ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。(当ブログ内の一切の著作権は一の会に在ります。流用される方はご一報ください。)

四季と人体(5) 五節句ー弥生の節句

  

 

 今回は3月3日、弥生の節句について川村淳子先生が、内経医学の自然と人間との関りという視点から講義してくださいました。

 3月3日といえば、女の子のお祭り・ひな祭りがピンと来られる方も多いと思います。

 元々は紀元前300年頃、中国で行われていた「上巳節(じょうしせつ)」が起源だそうで、これが遣唐使によって日本にもたらされ、元々日本にあった「祓いの神事」と結びついたのだそうです。

 祓いの神事には、皆様もご存じのように草・藁・紙を用いた人形を身体にこすりつけて厄を祓うということが行われていました。

 これが起源となって現在のお雛祭りへと発展していったのだそうです。
 このお雛様、男女が座る場所は左右のどちらなのか。

 ここから陰陽論、そして黄帝内経・素問の四気調神大論生気通天論の世界とオーバーラップしてきます。

 男女は南を向いて座る訳ですが、太陽の昇る東が陽で男性が座り、太陽が沈む西に女性が座ります。

 西洋はなぜかこの逆で、近代においては来賓国事の関係から西洋式に男女が座るようになったそうです。

 またこの弥生の節句の時期に吹く春一番は、強い東南からの風で急激な気温上昇となります。(順風)

 そしてその後に、北西から吹いてくる寒のもどりによって急激に気温が下がります。(逆風)

 このような急激な気温変化で体調を崩す人が多かったのでしょう。食べ物にもいろんな意味合いと工夫がされていたようです。

 東洋医学的にも、気の浮沈に従って動く邪気ですね。これは冬の間に潜んでいたものが表に出てくるのですね。

 現代病である花粉症や、春に悪化する喘息やアトピー性皮膚炎などは、この自然界の気候変化と密接な関係があります。

 この講義では、楽しみながら一般教養の内容を学びつつ、内経医学の病理観も学べるという、一石二鳥となるものでした。

 

 第六回 基礎医学講座 リモート講義

『鍼道 一の会』は、自由自在に気を扱える、プロの鍼灸治療家を目指す集団です。

 ご興味のある方は是非、『場の気』を感じにお越しください。

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腎の臓象

 基礎医学講座で、臓象学を講義している江見先生のイメージでは、腎の臓はダンベルが想起されるという。

 一身の重心が丹田であることを思えば、至極当然なのであるが筆者はやはり三才の大地がイメージされる。

 そして腎の陰陽の消長を考えるときに、天の気との関係性が重要となって来る。

 それはとりもなおさず、保腎の養生には、天の気が鍵となるということでもある。

 <素問・陰陽応象大論>では、腎の陰陽の消長を七損八益として記されている。

  この七損八益は、すでに<素問・上古天真論>で述べられており、それに先立ち以下のように記されている。

 『恬惔虚無.眞氣從之.精神内守.病安從來.』
 <恬惔虚無(てんたんきょむ)なれば眞氣これに従い、精神は内を守り、病いずくんぞ従い来たらんや。>

 心神の、あるべき在り様を述べてます。

 腎の臓は、心神によって健全に営まれると解釈して運用することができます。

  後述文中の「神主学説」の根拠となるところです。

 これを具体的に臨床で生かしてまいります。

 

【概要】

 臤(けん)の臣は、上を見ている目の形。又(ゆう=手の形)は、上目づかいの瞳に手を入れる形で、神のしもべとすべく眼精を傷つけ視力を失わすことを現している。(形成文字)

 腎は、人体の下焦に位置して一身の元気の源でありながら、上焦の心肺のしもべとして上焦・中焦を支えている沈黙の臓である。

 また腎は人の生長壮老死に深く関わることから、中国養生学では保腎を非常に重要視している。一方、保腎の為には、腎精をいかに保つかという点において、飲食・房事の節制と心神を穏やかに保つことが説かれている。(陰陽平衡)

 これらは、先天の元気‐腎、後天の元気‐肺脾、これら肺脾腎の機能は結局のところ心神が主っていると考えるのが、一の会で提唱している「神主学説」である。

 また保腎を目的とした身体感覚に意識的になることを提唱したのが「一の道術」身体学である。「神主学説」と「一の道術」は、陰陽・表裏関係である。

【位置】

第二腰椎下 命門穴

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【形状と臓象】

 腎は、生命がまさにこれから芽生えようとする、左右二個の豆・卵に象られ、中央は命門穴である。現代的には、蓄電池が連想される。

 また、上焦・中焦には、葉に象られた肺と肝の臓象図があるが下焦には無い。このことは、葉は受動的でありその時々に応じて揺れ動くものであるが、腎の臓象図は膀胱腑も含め、錘のようにどっしりと安定している。

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「腎者.作強之官.伎巧出焉.」<素問・霊蘭秘典論八>

 腎は、国全体がシャキンとする力強さの根源となる役割を担い、他の官に根気と粘り強さが維持できる力を与える役割を説いている。

 心神が細かい技術を根気よく続けようとする場合、この腎が下焦から支えることによって巧みな技が可能になるのである。逆から見ると、細かい作業に根をつめ過ぎると、腎を傷ることになる。

 

a.坎・水 f:id:ichinokai-kanazawa:20201003063103j:plain

 象卦は辛苦に対する意思。上下の陰が中の陽を挟むことから、全てを潤す水と解することもでき、また陰中の陽があるから水は移動することもできると解することも出来る。

 坎は、浅い井戸の意味があり、卦をみると二陰一陽であるため、寒気によって陽気が損なわれやすく、陰気が溢れると浮腫を生じることが解される。

 

 

 

【五行属性】

1. 五方・北、五季・冬 五能・蔵

 腎は五方・北で五季・冬であり、一日では暗黒の陰気が支配する夜に相当する。

 夜間における人体は、五能・蔵の作用で、神明は暗くなり、衛気もまた体内に蔵するようになり、深く弛緩して腎陽・腎精共に体内に潜み養われる。

 したがって、陽気の強い子供や内熱の盛んな者は、夜に熱盛の病変を発症しやすく、また腎陽の衰退しているものは、夜明け前の最も気温の低い時間帯に下痢を起こしやすい。(鶏鳴下痢)

 

2. 五竅・耳 五液・唾

 五竅・耳は、腎精を基にした納気作用によって腎の竅(きょう)である耳が開いてよく音を聞くことができる。加齢によって腎精が虚衰すると、上実下虚となり、次第に腎竅は閉じて難聴となる。 

 唾とは意識的に吐くことのできる水液で、腎の蒸騰作用によって生じる。

 

3. 五志・恐

 古代、神に対しておそれ、かしこまることを恐とし、全身の気が下焦に聚る。恐れが過度になると気が上半身に浮いてしまい、下焦の気が虚となって、腰が抜けたり失禁などを起こす。

 

4. 五味・鹹 五能・蔵

 鹹味とは、いわゆる塩味で、野菜を塩もみすると、水が出て柔らかくなるように、堅く結んだ積聚などを柔らかくし、しかも水液と一緒に下に降ろす作用がある。緩下剤に用いられる芒消は、陽明腑実などの堅く結集した腹部の積聚などに用いられ、牡蛎は頚部リンパ腫やガングリオンなどのしこりなどを解くのに用いられる。

 

5. 五労・久立傷腎

 立つためには、肝気を昇発させ清陽が昇る必要がある。また座位から立位への移動は、気の方向は下から上であることから、久しく立てば上実下虚となって腎気が疲弊し、また津液は次第に下って腎陽を阻むようになるため腎が障害されるのである。

 

6. 五主・骨 五神・志

 骨とは、象形文字では肉付きの骨を意味し、骨は身体の最も深部にあって身体を支える骨格となる。骨が弱ると、足腰が無力となり、立つことが難しくなる。また五神の志とは、心が一つの方向に向かうことであり、根気や持久力、集中力と理解することができる。

【主な経穴】

・募穴・・・京門 (足少陽胆経)

・原穴・・・太谿

・絡穴・・・大鍾

・郄穴・・・水泉

・背兪・・・腎兪 十四椎下 命門穴 帯脉と繋がる。

 

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四季と人体(4)五節句ー人日

       

 我々が内経医学に触れる際には、当時の人の目に世界がどのように映っていたのだろうと思いを馳せながら学び進めるのが、個人的意見ですが順当であるように思います。

 古代人は自然の移ろいに寄り添うように生きていました。

 自然界に逆らっては、生きていけなかったのですね。

 それは素問・四気調神大論生気通天論などに如実に記述されています。

  漢字が成立したのは、およそ3300年前と言われていますが、漢文学者である白川静は、「漢字はもともとその時代の社会的儀礼・加入儀礼の実際に即して生まれたものであり、そのような生活の場から離れて、観念的に構成されたものではない」とその著書で述べています。 <常用字解 [第二版] 平凡社>

 

 当時の生活は信仰と密接であり自然崇拝的であり、直接目に見えない神霊との関係が色濃く反映されていたように感じています。

 科学全盛時代の現代人も、お正月だけではなく折に触れて、神社に参拝しますよね。

 どこかでこのような意識感覚を受け継いでいるからだと思うのです。

 現代にまで受け継がれてきた祭りや儀礼には、本来の意味合いは忘れられているかもしれないけれど、根底にはその呪詛的効力が今なお有効であると感じています。

 『迷信』の、一言では片づけることのできない「なにか」がひっそりと存在しているように思うのです。

 五節句もまた、一年の季節の節目には健康に暮らせるようにという願いが込められた呪術的な儀式の一つとして位置づけることができるかと思います。

 動画の中にありますように、五節句の内、人日(じんじつ)の節句だけは日にちがゾロ目ではありません。

 このことの意味は、七草粥の背景にまで及びます。

  さらにこの七草粥から羊羹(ようかん)の由来にまで話が及んでいます。

 七草は、春の伸びようとする天の気を受けた地気から生じてるものですから、この伸びようとする気を頂く(身体に取り入れる)ことで季節に寄り添おうとしてたのですね。

 栄養学には無い「気」の概念ですね。

 自然界に育まれている人間界。

 自然界を支配している神=法則は、そのまま人体にも生きているのですね。

 このような天人合一思想は、養生学と鍼灸治療学の根幹を成すものです。

 

 この七草を刻む時に七草拍子が唄われるのですが、この中に「唐土の鳥が来る前に」という言葉が出てきます。

 この「唐土の鳥」は渡り鳥と解釈すると、現在で言う鳥インフルエンザなのかもしれません。

 また七草を刻む時の七草拍子に「亢觜斗張(こうしとちょう)」と唱えられるのですが、これは方角を表すと同時に四神を配して結界を張る意味につながります。

 

 鳥は、様々なものを運んでくるので、風の語源にもなっていたようです。

 鍼灸医学でも、風寒・風湿・風熱・風痰など、風に関係した病邪概念がたくさんあります。

 鍼灸医学的に大きく分けると、外風・内風という概念があります。

 外風とは、自然界の風のこと。

 内風とは、人体内部での風のこと。(身体の中にも、風は吹くのですよねぇ~)

 外風も内風も、適度な風は変化を起こしますのでなくてはならないものです。(変化の現れとも言えます)

 ですが過度になりますと、人を激しく傷害します。

 風の無い夏日などは、過ごしにくいですが適度であれば涼しく快適に過ごせます。

 ですが台風ともなれば甚大な被害を生じますよね。

 人体においても同じですね。

 どのように同じなのかは、自然界をよ~く観察すると観えて参ります。

 

 また鳥という文字は風の語源に、そして風はさらに気の語源にもつながっていたようで、川村先生がたくさん調べて語ってくれてます。

 さらに、鳥の中でもニワトリは、夜明けを告げる鳥として一般に周知されていますよね。

 このニワトリ、夜と昼、幽界と現界の境界を告げる鳥として、なんと神社の鳥居の起源にまで話が及びます。

 ここから聖なる場の結界としての鳥居へと変化していったのだそうです。

 中国、雲南省山岳民族アカ族が発祥とのことです。

 動画の内容は、盛りだくさんです。

 楽しみながらご覧くださればと思います。

 

 第五回「鍼道 一の会」基礎医学講座(リモート)一部公開

 

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膀胱の臓象

 膀胱募穴・中極、心募穴・巨闕。

 位置関係を天地陰陽・心腎相交の時空間で観ると面白い。

 大腸募穴2穴・天枢。

 小腸募穴1穴・関元。

 中極と巨闕の間にある天枢・関元。

 これを時空間と臓象をからめて観ると、何かが観えて来ると思うのです。

 もう少し広げて、他の募穴の数(1穴か2穴)と位置関係を重ねていくと…

 臨床の幅が、グンと広がると思います。

 

【概要】

「膀胱者.州都之官.津液藏焉.氣化則能出矣.」<素問・霊蘭秘典論八>

 州都の官とは、周囲を水で囲まれた地方都市を司っている役職で、君主の命によって津液を貯めたり排出する役割を担っている。

 尿は、上焦・中焦から降りてきた水液を腎の気化作用によって尿とし、腎の固摂作用によって漏れ出ないように約束している。

 排尿は、肝疏泄と心神によって行われる。したがって、膀胱の機能失調は、腎陽、肺粛降、肝疏泄、心神に何らかの異常を生じた場合に現れる。

 足太陽の経絡は、多血少気であるにも拘らず、身体背面を睛明穴から至陰に至るまで単独で流注し、しかも十二経絡中最長である。さらには、六臓六腑の名の兪穴が存在していることから、六臓六腑の陽気の状態が現れるので診断意義は大きい。

 同時に足太陽の左右の経絡流注の中心部には督脈が流注しており、腎陽の機能が最も明確に現れる経絡である。

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【位置】

十九椎下 膀胱兪の中央に位置する。

 

【形状と臓象】

 丸い袋のような形で、出口はあるが入口は無い。

 泌別清濁の小腸、粛降の肺、水湿運化の脾、表裏関係の腎とは直接繋がっていない。 これらのことから、膀胱に尿が溜まるのは、三焦を通じて膀胱に滲み込むことを象っていると理解することが出来る。

 

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【主な経穴】

・募穴・・・中極(任脈) 中焦の気が極まる所。

・原穴・・・京骨

・絡穴・・・飛揚

・郄穴・・・金門

・背兪・・・膀胱兪 鳩奇穴 (奇穴)

 

※血会(血の病に使う) - 膈兪 :

 膈兪はここを上下に気血が通るが、陰邪によって気血の流れが阻まれることが多い。膈兪を治療することによって気血が通行すると、あたかも血虚が回復したかのようになる。

骨会(骨の病に使う) - 大杼 :

 骨は腎の主るところで、腎が充実していることによって立つことが可能となる。

 骨・腎が弱ると上実下虚となり立つことができなくなり、この部に実の反応を現すようになる。

 また衝脉は<霊枢・海論33>に「上は大杼に輸し、下は巨虚上下廉に出ず」とあり、大杼=上の後ろ、巨虚上下廉=下の前は、空間的な気の相関関係を示している。

 

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小腸の臓象

 小腸の扱いは、中医学的にはわずかに触れられているのみである。

 しかしながら心の臓との表裏関係に目をやると、それだけでは収まらない重要な働きがある。

 穀道の腑はご承知の通り、胃→小腸→大腸という流れである。

 しかし足陽明に存在する下合穴は、大腸の合・上巨虚と小腸の合・下巨虚とは順序が逆である。

 同様に背部兪穴の大膓兪と小膓兪もまた、順序が逆である。

 さらには、大腸募・天枢と小腸募・関元もまた順序が逆である。

 また大腸の募穴は帯脉上に左右2穴存在するのにも関わらず、小腸の募穴は任脈正中線上に関元1穴である。

 これらの謎を矛盾なく説明することができると、病態把握にも臨床的にもグンと大きな幅と理解が進む。

 

【概要】

 小腸は、胃で腐熟された水穀を受け取り、全く別の性質のものに変える働きがあるので、化物は小腸が主り、また脾気と共に各臓腑に盛り付ける役割があるので、受盛の官と称される。

 

「小腸者.受盛之官.化物出焉.」<素問・霊蘭秘典論八>

 手太陽の流注は下脘穴で小腸に属し、足太陰もまた下脘穴で脾に属す。

 このことから、脾気と心―小腸は、下脘穴で密接に関わる。さらに小腸の上口は下脘穴、下口は水分穴で大腸に繋がる。

 小腸は泌別清濁を行い、清気は脾気と共に上行し、濁気は糟粕として大腸に下降させ、水液は膀胱へと滲みわたせる生理作用がある。

 従って、下脘穴、水分穴付近は、脾気を中心としながらも、上焦―心・肺との関係が色濃く現れるので、意義深いところである。

 また八脉交会穴のひとつ、後谿穴は、督脈主治穴であり、上焦と下焦との関係(心腎相交)が深いことを示している。

【位置】

十八椎下に付着

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【形状と臓象】

 小腸の上口は胃の下口(幽門)と繋がり、下口は大腸の上口と繋がる。膀胱の腑とは、直接繋がっていない。

 

【主な経穴】

・募穴・・・関元(任脈) 関は門に鍵をかけた会意文字。元は本源的・おおもとの意味がある。

・原穴・・・腕骨

・絡穴・・・支正

・郄穴・・・養老

・背兪・・・小膓兪 十八椎下 腰奇穴 (奇穴)

 

 

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意念 中る弾と中らない弾

 意念って書くと、なんか怪しい感じがする方もいらっしゃるでしょう.

 ですが、フトした時に感じる人の視線や何となくピ~ンと来る感じなどは、この飛んできた意念をみなさま、感知してると思うのですよね。

 いかがでしょうか。

 

 このことについて、興味深いお話があります。

 鉄砲の弾よけで有名な合気道術創始者、植芝盛平の逸話です。

 ブログ【ガチで拳銃の弾をよける】

 https://matome.naver.jp/odai/2147109464656702301

 

 相手が銃の引き金を引く前に、光の弾が飛んでくるのでそれをよけると鉄砲の弾が当たらないのだそうです。

 この光の弾、銃を撃つ人の意念ですよね。

 意念が相手に飛ぶのですから、意識・無意識領域に反応する身体が反応するのは、むしろ当たり前ということになります。

 筆者、植芝盛平のように光の弾は見えません。

 ですが相手の意念で身体や心が反応する感覚はわかります。

 筆者だけが特殊なのではなく、このような感覚をお持ちの方は、皆様の中にもたくさんいらっしゃると思います。

 何となく快とか不快とか言った感覚です。

 そうでない方はちょっと意識的になられると、どなたでも感じ取ることができると思います。

 

 筆者の知り合いに、狙うと相手に「ばれる」と言っておられた剣道家の方がいらっしゃいます。

 まさに自分の意念が相手に察知されるということですね。

 記憶は定かではないのですが、宮本武蔵の「五輪の書」にも、相手と向かい合えば、一箇所を観るのではなく全体をぼんやりと観るというようなことが書いてあったと思います。

 オイゲン・へリゲル著の「弓と禅」にも「的を狙うな」とあるのは、それ以上にふか~い意味があるのでしょうね。

 

 相手には、観る側が持ってるものが伝わります。

 双方向・同時にですよね。

 我々は、患者さんを観て病の深浅や治し易いか否かを判断いたしますが、同時に患者さんもまた、我々の人柄や鍼の力量を瞬時に観ようとしますよね。

 

 こちら側が確信に満ちた強い意念を以て鍼をすれば、気は動くべくして動く・効くべくして効くわけですね。

 鍼する前に、すでに決まってる感覚ですね。

 このような感覚で鍼をされてる先生方、たくさんいらっしゃると思います。

 が、書けば簡単ですが、実際は百発百中というわけには参りません。

 そこはなかなかむつかしいものがありますが、そこに工夫と修練、術者の伸びしろがあると思うのです。

 

 そしてそこそこできるようになってきましたら、今度は「狙わない」、意図性を放棄して手の赴くままに鍼してどうなるかに挑んでみたいと思います。

 なかなか面白い世界だと感じております。

 仙術としての鍼。

 

 先にご紹介しましたブログ【ガチで拳銃の弾をよける】の続きに、山梨の漁師、佐藤貞次郎と植芝盛平との逸話が書かれています。

 https://matome.naver.jp/odai/2147109464656702301?page=2

 

 植芝盛平をして、このように言わしめてます。

 「あんたはワシを撃ってやろうなどという気持ちがこれっぽっちもない。

 最初から当たるつもりで撃とうとしている。

 そんな人の鉄砲はよけられない。たいしたものだ」

 

 これは禅的世界に通じると思います。

 夢分流・鍼道秘訣集の意識世界でもある訳ですし、先に書きました「弓と禅」の意識世界でもある訳です。

 こうなると、なかなか標準化して言葉や理で伝えることがむつかしくなりますねぇ。

 型から入って型を破る。

 守・破・離という流れを踏んでいくことになります。

 鍼の世界って、本来はこういう世界だと思うのですが、みなさま、いかがでしょうか。

 

 

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五臓と五神

 

 五臓に内包されているといわれている、魂・魄・意・神・志の五神。

 この五神は、五臓それぞれの生理機能の現れであるのですから、いわば臓象学の範疇に属しますね。

 この五神の働きを、五臓の生理特性を背景に稻垣座長が具体的に解説しています。

 するとどうでしょう、精神の異常がそのまま臓の具体的な病変として把握することができます。

 稻垣座長、明晰ですねぇ~。

 あとは、病邪との絡みですね。

 認知症などの諸問題・諸症状解決の手掛かりにもなるだろうと思います。

 動画内では筆者も発言していますが、ちょっと聞き取りにくいかもしれません。

 今後の改善課題としております。

 皆様のお役に立つことができましたら、幸いと存じます。

 

 

  2020年6月14日 リモートで行いました「鍼道 一の会」基礎医学講座の内容の一部です。

 

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観る側と観られる側

 前回、「見ると変化する経穴」ということを書きました。

 なぜこのような現象が起きるのかを続けて書いて参りたいと思います。

 

 この原理は、非常に簡単なことであります。

 私たちの日常でも、だれにどのように見られるかによって、気持ちや態度を変えませんでしょうか。

 会社の上司や学校の先生と接する時と、家族や気心知れた友人と接する時とでは、気持ちも態度も意識的・無意識的であっても変わりませんか?

 身体も全く同じです。

 

 身体は、意識領域と無意識領域との合流点です。

 心が動けば、身体も必ず変化=動きます。(逆もしかりです)

 たとえそれが微妙なものであってもです。

 鍼は、どちらかといえば無意識領域から意識領域に働きかける道具だと考えております。

 ですから、前提として術者と患者さんとの関係性、これが最も重要です。

 お互いの信頼感の度合いですね。

 そしてひとつには術者が、どこを観ているか。

 肉体を見ていながら内面の気を観ているのか、部分を観ているのか全体を観ているのか、この逆もしかりです。


 もうひとつは、どのような背景・世界観を術者が持って観ているか。

 これは何をどの程度勉強して自分のものにしているかですね。

 学んだことがこなれてる程度でもいいと思います。

 

 これらが両者の間の気の流れに大きく作用し、変化の度合いや様も異なってくることになります。

 そして両者の間には、意念が飛び交いますね。

 この意念を意識すると、その変化にも気づくことができます。

 この意念とは…

 

 つづけますね(笑)

 

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見ると変化する経穴

 臨床に携わっていると、触れるだけで相手が次々と変化していく状況を体験されてる方も多いと思います。
 触れて変化が遅いところや変化しないところが目付どころとなったりするのですが、それはさておいて。
 
 ある時、足三里の左右差の大きな方がいらっしゃいまして、足三里の緩い方(虚側)をじっと見てると次第に充実してきて左右差が無くなったという現象に気が付いたのです。
 それで触れる前にじっと見つめるということを実験的にはじめたところ、次々と同様のことが起きてくるようになったのです。
 
 そこで毎週1回行ってる、大阪医療技術学園の教員養成科で学生たちと一緒になって実験したところ、やはり同じ現象が確認できたのですね。
 教員養成科では、虚側の湧泉穴を選んでみんなでジッと見てたのですが、見事に充実してきまして左右差が無くなっております。
 
 さて、このような現象、どうして起こるのでしょうねぇ。
 「気の世界」から眺めると、不思議でもなんでもなくって、むしろ当然のことが起きてるってことになります。
 
 続きます…(笑)
 

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四季と人体(3)五節句

    

  

 

  今回は五節句と避邪について。

 節句は、節供ともいわれ、神と共に食す行事食の意味合いがあるそうです。

 神道で神と人が一緒になって自然の気を取り入れる「直会(なおらい)」という行事がそうですね。

 人が無病息災で生きていく願いと季節の節目に行う行事。

 そんな目には見えない「気の世界」を大切にしたいですよね。

 

 

 この動画は、2020年7月12日 「鍼道 一の会」基礎医学講座の内容の一部です。

 

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百会の対極…失眠穴

 百会の対極といえば会陰に当たるのですが、場所的には使えませんよね。

 では空間を体幹部から手足にまで広げてみればいいわけですよね。

 百会と手の井穴は共に陽極です。

 すると会陰は、足の井穴としたいところですが、足底が位置的に最も下位になります。

 前回、不眠を例に挙げましたが、足の踵中央に失眠穴がありますよね。

 足の裏全体が陰極で、踵から湧泉はその陰極の中でのバリエーションとなります。

 前に走ろうとすれば足の裏の前に重心がかかりますので、陰気は失眠穴>湧泉と考えることができますね。

 足の井穴は、歩行時には前の上を向きますしね。

 この失眠穴なのですが、足の太陽経が承筋→承山→飛陽と流れていることになっています。

 足陽明が膝から二本の流れになっていますので、承筋→承山→失眠→湧泉という流れと委陽→飛陽→跗陽→崑崙→僕参…至陰という二本の流れとして捉えるのが自然だと思うのですがどうでしょう。

 足少陽も同じです。

 また足太陽は背部の一行と二行が大腿部で交差してることになってますが、これも不自然な流れだと思います。

 とにもかくにも、足底の踵中央にわざわざ失眠穴と名付けているのですから、よほど頭部の陽気を引き下ろす作用があるのでしょうね。

 

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百会と坊主頭

 頭を丸めて意識するようになったのが、一般の方もよくご存じの百会です。

 少し前からシェーバーでさらにスキンヘッドにしてからは、より一層百会の存在を意識するようになりました。

 筆者の百会と申しますのは、河童のお皿のように広い範囲です。

 天使の輪と言ってもいいかもしれません。(笑)

 陽の極みなのですから、百会は移動してもおかしくないですよね。

 実際、頭部から陽気が抜けていく場所って決まっていません。

 今、後百会から抜けてるな…と思ってもしばらくすると左や右の百会から抜けていきます。

 むろん、頭部には数多くの経穴が存在しますが、頭部に存在してるということで大きくひとくくりに捉えてます。

 「陽の極み」という一点でとらえていれば、自在性が手に入りますよね。

 陽気が抜けていく場所がその時々で移動するということは、身体が自在性を持っているということですので、ある意味健康なわけですね。

 この百会。有名なので様々な効能が言われてますがこれを覚えてもあまり意味がありません。

 例えば不眠。

 百会で結果が出る不眠と出ない不眠がありますよね。

 陽の極みと覚えておけば、百会の反応から様々なことが読み取れますし、いろんな意味合いで使うことができます。

 では陰の極みは?

 会陰ですよね。

 ですがこれ、場所的に使えませんよね。

 ではどうするのか…

 

 

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髪の毛の意味するところ

 表題を、「髪の毛の意味するところ」としてますが、このお話は治療者として「気を感じる」という点に絞って思うところを書いてみたいと思います。

 筆者は、今月62歳になるのですが、還暦を迎える前に当たって「なんとなく」丸坊主にしました。

 ですので頭を丸めて2年以上になるのですが、坊主頭にしてどうか?というところを主観的に述べてみたいと思います。

 髪の毛は気を感じるアンテナだとする見方があります。

 例えば巫女さんは、髪の毛を長く伸ばすことで神様の依り代としたり、神様のご宣託を受けやすくするアンテナの役割をしているといわれています。

 わかりやすく言えば、感受性が豊かになるということでしょうか。

 治療者としては、患者さんの気をいち早く正確に察知する必要がある訳ですが、そこは治療者の感度に依って髪の毛の長さを感覚的に調整すればいいと思います。

 筆者自身の体験では、髪をそり落とすと自分自身の内面的な感度(心と体)が上がるように感じています。

 外からの情報が、一定程度遮断されるからですねぇ。

 仏教の修行僧が頭を丸めるのも、自分の内面と向き合うためには最適なのかも知れないですね。

 自分の外の世界と内なる世界。

 つながってますが、そこは境界線があります。

 肉体も、皮一枚が内外の境界線ですね。

 髪の毛の長短で「気の感度」を調整する。

 マニアな世界のお話でした。

 

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 2020年8/18 於大台ケ原 筆者近景

 

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心の臓象

 先天の元気は腎に蔵されていると言う。

 <素問・宣明五気篇>では、心は神を蔵すと記されている。

 さて、この神をそのまま中医学的に解釈しても良いのだろうか?

 

 素問・上古天真論では七損八益論が展開されているが、これは腎を太極軸にして論じられたものである。

 いわば、三才思想(天・人・地)を地である下から上を観て俯瞰した論である。

 地である肉体は、腎によって終わりがあることは周知のとおりである。

 物質的後ろ盾を無くした神気はいったいどうなるのであろうか。

 むろん、肉体からはその兆候は消えるが。

 地から上を観るのであれば、今度は天から下を観ればどうなのだろう?

 このあたりのことは、すでに稻垣座長が示唆に富む内容をすでに一部公開しています。

 五行と気味 

 易経 繋辞上伝では、「陰陽測らざる、これを神と謂う」 <陰陽不測之謂神>と記されています。

 さて、これを実際の臨床に用いて有益ならしむるには…

 

 

【概要】

 五臓六腑には全て官職名がつけられており、心は君主の官であり、神明を主り他臓との関係性の象徴的存在である。心神は、太陽のように生命を明るく輝かせる中心的な働きを担っている。神明とは、広義では生命の輝きそのものである。

 臓象図では、心の臓は他の四臓と系で繋がっており、心の臓の状態は、全体の関係性で成り立っていることが理解される。

 

【位置】

 胸椎第五椎下 神道穴

 

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【形状と臓象】

1.心の文字は象形文字で、このことからも古くから解剖が行われていたことが推測される。その心の臓は万国共通のハート型であり、脾・肺・腎・肝に通じる釣り糸が描かれている。

 とりわけ肺系・肺管と心系は直接繋がっており、心肺機能は天の気と密接な関係にあることが分かる。

 また心は肺葉の下に錘のようにぶら下がっており、環境変化に応じて肺が行う正常な機能を調整している。

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b.「心者、君主之官、神明出焉」<素問・霊蘭秘典論篇> 

 「心者、五臓六腑之大主、精神之所舍也」<霊枢・邪客七一>

 心は一国で例えるなら君主であり、神明とは広義においては生命の輝きのことであり、狭義においては精神・意識状態のことである。

 君主が混迷すれば臣下は乱れ、臣下が従わなければ君主は成り立つことができない。

 この関係は身体にもそのまま当てはまり、心神が混迷すれば他臓に影響して様々な病変を引き起こし、他臓の変動や病邪が心神に影響して精神異常を引き起こす場合があるので、標本を正確に弁別しなければならない。

c.「心主身之血脈」<素問・痿論四四>

 この場合の血脈とは、いわゆる血管のことであり、血脈は心の臓の延長である。従って、脈動には神気が通じて現れているので、脉が表現している神気を読み取ろうとする意識が大切である。

 「心藏脉.脉舍神」<霊枢・本神八>

 

d.「諸血者 皆属於心」<素問・五蔵生成論十> 

   「脈者 血之腑也」<素問・脉要精微論十七>

 全身の血流調節は心気がこれを執り行うのであるが、肝疏泄・蔵血など血に関する他臓との協調作用を意識すると良い。また血管は、血の袋であるということである。

 

e.心悪熱 離・火 f:id:ichinokai-kanazawa:20200730112440p:plain

 象卦は麗(つ)く=付く。日月は天に付き、草木は土に付いて天下を化成する。離火は明智であり、人間の正しい理性こそが天下を治め身を治めることを現している。晴れ渡った空の太陽のイメージである。

 また離火 の爻をみると、一陰が上下二陽で挟まれた卦である。中心の一陰が心血であり、上下の二陽が心陽とみると、心気が亢ぶると化火しやすく、心血は傷れやすいことが分かる。

 また、化火すると心陽は下って腎と相交し腎を温煦することが出来ず、腎陰は心陽を得ることができないので心に昇ることが出来なくなり、心火はさらに亢ぶり悪循環に陥る。(心腎不交)

 治療において寧心安神するには、清熱と補血の両面があるが、どちらを先に行うかは病理機序によって判断する。

f.心の赤化作用

 心は穀気に神気(心陽)を加味し、血に気化させ全身いたるところに流注させる。
 母乳は、赤化する前の穀気と理解することができる。

 

【五行属性】

1、 五方・南、五季・夏 五能・長

 心は五方・南、五季・夏であり、一日では日中(11時から13時)に相当する。いずれも、陰気は退き陽気が最も盛んな時期である。人体においては五能・長の作用で心身の活動性が高まり、衛気もまた体外に張り出す時期でもある。

 

2、 五竅・舌 五液・汗

 舌には、足太陰、足少陰正経・経別、足太陽経筋、手少陰絡脉が流注している。舌は消化器の一部でもあり感覚器官でもあり、言語発声機能をも兼ね備えたものである。これらの機能を全うするには、五臓六腑が調和して円滑に行われる必要がある。飲酒が過ぎると目つきが弛み、舌のろれつが回らなくなるのも、心神が熱によって侵されたためと捉える。

 また過度に心神の緊張状態が続くと、舌先が赤くヒリヒリと痛んだり痺れたりする者の多くは、心熱・心火によるものである。

 また汗は津液・血の化したものであり、過度な発汗は陽気を損なうという面と陰気を損なうという両面がある。いわゆる過度の心神の緊張による冷や汗は、容易に心血を損ないやすい。

 

3、 五志・喜

 喜は緩の作用があるので鬱した諸気を解放し、気滞を解消して気機を伸びやかにさせる作用がある。喜が過度になると、注意力が低下し心神は散漫となる。

 

4、 五味・苦 五能・長

 苦味は固を主り、弛んでいるものを引き締める作用がある。(燥かす説有り)五能は長であるが、苦味とは陰陽関係となる。

 

5、 五労・久見傷心

 肝の五竅は目であり、目は血を受けてその機能を全うする。久しく見ると心を傷るとは、目の深部には、足厥陰と手少陰が流注していることから、見る集中力を長時間維持すると心肝内熱から血虚に移行しやすいことが理解される。

 

6、 五主・血脈 五神・神

 血脈は、心神が伸びやかであれば精血は充実し、その流れもまた流暢となる。さらにいわゆる血管は心の臓の延長であり、末梢における動脉の拍動状態には、精血と神気の状態が如実に表現される。末梢の一部分に全体が投影されると考える東洋医学独自の脈診術に、一定の根拠を与える。

 

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五行と蔵象について

 

 

 五行が最も早く表れたのは、尚書(書経)・洪範であるとされている。

 (おおよそ紀元前5世紀以降の書であるとされている)

 

 以来、世界のありとあらゆる現象の奥に潜む気の働きをとらえるためにこの五行論が、いわゆる百家争鳴のように用いられ論じられてきた。

 

 鄒衍(すうえん 前305頃から前240頃の人)に至って、ようやく五行論として整理され、現在我々が知りうるものとなったわけであるが、その原点である尚書・洪範に立ち返り五臓とその臓象を論じて臨床につなげようとする試みである。

 

 五行については、すでに語りつくされてると思います。
 すでに出来上がったものをそのまま用いるのではなく、原点に帰り当時の人の目に世界が、人体が、どのように映っていたのか、というところから臓象を眺めてみます。
 東洋医学の臓は、まぎれもなく五行的概念で人体の気を占った?ものだとも言えると考えています。
 既成の概念にとらわれない、自由な感覚で「気」をとらえようとする試みでもあります。
 

 その端緒を江見木綿子先生が解説してくださいました。

 皆様のご興味をそそるものでありましたら、望外の喜びです。

 

 2020年6月14日 第2回基礎医学講座の一部公開動画です。

  於:一の会 鍼灸院 リモート講義

 

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