ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

補瀉論(4)で、補瀉とは?

補瀉論(1)補瀉の字義

補瀉論(2)虚実の字義

補瀉論(3)虚を補う?

 

 これまで、少々回りくどく書いてきましたが、「一の会」で認識している補法と瀉法の考え方を明確にしたいと思います。

  補瀉ともに、それぞれ一点に集約されます。

 補法とは、身体のどこにその人の気を集めれば、最も正気が回復するのか。

 瀉法とは、身体のどこに邪気を導けば、最も効率よく邪気が排泄され、正気が回復するか。

 もう少し、簡単に解説いたします。

 虚の場合、人体を空間的に把握して、例えば上・中・下×内外×左右のどこに、残り少ない正気を結集させれば、一気に陰陽が和して正気が回復するのかを判断します。(補法)

 実の場合、同じように満ちている邪気をどこに導けば、一気に総崩れとなって排泄されるのかを判断します。(瀉法)

 ここは、他にも考え方はありまして、正邪抗争が拮抗しているところを切り崩しさえすれば、敗残兵のように思い思いの行きやすいところから逃げ出すという考え方もあります。

  ちょっと補足になりますが、この際、症状や患部はあまり関係なくなります。

 なぜならば、陰陽が和し、正気が回復さえすれば症状は、本人の力で自然に改善されるからです。

 

 これら虚実・補瀉を決めるに際しては、高価なものを購入するかどうかを決めるに際しての判断に似ています。

 例えば家や車を購入するとき、あらゆる角度から分析して判断しますでしょう。

 人の命は、何よりも尊いものです。

 ですから、その人の信条や生い立ち、性格や飲食などの習慣、職業、身体症状の現れ方や変遷など、あらゆる角度から分析して虚実を決するのです。

 こころと魂と身体は、分けることのできないひとつのものだからです。

 ちょっと抽象論的になってしまいました。

 ここで一旦、『補瀉論』は区切りを付けまして、今後また補瀉に関することを書き加えて参ります。

 ここまでは、いわば『一の会』の補瀉論総論と言ったところです。

 

 なお、補瀉に関しては、畏友 竹下有先生が、古典を整理してみごとに論じておられますので、一読の価値ありです。

 補瀉 目次| 清明院院長のブログ 「最高の鍼灸の追求」

 

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