ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

76.太陽病(中)104条 柴胡加芒硝湯

【一〇四条】

傷寒十三日不解、胸脇滿而嘔、日所發潮熱、已而微利。

此本柴胡證、下之以不得利、今反利者、知醫以丸藥下之、此非其治也。潮熱者、實也。先宜服小柴胡湯以解外、後以柴胡加芒消湯主之。五十四。

傷寒十三日解せず、胸脇滿して嘔し、日晡所(にっぽしょ)潮熱(ちょうねつ)を發し、已(すで)に微利(びり)す。

此れ本(もと)柴胡の證、之を下して以て利を得ず、今反って利する者は、醫、丸藥を以て之を下したるを知る、此れ其の治に非ざるなり。潮熱する者は、實なり。先ず宜しく小柴胡湯を服して以て外を解すべし。後、柴胡加芒消湯(さいこかぼうしょうとう)を以て之を主る。五十四。

  まずは意訳します。

 傷寒に罹ってすでに13日も経過してたにもかかわらず、まだ緩解しない。

 それだけでなく少陽病証である胸脇満と吐き気が現れ、その上さらに陽明病証である日晡所潮熱まで現れた。

 ところが陽明病証には無いはずの微下痢がすでに存在している。

 これは本々柴胡証である。これを下しても下痢を得ないはずである。ところがすでに下痢をしているのは、医師が丸薬で下しをかけたからで、これは誤治である。潮熱しているのだからこれは実である。

 このような場合は、まず小柴胡湯でその外を解くのが宜しく、その後柴胡加芒硝湯で少陽と陽明を兼治するのである。

 

 なんか、ややこしいですね。

 傷寒に罹って10日以上も経過しているのですから、伝変して病位が異なっていたり合病・併病になっている時期と想定できます。

 そこで少陽病証と陽明病証が現れているのですから、腑実を起こしているだろうと思うや、少し下痢しているのですね。

 これは医師が誤って丸薬で下したためであると記されています。

 この丸薬がなんであるかは分かりません。思いつくのはP89 131条の大陥胸丸、もしくはP369<金匱要略・雑療>三物備急丸くらいです。

 そして潮熱しているのは、実である証拠だから、少し下痢をしていても、これは虚ではない、実だと言っていると思うのです。

 とすれば、用いた丸薬は大黄剤の大陥胸湯ではなく、熱薬・巴豆剤の三物備急丸で下しをかけたのではないでしょうか。

 ここまで理解が至れば、三陽の合病であるので、先ずは小柴胡湯で少陽枢機を動かして表証を外し、その後に少陽と陽明がまだ残るようであれば、小柴胡加芒硝湯でさらに少陽枢機を動かしなさいということだと思います。

 頑固な少陽枢機不利の病態なわけですね。

 さて、小柴胡湯に芒硝を加えなければならない腹証とは、いったいどのような感じなのでしょう。

 腹証奇覧の図を観ましょう。

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 腹証奇覧には「図の如く胸脇苦満して、二大竹を立てるが如く、之を按じて堅きものあり。是れ堅塊なり。故に芒硝を食わう。芒硝は堅き毒を治するものなり」と記されています。

 芒硝の気味 鹹苦寒。

 薬徴では、「堅をやはらぐることを主る」です。

 文句なしに「堅く緊張した」状態を和らげる方剤ですね。

 柴胡加芒硝湯方の終わりに、林億らが大黄と桑螵蛸(そうひょうしょう)を加えると書き加えています。

 桑螵蛸とは、カマキリの卵です。

 気味 甘・鹹・平で、腎の固摂作用があるとしていますが、日本漢方ではどのように用いられているのか、いまひとつわかりません。

 しかし、大黄を加えるとなれば陽明に傾いた方剤となりますので、ここは稻垣先生のおっしゃるように、少陽枢機を動かす際に、腑実の緊急度、実満の程度を目付にして自由自在に加減してよいと思います。

 なお、105条は、後人の攙入と思われますので、末に原文と胃読み下し文のみ掲載しています。

〔柴胡加芒消湯方〕

柴胡(二兩十六銖) 黄(一兩) 人參(一兩) 甘草(一兩炙) 生薑(一兩切) 半夏(二十銖本云五枚洗) 大棗(四枚擘) 芒消(二兩)

右八味、以水四升、煮取二升、去滓、内芒消、更煮微沸、分温再服。不解更作。

(臣億等謹按、金匱玉函方中無芒消、別一方云、以水七升、下芒消二合、大黄四兩、桑蛸五枚、煮取一升半、服五合、微下即愈。本云柴胡再服以解其外、餘二升加芒消大黄桑蛸也。

柴胡(二兩十六銖) 黄芩(一兩) 人參(一兩) 甘草(一兩炙る) 生薑(一兩切る) 半夏(二十銖、本(もと)云う、五枚、洗う) 大棗(四枚擘く) 芒消(二兩)

右八味、水四升を以て、煮て二升を取り、滓を去り、芒消(ぼうしょう)を内れ、更に煮て微沸(びふつ)し、分かち温め再服す。解せざれば更に作る。

(臣億ら謹んで按ずるに、金匱玉函方中に芒消なし。別に一方に云う、水七升を以て、芒硝二合、大黄四両、桑螵蛸五枚を下ろし、煮て一升半を取り、五合を服し、微かに下ろせば即ち愈ゆと。本に云う、柴胡再び服し以て其の外を解し、余りの二升に芒硝大黄桑螵蛸を加うるなりと。)

【一〇五条】

傷寒十三日、過經、語者、以有熱也、當以湯下之。若小便利者、大便當、而反下利、脉調和者、知醫以丸藥下之、非其治也。若自下利者、脉當微厥、今反和者、此為内實也、調胃承氣湯主之。五十五(用前第三十三方)。

傷寒十三日、過經(かけい)、讝語(せんご)する者は、熱有るを以てなり、當に湯を以て之を下すべし。若し小便利する者は、大便當に鞕(こう)なるべし、而(しか)るに反って下利し、脉調和する者は、醫、丸藥を以て之を下すを知る、其治に非ざるなり。若し自下利する者は、脉當に微(び)、厥(けつ)すべし。今反って和する者は、此れを内實と為(な)すなり、調胃承氣湯之を主る。五十五(用前第三十三方)。