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ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

性を養う(4)用氣第四③

 用氣第四の三項目目は、意識の巡らせ方、所謂導引の基礎が主体となっています。

 呼吸を止めて意識を巡らせる方法。天候が悪ければ行わないこと。治療に用いるには意念(イメージ、意識)をその場所へ持っていく事。気を修練して効果がある時間帯を生気、ない時間帯を死気と呼び、それに従わなければ修養できるどころか体調を悪くする事を示しています。


 瞑想と同様、気も自身の中だけで回すことができれば、人間の生長壮老死の段階の内、老死の部分のスピードを遅くし、健康で長生きする為の方法となることが書かれています。
 
 古典では、一般的に生まれる為に元気を使い、元気によって穀気を生長させ、穀気を使う為の府が衰え始めてくれば、清氣を使って人間の生を終える事が、人間の持つ全ての力を使って生を全うする事と考えられていますが、現代では穀気が衰えれば死或いは障害を持ったまま、元気がなくなるのを待つ状態です。四十歳を過ぎた頃からは飲食の節度を厳密にして減らしていきながら、この清気の修養を行う事が望ましいと言ってくれているように感じますが….これは中々難しく、できるようになれば仙人とまで言われるゆえんです。

「神を調和し、気を導く道は、密室などでゆっくりと横になって、お香を焚き、枕の高さを二寸五分にして、目を瞑り、呼吸をしないようにして、鼻口の上に鳥の毛を置いて動かさないようにして三百回呼吸する。耳は何も聞いていないように、目もどこも見ていないように、心も動かさないようにできれば、寒暑の気候の変化があっても身体を害されることがなく、蜂などの毒も効かないのです。これで三百六十回までできれば真人と呼びます。もし思考がどうしても頭をめぐるようであれば、徐々に少なくしていく方が良いでしょう。呼吸を妄りに止めることができなければ、徐々に止めていくべきでしょう。三回から始めて、五回、七回、九回として、一回休んでしっかりと呼吸し、又繰り返す。十二回までできれば小通、百二十回までできれば大通とします。」

夜半の後、気が生まれる時というのは、昔で言う子刻(現在の23時〜1時)の事でしょう。早めに寝すぎて、夜中起きてしまうのは気が生まれた後、どんどん増えていっているからで、当たり前と言えば当たり前の事です。眠れないという人は、早めに寝ているかどうか、早めに寝ても気が生まれ、増えた後であれば就寝しにくくてもおかしくはありませんが、それだけ思考や呼吸、耳、目などの感覚器官を使わない練習をする必要があり、その一端が所謂瞑想でできるのです。

「夜半の後、気が生まれた時に、気を閉じて心中で数える。数えるのに間を作らないようにする。間違えるのが心配であれば、手で数える。千まで数えることができれば仙人になる日も近い。気を吐く場合は、入れるのを多くして、吐くのを少なくする。常に鼻から吸い、口から吐く」

季節の呼吸養生法では、鼻と口をどう使うかが変わってきたりしますが、基本は鼻から吸って口から吐くのが安全であり、機能に準拠しています。この加減もその人の体調によっても異なりますので、体調が悪い人、敏感な人はしばらくは意識だけで練習するのも良いでしょう。それは天候の加減も同様で、荒れている日は簡単に行う方が良いと記されています。そして、病を意識している部分を意識して呼吸することで、気が集中することが書かれています。これも、身体の弱い人は急激な変化で逆に病が進行する可能性があるので注意が必要です。

 日中、所謂衛気が体外を巡っている時間が「生」、営気が体内を巡っている時間が「死」と言っていますが、これは僕自身の考えである、1日の気のサイクルとリサイクルの考え方とかなり似ており、ダイナミックな視点での気の流れを説明しているものと思います。この辺りは興味がある方は、霊枢五十營や衛気行などを読んでみられると良いと思います。



最後は、甘始服六戊法、郄倹服六戊法、服五星精法、取氣法と当時の導引法を紹介していますが、詳細は異なっても基本は変わりません。

原文及び書き下し文

 又云、彭祖云、和神導氣之道當得密室閑房安牀燸席枕高二寸五分正身偃臥眠目閉氣息於宗膈以鴻毛着鼻口上而鴻毛不動経三百息。耳無所聞、目無所見、心無所思、寒暑不能害。蜂蠆不能毒。壽三百六十此真人也。若不能无思慮、當以漸除之耳。不能猥閉之、稍稍學之。起於三息、五息、七息、九息而一舒、起尋復噏之。能十二息不舒是小通也。百二十不息是大通也。
 又云、當以夜半之後、生氣之時、閉氣以心中數。數令間不容間。恐有誤乱可並以手下壽。能至千則去仙不遠矣。吐氣、令入多出少。常以鼻取之口吐之。
 又云う、彭祖が云えるに、神を和し氣を導くの道、当に密室閑房を得て、牀に安んじ席を燸くし、枕の高さ二寸五分、身を正して偃臥し、眠目して氣息を胸膈に閉じ、鴻毛を以て鼻口の上に着け、而も鴻毛を動かさずして三百息を終わるべし。耳聞く所なく、目見る所なく、心に思うところなければ寒暑害すること能わず。蜂蠣も毒する能わず。壽三百六十、これ真人なり。若し思慮なきこと能わざれば、当に漸を以てこれを除くべきのみ。猥りにこれを閉ずること能わざれば、稍稍とこれを学ぶべし。三息より起めて、五息、七息、九息にして一たび氣を舒し、尋いて復たこれを噏う。能く十二息まで舒せざればこれ小通なり。百二十まで息せざればこれ大通なり。
 又云う、当に夜半の後、生氣の時を以て、氣を閉じて以て心中に数うべし、数うるに間をして間を容れざらしめよ。誤乱あるを恐れなば、並べて手を以て壽を下すべし。能く千に至らば則ち仙を去たること遠からず。氣を吐くには、入るを多くして出ずるを少なからしめよ。常に鼻を以てこれを取り、口よりこれを吐け。

 又云、若天霧惡風猛寒大熱勿取氣但閉之而已微吐尋復閉之。
 又云う、若し天霧、惡風、猛寒、大熱あれば、氣を取ること勿く但だこれを閉ずのみ。微かに吐きて尋いて復たこれを閉ざせ。


 又云、行氣欲除百病随病所有念之頭痛念頭足痛念足使其愈和氣往改之從時至時便自消矣。此養生大要也。
  又云う、氣を行らして百病を除かんとすれば、病のあるところに随ってこれを念ず。頭痛には頭を念じ、足痛には足を念じ、その愈に和氣をして往きてこれを攻めしむ。時より時に至りて便ち自ら消ゆ。これ養生の大要なり。

 大清経云、夫氣之為理有内有外有陰有陽氣為生陰氣為至從夜半至日中外為生氣從日中至夜半内為死氣。
 大清経に云う、それ氣の理りたる、内あり外あり陰あり陽あり。陽の氣を生と為し、陰の氣を死と為す。夜半より日中に至るまでは外にして生氣と為す。日中より夜半に至るは内にして死氣と為す。

 凡服氣者常應服生氣死氣傷人外氣生時随欲服便服不必待當時也。取外氣法鼻引生氣入口吐死氣出慎不可逆。逆則傷入。口入鼻出謂此逆也。從日中至夜半生氣在内服法閉口目如常喘息令息出至鼻端即皷両頬引出息還入口満口而咽以足為度不須吐也。
 凡そ氣を服する者は、常に應に生氣を服すべし。死氣は人を傷う。外気生なる時は服せんと欲するに随いて便ち服せよ。必ずしも時に当たるを待たざれ。
外気を取るの法は、鼻より生氣を引き入れ、口より死氣を吐きて出だす。慎みて逆なるべからず。逆なれば則ち人を傷う。

 又云、甘始服六戊法、常以朝暮先甲子旬、起向辰地。舌料上下齒取津液周旋三至而一咽、五咽止。次向寅亦如之周於六戊凡三十咽止。
 口より入れて鼻より出だす、これを逆と謂うなり。日中より夜半に至りては生氣内に在り。服するの法は口と目とを閉ざし、常の如く喘息して息を出ださしめ、鼻端に至らば即ち両頬を鼓し、引きて息を出だし、還して口に入れ口に満たしてこれを咽む。足るを以て度となし、吐くを須ひざれ。

 又云、甘始服六戊法、常以朝暮先甲子旬、起向辰地。舌料上下齒取津液周旋三至而一咽、五咽止。次向寅亦如之周於六戊凡三十咽止。
 又云う、甘始の六戊を服する法。常に朝暮を以て甲子の旬に先んじて、起め辰地に向かい、舌にて上下の歯を料で、津液を取り、周旋すること三至にして一咽す。五たび咽みて止む。次いで寅に向かいて亦この如くす。六戊を周りて凡て三十咽して止む。

 又云、郄倹服六戊法起甲子日竟旬恒向戊辰咽起甲戌旬則恒向戊寅咽六旬効之。
 又云う、郄倹の六戊を服する法。甲子の日に起きて句に意う。恒に戊辰に向かって気を咽む。六旬此に効う。

 又云、服五星精法春夏秋冬及び四季月各向逮各存其星氣大如損随其色来入口又各存藏中色氣亦如此。上出口便含咽呑之、復更吸呑数畢止。日三、初三九、次三七、後三五也。春起平旦、次日中、日入。夏日出、日入。秋日入、人定、鶏鳴。冬夜半、日出、日中。一云、日入四季各依王時起至間中三七至衝並舒手足張口引之時三五。
 又云う、五星の精を服する法。春夏秋冬の四季に及ぶ月に、各々建に向かえば各々星の気存す。大さ指の如く、其の色に随いて来たりて口に入る。又、各々臓中に色存り、気も亦此くの如し。上りて口に出づれば便ち咽に含みて之を呑む。復た更に吸呑すること数にして畢りて止む。日に三度す。初めは三九、次は三七、後は三五をなすなり。春は平旦より起め、次いて日中、日入なり。夏は日出、日入、秋は日入、人定、鶏鳴、冬は夜半、日出、日中なり。一に云う、日入なり。四季各々王時より起めて間中に至るまで三七、衝に至りて並手足を舒べ口を張きて之を引く時は三五。

 又云、取氣法從鼻中引入、中口吐出。慎不可逆、逆則傷人。口入鼻出之逆也。服法正身作臥下枕、令與身平。握固以四指、大指把、握固也。要令床敷厚襦平。正直身両脚相去五寸舒両臂令去身各五寸安身體、定氣息、放身如委衣床。上謂之大委氣法也。然後徐々鼻中引氣皷両頬令起徐々微引氣入頬中亦勿令頬満也。満則還出、出則咽難恒令内虚、虚則復得更引若氣先調者微七引入口一咽氣先夫調者五引可咽三引亦可咽。咽時小動舌令氣轉然後咽、咽時勿使鼻中黄泄也。氣泄則損人。
 又云う、気を取るの法は、鼻中より引き入れ、口に中めて吐出す。慎みて逆にすべからず。逆なれば則ち人を傷う。口より入れて鼻より之を出すは逆なり。服する法は、身を正し、仰臥して枕を下げ、身と平ならしむ。握固とは四指を以て大指を把り、握り固むるなり。要ず床に厚襦を敷きて平かならしむ。身を正直にし、両脚相去つること五寸、両臂を舒べ、身を去つること五寸ならしむ。身体を安んじ、気息を定め、身を放ちて衣床の上に委ぬるが如くす。之を大委気法と謂うなり。然る後、徐々に鼻中に気を引き両頬を皷して起めしむ。徐々に微かに気を引きて頬中に入れ、亦頓に満たしむる勿れ。満つれば則ち還って出で、出づれば則ち咽み難し。恒に内を虚ならしめよ。虚なれば則ち復た更に引く事を得。若し気先調えば微かに七たび引きて口に入れ一たび咽む。気先未だ調わざる者は、五たび引きて咽むべく、三たび引くも亦咽むべし。咽む時は小し舌を動かし、気をして転ぜしめ、然る後咽む。咽む時、鼻中の気をして泄らしむる勿れ。気泄るれば則ち人を損なう。



 一の会