ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

立ちはだかる壁

於:多治速比売神社 梅林にて


 子供のころ、あんなに大きく感じて渡ることができなかった川が、大人になってみると、たわいもない小川にみえる・・・

 そんな経験、皆様にもきっとあると思います。

 あんなに大きく感じていた父親の背中が、ある日突然小さく見える。

 自分が、成長した証しですね。


 生きていく過程で、誰でもがみんな困難さに直面します。

 その困難さは、今の自分だから困難に感じるのです。


 筆者は後発、26歳でこの道を志しました。30年前のことです。

 かつて初学のころ、入会した勉強会。

 みなさん、日本語で会話しているにもかかわらず全く意味不明、理解できない。

 知る人は誰もいない・・・まるで外国の人たちの集まりの中に、ポツンと居るような感じがしたものです。

 孤独感と焦り・・・かなりつらかったですね。

 当時筆者の目には、とてつもなく大きな壁として映りました。


 希望に燃え、臨床力をつけたいと願って参加したにも関わらず、まずはみんなの会話が分かるようになる、ついていけるようにならないといけない・・・

 志しだけは高いが、現実目の前は膝を屈し、頭を下げ、地べたを這うような勉強の日々。

 この時期、自分の程度の低さと未熟さを、嫌というほど思い知らされた。

 勉強の材料と方向性・・・たくさんの先生方に教えを乞うた。

 おかげで、初学の人の気持ちがよくわかります。

 今振り返ると、簡単なことが分からず彷徨してたような感じがします。


 筆者には、今もまだ感じている壁があります。

 それは、相対界から絶対界に至る道にあります。

 立ちはだかる壁を感じることって、実はとても充実していることだと、今は楽しみながら相い対していますが・・・



 臨床を志し、学ぶということは、求めて初めて与えられるもの。

 ただ座って口を開けていれば与えてくれる、学校教育とは姿勢が全く異なります。

 学校では、学ぶ材料を与えてくれて机に向かうことを指導してくれますし、学習程度を試験で計ってくれます。

 卒後は、そのようなことが一切なくなります。


 ここからですよ、試されるのは!


 学校に通っていた時よりも、さらにもっと時間と能力を費やし、鍼灸医学に特化して学び続けることが、自分自身で、できるかどうか。

 学校という環境を離れても、自分で自分を伸ばしていける能力を培っていかなくてはなりません。

 ここにひとつ、大きな壁があることに気づいてください。



 自分自身で不断に学ぶことは、必須。

 当たり前すぎて、書くのもはばかれるくらいですが・・・

 もうひとつ大事なことは、学びの気にあふれている場に、自らおもむくことです。

 その場の気に、同調・感化されることで、自分のモチベーションが高まるからです。


 この世は、陰陽・相対界。

 苦・楽は表裏一体。

 苦を遠ざければ、楽なし。

 苦を苦とせざれば、陰陽転化す。

 陰陽転化、浮世の悲哀を経て、絶対=一の界に至る。

 
 一の会