ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

性を養う(3)養形第三 ④

 今回は齒について記載されている部分を抜き出しています。

 最後の方に寅の日、午の日など日時についての記載がありますが、これは本来養形第三の最後に入れるべきだったのではないかと考えています。

 大素経とは、楊上善と書かれている事から、黃帝内経太素だと分かります。

「楊枝のようなもので歯を掃除しておくといつも歯が綺麗になる」

 と言う当然の事が書かれています。

 歯は骨の余りと言う、東洋医学では常識である事をわざわざ文頭に置いていることから、骨の健全さの指標である歯を綺麗にしておく事で、骨・腎自身にも影響を与える可能性があることを示唆しています。

 実際、東洋医学的に身体の反応を診ると、歯に痛みや違和感を感じた時に大腸や腎の状態に耳を澄ませると、既に痛みや気の動きの悪さを感じたりします。

 形(外側、意識しやすい部分)は、神(無意識や体内、内臓の状況など)の変化の後に機能が低下し、壊れていきますので、形を保つ事は最低限の自己責任であり、そこができて初めて色艶、美と言うものが語れるのだと思います。

 歯の養生に関しては、歯磨き、楊枝等今でも一般的に行われていることが多いですが、歯を叩くというのは気功の準備運動くらいしか行われていないので、今からでも習慣付けておくと良いかも知れません。

 養形第三④の最後は沐浴について。その人の体質などにも依りますが、
「数々沐浴しようとしてはいけない。なぜなら、沐浴すれば血脉がどんどん流れる事で外気が身体に入ってくるから。」、と言っています。

 体内と体外との気の交流が激しいと、当然汗をかき過ぎたり、冷えたりと病となる可能性が高まる為に注意を促しています。

原文及び書き下し文

 大素経、楊上善注云、齒為骨餘。以楊枝若物資齒則歯鮮好也。
大素経の楊上善の注に云うに、齒は骨の余りたり。楊枝のごとき物を以いて齒を資くれば、則ち齒は鮮好なり。

 養生要集云、中経曰、齒骨之窮也。朝夕琢齒、齒不齲。
養生要集に云うに、中経に曰わく、齒は骨の窮まりなり。朝夕齒を琢けば、齒は齲まず。

 又云、食畢當嗽口數過。不尓令人病齒齲。
又云う、食畢れば当に口を嗽ぐこと数過なるべし。尓らざれば人をして齒齲を病ましむ。

 又云、水銀近牙齒、發齗腫喜落齒。
又云う、水銀を牙齒に近くれば、齗腫を発し、喜んで落齒す。

 顔氏家訓云、吾嘗患齒、動揺欲落、飲熱食冷皆苦疼痛。見抱朴子云罕齒之法、旦朝逮齒三百下為。良行之數日、即便平愈。至今恒将之。此輩小術無損、於事亦可修之。
顔氏家訓に云う、吾嘗て齒を患い、動揺して落ちなんとし、熱を飲み、冷を食うに、皆苦だ疼痛せり。抱朴子に云える齒を窂くするの法を見て、旦朝齒を建くこと三百下を為す。これを良く行う事数日にて、即ち便ち平癒せり。今に至るも恒にこれを将う。此の輩は小術にして事を損する事無し。亦これ修べきなり。

 千金方云、食畢當嗽口數過。令人牙齒不敗、口香。
千金方に云う、食畢れば当に口を嗽ぐとこ数過なるべし。人の牙齒をして敗まず、口を香ならしむ。

 延壽赤書云、鄷都記曰、夜行當鳴天皷無至限數也。辟百鬼耶。凡鬼畏琢齒之聲、是故不得犯人。
 延壽赤書に云う、鄷都記に曰く、夜行くには当に天皷を鳴らして數を限る。至る無かるべし。百の鬼邪を避く。凡そ鬼は齒を啄くの声を畏れ、この故に人を犯す事を得ず。「今案ずるに、太清経に云う、天皷とは齒を謂うなり、と」


 養生要集云、中経曰、爪筋之窮也。爪不數截筋不替。
 養生要集に云う、中経に曰わく、爪は筋の窮なり。爪を数々截らざれば筋替わらず。


 千金方云、凡寅日剪手甲、午日剪足甲。「今案、唐臨脚気論云、丑日手甲、寅日足甲割之。」
 千金方に云う、凡そ寅の日に手甲を剪り、午の日に足の甲を剪れ。「今案ずるに、唐臨の脚気論に云う、丑の日に手の甲を、寅の日に足の甲を割れ、と。」

 養生要集云、中経曰、人不欲數々沐浴、沐浴動血脉引外氣。
養生要集に云う、中経に曰わく、人は数々沐浴することを欲せざれ。沐浴すれば血脉を動かし外気を引く。

 又云、飽食即沐髪者作頭風病。
又云う、飽食して即ちに沐髪する者は、頭風の病を作す。

 又云、青牛道士曰、汗出不露臥及澡浴。使人身振及寒熱或作風疹。
又云う、青牛道士が曰く、汗を出して露臥及び澡浴をなさざれ。人をして身振及び寒熱、或いは風疹を作さしむ。

 又云、新沐頭、未乾不可臥。使人頭重身熱及得頭風煩満。
又云う、新たに沐頭し、未だ乾かざるに以て臥すべからず。人をして頭重、身熱、及び頭風、煩満を得せしむ。

 一の会