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ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

鍼灸医学の社会的評価

 教員養成科での授業中に、ある学生から心に届く発言がありました。

『先生のお話をうかがっていると、西洋医学は劣っていて東洋医学が優れているというようにと、聞こえるのですが』 というものでした。

 しばらく、授業を中断して自分と向き合った。


 確かに、僕は日常の臨床で、西洋医学に対して憤りを感じている。

 鍼灸医学に対する、社会的評価はあまりにも低すぎる。このことに対する憤りです。


 鍼灸治療を受けて、体調が良くなったとの訴えを否定する医師。

 患者は、鍼で良くなったと言ってるのに、患者の周囲の人がまるで信じない。

 癌などの生死にかかわる難病に罹って鍼灸を受けているのは、まるで新興宗教にはまっているかのように扱われる・・・etc

 また、我々からみれば簡単な病であるのに、病院で重い疾患であると診断されると、患者はその病名が頭にこびりつき不安に支配され、ついには医師の言った通りの経過をたどる・・・



 こんなことを20数年見続けてきて、現状の医療と社会の鍼灸医学に対する評価に、憤りを募らせてきていたのだと、学生の発言をきっかけに自分自身に気づいた。

 無論この間、鍼灸医学に対する信頼と、この仕事に対する誇りも培ってきた。



 西洋医学は、疫学。とりわけ公衆衛生には、秀でた医学である。多くの伝染病は、これらのお陰で姿を消した。

 また、戦争の多かった西洋では、軍人医学として外科手術の発達を促した。

 これらは、西洋医学の特筆すべき成果であろうと思う。



 翻って、現代の国民の疾病・有病率をみると、現代医学が果たしているのは、増える病の後追いのように感じないだろうか。

 増え続ける現代病に対し、根治出来ない疾患があまりにも多く増えていないだろうか。

 特に免疫疾患に、その傾向が顕著であるように思える。


 一方、東洋医学の側を振り向けば、名こそ東洋医学といっても、内実は非常に心もとない感じがする。

 本来東洋医学が内包している素晴らしいものに比して、それを具現化出来ている術者が、あまりにも少数であるからだ。

 それがまた、東洋医学に対する正当な評価の妨げにもなっていると、筆者はひとり思うのだが、読者の皆様はどのように思われるでしょうか。



 東洋医学は、個人対個人の医学である。

 未病の医学として、優れた内容を歴史的に蓄積している。

 さらに、あらゆる疾患に対応してきた歴史的事実がある。


 これから鍼灸医学を学ぼうとする人は、是非とも古典に触れて頂きたい。

 そこには、思想・哲学だけでなく、鍼という限られた手段であらゆる疾患に対応している姿が描かれているからだ。


 これから教員となって、未来を創っていく学生を教え導く受講生に、これらのことを多くの時間を割いて話した。

 鍼灸の社会的評価を上げるには、鍼灸師自身の質的向上と、『鍼で治す』という事実を示し続けること。

 社会の福祉医療に貢献することで、自ずと治療家としての身が立つのである。