話 - 漢方は毒?(1)

閑話 - 漢方は毒?(2)

 ↑ 前回の続きです。

 

 漢方は、じっくりじんわり効いてくる?

 長く服用しないと効果が現れない?

 まことしやかに、広く世間で流布している漢方薬のイメージについて書いて参りました。

 結論から言えば、確かに、そういった漢方薬もありますし使い方もあります。

 が、的を得た答えでもないのです。

 バチ!って、超短期、単発で効かせる漢方も、実は数多くあるのです。

 

 ところで、鍼と漢方(湯液)の治療って、治療家はよく戦争に例えます。

 臨床で、『邪を攻める』なんて言葉も、よく使います。

 敵をやっつけろ! って感じ。

 戦争とは何やら恐ろしげですが、戦争の情勢を色々と連想してみてくださいな。

 戦う相手は多勢で味方は無勢。しかも逃げられないとしたらどうしますか?

 

 ちょっとの間でも戦いを避け、時間稼ぎしながら味方の勢力の増強を計りませんでしょうか。

 このような場合、邪気と戦わないようにじっくりと時間をかけて邪気と戦う準備に治療を費やすのですよ。

 反対に、もう明らかに負け戦と知ったら、いかに引き際をきれいにと考えません?

 治療だと、いかに苦しまずに人として本来の在り様に沿って死を迎えるかという点に注力します。

 東洋医学は、助かるか助からないか、生死の判別にとても優れた医学なんですよ、実は。

 古代では治療を施して患者が亡くなると、治療者の命もなくなる場合が多かったことに由来しているからです。

 今じゃ、考えられないことですよね。

 

 話を元に戻します。

 治療の過程では、時に小さな小競り合いというか、ゲリラ戦法のようになることもあります。

 まっ、なんにしろこんな時は、じんわり元気を養う・効かせるような治療を行います。

 ですので、漢方は、

 じっくりじんわり効いてくる?

 長く服用しないと効果が現れない?

 っていうのも、まんざら間違いではないのです。

 このような場合、術者と患者の双方ともに、なかなかいい結果が出ないので、焦ったりあきらめかけり・・・、ちょっと根くらべみたいな感じになりがちです。

 お薬も、一気に邪気と対戦しないようにジワジワと元気をつけますが、いずれ決戦の時はやってきます。

 それを身体にできるだけ負担を掛けないで、どのような形に持っていくかはやはり術者の考えと技量、そしてその時の状況が決めます。

 ところがですよ、互いに多勢同士で明らかに味方が勝っている。

 多方面から情報得て、勝算あり!と踏んだら、一気に勝負に出ません?

 一気に勝負に出ると、いったいどのようなことが身体に起きるのでしょうか?

                          つづき・・・ます。

 

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易学って・・

『鍼道 一の会』事務局スタッフの大上です。

 

今日は、当会の副代表であります永松周二先生の投稿をシェアしたいと思います!

 

永松先生は『鍼道 一の会』東洋医学講座において、《易学》講義を担当してくださっています。

 

易学って・・・

難しいですよね?

ややこしいですよね?

八卦とか、ましてや六十四卦なんて覚えられないですよね??^^;

 

私、前々から易学には興味を持っていたのですが、いざ勉強しようとすれども、あまりのややこしさに…敢無く挫折💦してきました!

 

そして永松先生の易学講義を受け始めて約2年・・・細かい枝葉はさておき、根幹の部分については少し理解できるようになってきたかな?と感じています。

 

東洋医学を志す方にとって、この「根幹」の部分がまさに必須です

 

ブログタイトルは、環の端無きが如し(たまきのはしなきがごとし)と読みます。
タイトルの意味するものは・・記事の中に答えがあります(*^^*)
↓↓↓

nagamatsu.ichinokai.info

 

 

閑話 - 漢方は毒?(2)

前回のブログで、漢方薬は毒だと古典に記されていることをお伝えいたしました。

   ↓

閑話 - 漢方は毒?(1)

 

 大半の方は漢方薬は「身体にやさしい」あるいは「副作用が無い」というイメージをお持ちじゃないでしょうか。

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閑話 - 漢方は毒?(1)

f:id:ichinokai-kanazawa:20170220163840j:plain山茶花

 本日より、Hatena Blog に引っ越して参りました。

 少々勝手が違うので戸惑い気味ですが、まあ、その内に慣れますでしょう。

 前回、「鍼は危険・有害」だからこそ効くのだと申し上げました。

  ↓

 『鍼ってなぜ効くの?』

 

 今回も少々過激な表題ですが、いわゆる漢方についても書いてみたいと思います。

 漢方は本来、湯液(とうえき)と称されていまして、漢方というのは幕末に盛んとなった蘭方(オランダ医学)に対する呼称として作られたものなんです。

 ですから中国に旅行して、「漢方薬下さい」って言っても、通じないんですよね。

 

 さてさてその漢方薬ですが、黄帝内経などの古典には、はっきりと毒薬と記されているんですよ、これが。

 

 漢方って副作用が無い、ってことおっしゃる方もおられますが、副作用が無いということは、作用もないということになりますよね。これ、簡単な物理ですよね。

                              つづく・・・

 

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閑話 - 鍼ってなぜ効くの?

 

立春も過ぎ、公園に子供達も帰ってくる頃


 『鍼はなぜ効くか』

 単純で素朴な問いですが、調べてみると意外と明確にスパッと答えられているものが見当たらないんですよね。

 答えは、単純明快。

 鍼は、危険で有害だからです。

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春の気?

 「鍼道 一の会」事務局スタッフの大上です。

梅の花

 立春を過ぎましたね。まだまだ寒い日が多いですが、これから温かい春がやってくると思うと、気持ちがワクワクしますね!

 うちの娘は立春過ぎから3日連続、おねしょをしました^^;(この出来事自体はワクワクしませんが 笑)

 これ、どうやら毎年恒例です。何気なく、過去の院長ブログを見ていたら出てきました。↓↓


 娘のおねしょを理解できる解説がされてますので、ぜひご覧ください。

 単純に言うと、上の方に気が集まって、下の方の気が不足してしまったんですね~

 春の気は肝の気。

 そういえばこのところ、寝言も多かったです!

 ちなみに、娘の名誉のために(?)申し上げると、今回は三日坊主で終わりました(*^^*)

 本格的な春が待ち遠しいです。



 4月からの新講座の募集要項が完成しました↓↓

▶▶『鍼道 一の会』東洋医学講座 2017年度 募集要項


鍼道 一の会

閑話 - こころの形と五臓の形

 お昼に温かいお蕎麦を頂いて、暖かい書斎でつらつらと執筆してると、な~んとなくボ~としてきますね。

 で、信号のない泉北1号線をバイクでひとっ走り。

 頭がキーンと痛くなりましたが、強制的にリフレッシュ。

 さてさて、唐突ですが「こころ」に形って無いですよね。

 「こころ」を、気持ちを目の前の「ここに」出せって言われても、気持ちを何らかの形で表現するしかないですよね。

 また話が、ちょっと飛びます。ついてきてくださいね。 (*^^)v

 「ほとけ」を具体的に表現したものに、観音像とか阿弥陀仏像とか色々ありますが、いずれも誰しもが心の中に既に持っている仏性、様々な現れ方をする仏性をそれぞれに表現したものですよね。

 形は無くても、確かに存在する仏性。

 何が言いたいかと申しますと、東洋医学の五臓概念も仏像と同じということなのです。

 命が表現するものを、5つの要素でつかもうとして、五臓が想定されたのです。

 我々現代人の頭の中には、医学と言えば西洋医学がびっちり入り込んでいますので、五臓といえば、いわゆる実体のある臓器を思い浮かべてしまいますよね。

 実は筆者も、初学の頃はそうでした。

 東洋医学には、五臓という実体は無いんですよ。

 びっくりぽん! じゃないです?

 実際に解剖して、臓象図とのあまりの違いに驚いたと言われている「解体新書」の杉田玄白くん、ちょっと惜しかったね。

 臓象図とは、臓器の絵じゃなかったんですよ (^_-)-☆

 いわゆる臓器とは全く別のもの、世界観が全く異なるので接点は無いと考えるのが正解なんですよね。

 とはいってもね、それではとらえどころが無い、頼りない。

 そこで解剖的・写実的な臓器の形を元にして、なんとか『気の働き』を表現しようとしたのが、あの奇妙な『臓象図』と呼ばれるものなんですね。

 唯一、接点というならこの点だけですね。

 

『十四経発揮』本間祥伯著 より

上の図は、肝の臓と胆の腑の臓象図です。

 
 筆者から見ると、よくもまあこれだけ意味深長な図に仕上げたものだと感嘆してしまいますが、分からない人は子供の絵の方がまだ上手いと笑われるかもしれませんね。
 
 五臓には、実体がない?
 
 では、五臓に連なるとされてる、経絡の存在はどうなるの・・・!?
 
 経絡の実在が危うい?
 
 じゃあ、経絡上に在るって言われてる、経穴(つぼ)はいったいどうなるの?
 
 当然、そうなりますよねぇ (^^)/
 
 おぉ~、急に吹雪いてきました!
 
 
 鍼道 一の会
 


閑話 ー 経絡ってね・・・?

 本日は全国的に休日ですね。

 今日、天気は良いのですが、あまりの寒さにひるんで書斎にこもってます。

 暖かい部屋、しあわせですねぇ~。

 で、来年度「一の会」臓腑経絡学の教科書を執筆中であります。

 ちょっと休憩、閑話。

 ところで、針灸家の常識であります『経絡』というもの。

 これって、ほんまに経絡流注に沿って気血が秩序立って流れているんだろうか。

 下図は、足少陽胆経の顔面部流注です。

経絡学 中医薬大学全国共通教科書 浅野周翻訳
  素直に見て、図のように気血が流れてるって、自分自身の体感的に実感できるでしょうか?

実はね、これってずーっと自分の中でくすぶっていた疑問なんですが、やっぱり違うと思うんですよね。

 かといって、現代医学的な血管や神経の走行とも違いますしね。

 
 こんなこと、どうでもいいと言われれば、確かにそうなんですけれど・・・
 
 それにこんなこと書くと、初学者は勉強の意欲を無くすかもしれませんが・・・
 
 でもまれに、経絡現象を感じる方もいらっしゃいます。
 
 筆者も、足三里からお湯のような熱いものが胃経に沿って下に流れていく感覚がする時が、たまにあります。
 
 大体、このような現象の後は体調が良いです♪
 
 が、経絡現象を単に経絡に気血が流れているからと理由付けするのも、やはりなんとなく安易な感じがするんですよね。
 
 他にも常識とされてる理論に、疑問はいっぱいあります。
 
 例えば衛気と栄気は調和して、常に内外同時に流れているというのも、ほんとかな?って思うのですよね。
 
 衛気は日中は体表を循り、夜は体内に入るというのも同じです。
 
 単に気の流れが切り替わるだけだと思うのですが・・・
 
 恐れ多くも、黄帝内経に反した考えではありますが・・・
 
 インド医学にチャクラがあって、経絡がないのはどうしてなのだろうとかもね。
 
 それに湯液家は、経絡概念がなくても治療できますしね。
 
 おそらく、人間を認識する視点が異なるからなのでしょうけど、ある視点では存在しているのに、違う視点からは存在していない。
 
 それでも共通認識は、頭はひとつで手足はよっつ。
 
 やはり、人間って面白いですね。
 
 で、ここに来て鍼灸家にとって、経絡概念はやはり必須ですね。
 
 ただ、概念を再度はっきりさせる必要があると。
 
 筆者は、肉体に重なっているもう一つの身体が存在すると想定すると、なんとなくすっきりしそうなのですが・・・
 
 読者諸氏は、どのようにお考えでしょうか。
 
 
 鍼道 一の会
 
 
 

親切・・・「一の会」特別講座に際して

 親切って、親を切ること?

 切とは、ぴったりと相手に寄り添うことの字義があります。

 親が子を思う気持ちと、子の思いとを一にして、ぴったりと寄り添うことを親切というのですね。

 東洋医学では、患者に直接触れて候うことを切診と申します。

 切診とは、実際に相手に触れた手から伝わってくるものを、心を平らかにして察知する診察法です。

 このあたりの消息は、素問<平人気象論十八>
「常以不病調病人.醫不病.故爲病人平息.以調之爲法」
 常に病ざるを以て病人を調う。醫は病まず。故に病人の爲に息を平らかにし、以て之を調うを法と爲す。
 
 に、如実に語られている通りです。これって、あまり注目されていませんが、極意と言えば極意です。


 2月5日の「一の会」では、稲垣学術部長の実技披露にモデルを買って出たのですが、参加者の切診を通じて伝わってくるものを、実は観察していました。

 結果は、素晴らしいものでした。

 みなさん、学術が自分のものになっておられると感じました。

 「触れる」という行為には、互いの気の交流が行われています。

 触れて触れられて、快に感じるか不快に感じるか。

 これが答えであり結果です。

 お互いの総体としての在り様が、直接肌を切っする接点において、瞬時にやり取りされるのが、実際に触れ合うということの意味合いです。

 筆者は、目を閉じて唯々触れられる手から伝わってくるものを受け取っていたのですが、一年目の方、二年目の方、それぞれに個性を感じつつ、それぞれに出来上がりつつあるものを感じ取れて、とてもうれしく思えました。

 触れることから、何を読み取ろうとするのか。

 それぞれの人間理解の視点と学んだ学理がどれだけ心になじんでいるかが、如実に伝わってくるものです。

 どれだけ学理を積んだとしても、最後には切して刺鍼し、切して抜鍼します。

 この点は湯液の世界とは大きく異なります。

 鍼灸医学は、最後の最後まで術者の在り様がそのまま結果につながる医学です。

 この最初から最後までのアプローチの在り様は、永松先生による『身体学』が多くの示唆を与えてくれます。

 4月からの新講座に向けて、我々講師陣も区々精進中であります。

 鍼道 一の会

2016年度 第11回特別回「一の会・東洋医学講座」活動報告

 鍼道 一の会スタッフの大上です。

 あっという間にもう2月。

 昨年4月から始まりました今期の東洋医学講座も、おかげさまで無事最終回を迎えました。

 ついこの間始まったばかりのような気がしますが・・(^_^;)

 過ぎていく一日一日を大切に過ごしたいと改めて感じる今日この頃です。


 さて、今期の講座の最終回、大トリを飾るのはこの人↓
稲垣順也 先生
稲垣順也 先生


 我らが一の会の学術部長にして金澤代表の愛弟子でもあります稲垣先生です。

 以前より、本講座において予告されていました秘蔵の脈診法を初公開していただきました!


 「焦らして焦らされ続けた」とおっしゃいます永松副代表が急遽、前座を務めてくださり、金澤代表がモデルを務めて下さるという熱の入れよう(*^^*)

 動画撮影担当の私も気合が入りました!

 そして、ゆっくりと分かりやすく話す稲垣先生の言葉に、受講生の皆様もグイグイ引き込まれていくのがよく分かりました。

脈診指導中の稲垣先生
脈診の指導をする稲垣先生


 未だ門外不出でありますこの脈診法について、ここで詳しく記述することは出来ませんが、興味を持たれた方はぜひ、『鍼道 一の会』東洋医学講座で ご一緒に勉強いたしましょう!

稲垣先生・永松先生・金澤先生
最後に講師3人よりご挨拶

 一年間ありがとうございました!


 そして、2017年4月からの次期講座の募集も始まっております。

 募集要項はこちらです↓↓


 ▶▶『鍼道 一の会』東洋医学講座 2017年度 募集要項




鍼道 一の会


少陰病について


 今月の鍼道・一の会『東洋基礎医学講座』では、私・稲垣は、『中医学』の「不内外因」と『傷寒論』の「少陰病」を題材にしました。

 この記事では、冬という季節柄、傷寒論の少陰病について、講義内容を紹介してみたいと思います。

 対象は、専門家を想定しております。



 少陰病とは、病証としては「陽虚」あるいは「陰虚」の人が、外寒の影響を受けて「ひたすら寝たがっている」という状態です。

 学校教育では、陽虚と言えば「冷え」、陰虚と言えば「ほてり」というイメージが付きやすいかと思いますが、それだけでは臨床の指針としては心もとないことでしょう。



 陽虚とは、体内の陽気(エネルギー)が不足して、津液(水)を自力では動かせなくなってきている状態です。

 陽虚について考える時、この、自力では動かしきれなくなった津液を視野に入れることが重要だと思います。

 ここを押さえれば、陽虚の症状である未消化便や体の冷え・しびれ・動かしにくさなどや、少陰病の症状である活動性の低下は、一人の人間に併発し得ることとして納得できるかと思います。

 更に、他の併発症状についても、理解や類推がしやすくなるでしょう。



 一方、陰虚とは、陰液(血や津液)の漏出が続いて不足に陥り、自分の陽気(エネルギー)を落ち着けられなくなってきている状態です。

 そのため、ほてりや乾燥と共に過度な興奮が生じ、睡眠の質も低下して、結果的に日中の活動性が低下してしまいます。

 よって、陰虚の人を治すには陰液の漏出を止める必要がありますし、漏出が見られないなら、それは陰虚ではないかも知れないのです。



 以上、陽虚と陰虚について掘り下げてみると、普段から鼻水やむくみなどが出やすい人は陽虚を経由して、不正出血や尿崩症などを起こしやすい人は陰虚を経由して、少陰病に陥る恐れのあることが分かります。

(注:鼻水は、本来は出るべきでないところから水があふれている状態ですので、漏出ではなく、むしろ停滞を問題視すべき症状となります)

 現在、インフルエンザの流行が心配されており、インフルエンザは東洋医学で言うところの「外寒」に基づく疾病ですから、上記のような症状のある人たちが感染した際の危険性はよく認識しておくべきでしょう。

 なぜなら、「少陰病」は病の最終段階の一つであり、そこでは生死が問題となるからです。

 「ひたすら寝たがる」という少陰病の定義は、実はそれなりの危機的状況を表現しています。

 逆に言えば、東洋医術に生きる我々や皆様が、日々の臨床で、陽虚傾向あるいは陰虚傾向の人を改善し続けることは、インフルエンザの被害の軽減に貢献する貴重な行為でもあるはずです。

 同業の皆様がこれまでなさってきた貢献、あるいはこれからなされていく貢献が、どうか感謝で彩られたものであるよう願っております。



一の会