ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。

局所治療をしない理由

 この投稿は、2020年5月に行いました「鍼道 一の会」基礎医学講座で、筆者・金澤がお話しした内容です。

 表題は、「局所治療をしない理由」としておりますが、症状は表に現れて来た現象に過ぎないわけです。

 現象を引き起こした原因というものが、必ず存在するわけです。

 我々は、その真の原因を四診を駆使して見つけ出し、病因の根になっているところに1本の鍼を用いて解決を図るのです。

 ですから、腰が痛いからと言って、腰に鍼をするなどということは、「鍼道 一の会」では、ありえないことなのです。

 こういった考え方を、公開してます動画や、その内容をテキスト化した以下の文面から読み取って頂ければと思います。

 

 

 

 

動画内容のテキスト 

 

 この前、現象と本質についてっていう、話が出来ませんでしたので、今日はそのことについてその話をさせていただきたいと思います

  現象と本質って言うと言葉は難しいですけれど、言葉を変えますと

 症状と病根。

 専門用語でしたら標本。こういう言葉になりますかね

 

 東洋医学の世界観をある程度きちっと自分の中でイメージできたり、身につきますと、世の中の現象も全て繋がってますから目に見えない本質も理解することができます。

 ちゃんと見えますよっていう、こういうお話だったと思うんですね。今日の最初の自己紹介の時にお話ししたと思うんですよね。

 

 我々たとえばその…宇宙…いきなり堅い話ですけど、世界の三大謎ってこの三つなんですよね

 宇宙とは何なのか

 物質、生命とは何かって、こういうね、人類の三大謎って言われてるんですけれども、これの解明の方法論としては今は科学が中心なんですよね。

で、科学的な手法でかなりのことはわかってますよね

 

 この宇宙の始まる前とか今宇宙は、どんどんどんどん広がっててある時には収縮に転じるんちゃうかとかね

 物質も原子分子から素粒子の世界にまで、何も無いとこから急にポッと出てきたり突然消えたりするんですよね。

 そういうものと、あとは生命ですよね、遺伝子のレベルまで解明が進んでいるんです。

 

 けれどもこれはあくまでもね、現象の仕組みを説明しただけでその本質的に、じゃあ宇宙ってなんやのん、

 物質って何ですかとか

 生命ってなんなの?っていう答えにはなってないんですよね、どうでしょうか。

 

 そらすごいなと思いますよ。物質って素粒子なんや、何もないとからポッと出てきたりするわけでしょう。

 

 ねっ、それはすごいんですね。生命も遺伝子って習いましたけどあんまり覚えてないんですけどね。言葉だけしか覚えてないんですけど、すごいなと思うんですよね。

 

 じゃあ、我々の世界観では、この宇宙、物質、生命って、これ何かっていったら、これなんですね。

 気一元の世界である。

 

 宇宙も生命も物質も全て気の一つの現象でしかないぞ

 あらわれでしかないよっていうこと言ってるんね。

 じゃあ、『気』てなんやねん。

 こういう話になってくるわけですね

 

 そうしたら、『気』は、生命そのものであるわけですし、

 物質そのものでありますし、

 宇宙そのものであるって、

 分かったか、分からへんか、あの~分からん話しになってくるんですけれども、結局、宇宙っていうのは宇宙も物質も生命もこう常にこう、今日の座長の話じゃないですけれど循環して生々流転して一時も休みませんよね。

 常にこう動いてるもんなんでこう言う現象として表してるもの、現象を通じてその気の動き、気の状態を直感的にパッと捕まえよう、また直観と言えばまたちょっとこう、怪しげなことになるんですけれども主観ですよね。それぞれの持ち得てる主観で捉えようやないかと。

 

 それじゃああんまりやからその主観っていうことに対して一定の筋道をつけよう。これが東洋医学の理論やと思うんですよ。ここまでどうでしょうか。

  難しい? なんか反応してくれへんかな。

 僕もこない言うとるけど、突っ込まれたらねぇ、ちょっと、どうかなというとこもあるんですけどね。

 

 東洋医学では、自然と人間の関わりにについていろんな見方があるんですけど、ひとつにはね、『天人合一』こういう言葉があるんです。

 天人合一とか天人相応っていう言葉があって、天って言うのは自然界宇宙のことですね。

 宇宙の原理と人体の生命の動きは同じ原理ですよ、だから相い応じてますよ、ってことを言う訳ですよね。

 

 だから我々の医学の基本は自然界の気の動きと、人間の体の気の動きは同じなんで、だから天の気の変化つまり、例えば四季ですよね。

 春、夏、秋、冬の気の変化に相い応じて生きましょうね、とかね、自然界の気の変化に応じて人間の気の動きも変化するんですよっていうこと言ってるわけなんですね。

 

 たとえば、具体的に言うと暑かったら気が浮きますよね。盛んにになりますやん。

  そしたら人間の脈も浮いてきてちょっと盛んな、盛んになるような打ち方しますよ。 

 冬やったら静かになりますやん。

 でギューと寒いから、締まったような感じに自然界の気がなるので、人間の脉も体も全部そうですよ、

 脈もギューッと締まったような脈になりますよっていうことを昔の人は素問・霊枢にはそういうふうに書いとるわけですね

 

 だから顔の気色にしても脈診にしても病症にしてもこの自然界のこの気と相い応じていない、

 もしくは応じてるか応じてないか、こういうとこらへんが結構大事になってくるんですね。

 

 たとえば今日、僕の住んでる泉北大阪南部はちょっと外へ出ましたらちょっと梅雨みたいにムーっとしてるんですよね。

 

 京都の患者さんとちょっとやりとりしてまして、患者さんから今日は何か痰が湧きますっていう連絡が入ったんですね。

 だからこれ気候とっぱり関係してるなってのは、ここで、僕なんかはやっぱりそうやなあと。

 いうてみたらは湿度高いわけですから現代科学的な説明すると体から蒸気が、こう出て行きにくい。分かりますかね

 皮膚からね、ワーッと汗が出にくいような感じですよね。

 

 そしたら体に体液がたまるじゃないですか。

 でね、体に熱持ってたりするとその熱が体液をネチャッとさせるように、煮詰めるようなイメージ。ほな痰が湧きますよね。

 

 だからまーやっぱりこの泉北だけじゃなくって京都も湿気高いんかなあなんて

ちょっと思ってたんですね。

 

 こういうのが僕らの医学の基本になるわけです。天人合一とかね。

 そしたら皆さんが学校で習った上焦、中焦、下焦ってありましたね。

 

 これは天、人…天・人・地っていうふうに、これ天が上焦ですよね。

 人が中焦で、地っていうのが下焦になるわけですからこれを三才思想というわけです。

 

 これもやっぱりまず天人合一。

 これを天・人・地の三つに分けてちょっと認識してみようかないか。

 でこの天・人・地の間に、この今日の経絡でしたら縦ですよね。

 天・人・地の縦のラインでどういうふうに気が変化して巡ってるのかって、これ三才思想なわけです。こういうふうに見て行くわけですね。

 で、今度左右の問題になってくるとこれまたちょっとややこしいんですけど、太陽は、南向いて立ちましたら太陽は左手から上がってきて右手に進みますよね。

 東から昇って西に沈む。そしたらここで陰陽が消長するわけですね。

 

 消長ってのは左からこうずっと陽気が昇ってきたら、左に陽気が長じる、伸びるわけですよね。

  左側からこういう風に行くと、左側が消えるわけですよね。

 陽気が右側に陽気が盛んになって、全体として夜になったら消えるわけですよね。なんか、イメージわきます?

 

 こうやってこうやって陰陽というのは増えたり減ったりこうするわけで、この陰陽の消長が上下でも起きますし、左右でも起きますし、ありとあらゆるところに起きますよ。

 こういうのは、いわゆる陰陽論になってくるわけですね。

 まず天人合一、天・人・地。この間に流れる気を捉まえるのに、今度は気一元やったんやけども

 この気一元を、じゃあ、二つに割ってみよう、そして二つに割ったら陰と陽っていうふうに名前つけよう。そういうふうになったわけですよね。

 そしたらこれは、陰と陽の二つに分けましたけれどもこれを五つに分けてみようとしたら、これ五行論になるわけですよね。

 

 五行論と陰陽論というのは本来、別のもんなんやけど途中からうまいこと理屈が合うように合体さしたわけですね。

 これは、五行論って言うたら五つやのに三陰、三陽いうたら、はや六つになるやないですか。

 で、これをどんなふうに、じゃあ認識すれば矛盾なく三陰、三陽として見れるんやろうっていうふうになってきたら、今度は別の概念で三陰三陽ですから2で割れるじゃないですか。

 ねっ、そしたら一つの空間っていうものがあってそれを例えば前と後ろで二つじゃないですか

 前を三つで割ったらええやん。2つで割ってもええし、三つで割ってもええわけです。

 で、これは自由自在に見てるところが、ここがややこしいとこやねん。わかります?

 

 例えばねちょっとねこれちょっと例えが良いか悪いか、合ってるかどうかもちょっとわからへんねんけど。

 稲垣座長って言ったら一人の人間やんか。

 一人の人間なんやけど、これは座長として見てみたらどうなんや。

 教師として見てみたらどうなんや。

 全然評価がちゃうでしょう。

  旦那さんとしてみたらどうやねん。

 これまた違うと思いますよ。

 

 でも稲垣順也っていう人間は一人じゃないですか。

 みなさん、同じことやってると思うんですよ。

 

 その一人の人間を認識する時に男性としてみた場合、人間として見た場合、先生としてみた場合。

 それぞれこうこう、同じ稲垣順也っていう人間に対して、当てる焦点が違いますでしょう。

  分かりますかね。当てる焦点が全然ちゃうやんかね。

 

 それと同じように、人を見る時に陰陽論でみようか、五行論でみようか、いや三陰三陽でみようかということで、それぞれ実は視点が違うねんね。

 これを一つのものとしてまぜこぜにしてしまうと、もうぐちゃぐちゃになってしまうねんね。分かったようで分かれへん。

 これはまたね、これから江見先生がちゃんと説明してくださると思うんですけれど、奇経八脉も奇経八脉でひとくくりのもんじゃないんです

 これも一つ一つ独立したもんなんですね。

蹻脉は蹻脉。維脉は維脉。帯脉は帯脉。

 という、それぞれ独立したもんで、俗に言われているひとくくりのもんじゃないんやでということ。これはまた今後ね、江見先生が皆さんに分かりやすくお話してくださると思います。

 

 で、これをですね陰陽論のね、じゃあ内経なんかではどんなふうに書いてるんやろ。

 ちょっと古典から見ていきましょうか。

 まず、陰陽応象大論第五。最初の方ですね。

 ちょっと見ていきましょうか。

 この中にね、こんなこと書いてあるねん。

 漢字難しいけどね、こんなん慣れるからね。

 

 ゆえに、清陽は天と為し、濁陰は地と為す。

 

 これ、天地が出てきますよね。地気、大地の気は昇って雲となるんや。

 天の気は、雲って言うのは天気が現れたもんやで。

 これダーって読むとね、

 ゆえに清陽は天と為し、濁陰は地と為す。

 地気は上りて雲と為し、天気は下りて天と為す

 雨は地気より出で、雲は天気より出ず

 

 簡単なことなんやけど、分かったかったようで分からへんでしょう?

 ねっ、だから雲って言ったらどこにあるかと言うたら、僕らの身体で言うたら上焦にあるわけですよね。

 で、上焦の雲の出所は、大地、下焦から出た気が天の上焦に行くと雲となるんや。

 で、この天の気、上焦の気がヒューッと降りてくると雨となるんや。ねっ。

 

 ということは天気というのは、下焦まで降りて来るとおしっことか津液になるんや。

 粛降みたいなイメージですかね、肺気粛降みたいな。

 雨ってのはね、これも解釈の仕方ですよね。雨ってのは天から降りてきたんやけど、元々地気から出て雲って言うのは、天気の作用によってできたもんやで。

 こうやってやってみるとやね、胸の状態、上焦の状態を見ると下焦の状態が分かりますよね。

 たとえばね、雲の状態を見ると大地の状態が分かりますやん。

 

 だからこう大地の状態がむっちゃ暑かったら、入道雲になるしみたいな。

 でもそこには天気の状態も現れてるんやけども、雲そのものは大地から昇っていったもんやんか。

 暑かっても入道雲になってなかったら地気はそんなに暑いないんやとかって、わかるじゃないですか。

 これをもっと拡大解釈すると咳が出てるとか呼吸が苦しいとか心臓がこう、動悸打つって言ったら、これ上焦に現象が出てますよね。

 この現象は上に出てんねんけども、下の状態はどうなんやろうって見るのが東洋医学なんですよ

 

 今度は反対に腰が痛いとかそれからおしっこ出る時にね、膀胱炎で痛いとかね、それから生殖器の問題とかね、こうやって下半身に出る病の時は、じゃあ、上焦の状態は、一体どうなってるんやろって、見るのが東洋医学。

 要するにね、全部見るやってね。

 

 その際に今ここで書いてる上下の気の交流っていうことを見なさいよっていうことをここで書いとるわけですよね。

 で、ここで書いてないのは、天地であって、ここに人(じん)が入ってないですよね。

 人ですね。これは素問の最後の方に書いてあります。これまたいずれやりましょう。

 

 とりあえずまずね、上下の気の交流を見ましょうよっていうことを書いとるわけですね。

 

 で、ここで簡単に人の生理のことも書いています。

 清陽は上竅に出で、竅(きょう)っていうのは、穴って意味です。

 で、上の穴なんですから、目・鼻・口・耳のことですね。

 清陽っていうのは上竅に出て、濁って重たい陰気は下竅、前陰と後陰に出ますよ。

 そしてまた上竅だけじゃなく清陽は腠理(そうり)に発しますよ。

 腠理ってのは、肌のキメのことですね、毛穴とかね、そういうものでええと思うんです、衛気のことやと。

 濁陰は五臓に走る。これは精気のことですね。

 で、また清陽は、四肢を実しですから、今日の経絡ですよね。

 体幹部から四肢の方へ精気を充実させるのは、これは、清陽ですよ。

 で、濁陰は六腑に帰す。帰りますよって。

 まっ、消化作用を行うべき物質的な基盤になるっていう。まあ、これは僕の意訳なんでね。

 

 これはあのあれですよ、ブログ「鍼灸医学の懐」に、これ載せてますんで、読んで頂けたらなと思います。

 まあこういうふうにね、これ簡単な生理です。

 

 またこれを細かく細かく五行に切ったりとかね、経絡で、じゃあみよう。臓腑で見てみようとかね。

 また様々な視点を用いて気の状態気の動きを見てどこの気が動かないのか、どっちに偏っとんかとかね、こういうことを見て行って、その症状とか現象を通じてどうやったらこう、正常な気のルートに戻って行くんやろ。

 座長のようにこう、脈を精密に診てその脈を通じて現れてる気の偏在。

 こっちはえらい出て、ここはようさんあって、こっちはえらい少ない…でと。

 この多い少ないを生じてるのは、どこなんやろってところを探してそこに1本鍼を打つわけなんですよね。

 

 ねっ、だから基本はこういうことこういうことがベースにあって、で稻垣先生もこういう思想のもとで鍼をやってる。

 方法論としては脈診っていうことやってはるわけなんやね。中心にやってはるわけなんです。

 で、もうちょっと違う視点で見てみましょうか。

 これ生気通天論やったと思うんですけど、これね、また同じように読んでみましょうか。

 天地なるものは、万物の上下であるぞ。そうやね。

 もう天より高いものはないよね。

 大地より低いものがないので、我々人間にとってはこの世に存在する万物の全ての上下や。

 陰陽ってのは血気の男女である。

 女性は生み出すわけで男は一生懸命働かなあかんのでしたよね。

 

 ここね、これすごい大事な、これ尾関先生が今日言ってた軸、軸一本ではあかんのですよね。色々様々にこう動いたりせなあかん。

 上下の話をしましたやんか。ねっ。

 今度、絡脉っていうようになってきたら今度、左右横の関係になってくるので、この左右のなるものは、陰陽の道路であるぞ。

 これね、僕も長いこと分からへんかったんやけど、結局陰陽の消長のことやろうと思う。

 僕はどうやって訳してるんやろね、そやね。

 人が南面して立ったら東は陽です。さっきの話ですよね。

 で、この陰陽の道路の軸になる所ってあるんです。いっぱいあるんです。

 たとえば今日尾関先生が話してはったね、衝脉って言うのは、身体のこの、百会と会陰をつなぐ、この中心が衝脉でしたよね。

 この前のこの中心っていうたら、任脈ですよね。後ろの中心って言えばこれ、督脈でなわけです。

 この任脈・督脈というのが左右の気の左右、左右を通って行くわけんんですけども、こういうところ辺が、陰陽の道路の枢。

 枢ってのは、枢っていう言葉は難しいんだけど蝶番(ちょうつがい)って分かります?

 あの扉のね、蝶番。開いたり閉じたりするこのここね、軸。これが任脈・督脈になりますよ

 こういう枢っていうのがいっぱいあってこの枢がうまく働かないで、今日江見先生が一源三岐って言ってましたよね。

 源は一つで三つに分かれてますよ。江見先生がチラッと言ってましたよね。

 これは一源というのは衝脉で、ちがう、腎の気でこれが、衝脉、任脈、督脈の三つに分かれてますよって言うことを、江見先生がね、三陰三陽のとこでちょっと言ってたんですよ。

 こういうことなんかも、えーどう言うたらええんやろなぁ、現象と本質、症状と病根、こういう病根を捕まえる時にこういう方法論を使ったりするわけです

 

 だからこの認識論ていうのはたくさんありまして、その一つの理論で済めばそれはもうそれでいいわけです。

 でも見る視点を変えないと、どうもこの起きてる現象がわからへんっていう時は、次々とこの尺度を変えていくわけですね。

 最終的には僕も尾関先生も多分、稻垣座長もやっぱり、この気一元で行きたいと思うんですけどね。

 どうやろ?僕なんか目指してんのも、ぱっと見たら、あっ、これや!って分かるようになりたいな思ってるんやね

 で、患者さんも僕の顔をパッと見たらもう半分治ったみたいな。

 で、もう鍼する前から治るべくして治る、みたいな。

 そういうとこがまあ、僕が目指してるところであり、理想の鍼の状態です

 

 ということでまぁざっと現象と本質。

 今起きてるコロナの問題も社会現象です。けれども、この裏にいったいどんな力が働いてるんやろ、な~んて僕らは考えるわけです。ねっ。

 

 今、経済が沈滞してますけども、世界中のそれぞれの中央銀行が物凄い市場に金を出してますよね

 そしたらこんだけお金を世の中にジャブジャブになるぐらいお金を入れたら通常はインフレになりますよね。

 

 お金の価値が下がってまうやん。お金が、バァーっと増えんねんから。

 せやけど、これは多分デフレになるやろ。

 こんだけお金を世の中に撒いてるのに、お金の価値がますます上がるやろうと。

 なんでそういうことになるんかって言うたらお金の量でインフレになるデフレになるじゃなくって、お金を手にした人の気持ちがどんな気持ちなんかで決まるわけですよね。

 

 これから先が不安やと思ったらお金使わへんやないですか。

 そしたら物の価値が値段がどんどん下がって、お金の価値が上がっていきますよね。

 

 インフレっていうのは未来は明るいぞ、おい食おうぜ飲もうぜ、あれ買おうぜってなるわけですからみんなが物を買うわけでしょう。

 そしたらみんなが欲しい欲しいって言うてんねんから、物の値段は上がって行くじゃないですか。

 ほな金の価値は相対的に下がっていくやないですか。

 て、って言うふうに、この現れる現象って、裏には気の問題っていうのは必ず潜んでるんですよ。

 だから東洋の考え方ってのはすでに起きてる現象の裏にはなんか気があるぞ。

 こんなふうに見ていきますので、東洋医学を勉強したらそれを日常のご主人との関係、お子さんとの関係対人との関係とかね、もちろん自分自身の健康管理とかね、そういった様々な分野に、どんどん応用して自分のイメージで体にじっくりとこう、なじんでんでいくように日々学んで頂けたらなと思います。

 私からは以上です

 何かご質問がありましたら、またご感想がありましたら、どうぞチャットの方に書き込んでください。

 ありがとうございます。

効能はツボ(経穴)に在らず

 

 

5月10日より、オンライン講座という形ではありますが、今年度も『鍼道 一の会・東洋医学講座』を開始することが出来ました。

 

『鍼道 一の会』の長期的な目標の一つには、「鍼灸に関する普遍的な法則の発見と報告により、業界に対して貢献する」というものが有ります。

 

ただ、それを成し遂げるためには、会の中で共有しておくべき鍼灸観が有ると私・稻垣は考えておりましたので、初回の冒頭は、以下のような話をしてみました。

 

それは、「『背中を押す』という行為が『応援する』というような意味を持つためには、前提として、押される相手が直立二足歩行で、意識的、あるいは無意識的に、前進したがっていなければならない」という話です。

 

他方で、もしその相手が、プールでクロールを行っている途中の人であったとしたら、その時、「背中を押す」という行為は、一体どのような意味を持つでしょうか?

それは、相手を水の底に沈めて、その泳ぎをむしろ妨害するような効果を発揮してしまいますよね。

 

今度は、もし相手が、二足で直立していたところ、突然、後方へ倒れ始めたとしたらどうでしょう。

「背中を押す」という行為は、相手の体を支え、負傷を防ぐ効果を発揮するかも知れません。

けれど、もし相手が前方へ倒れ始めていたとしたら、「背中を押す」という行為は、むしろ、負傷を増悪させる原因となってしまいますね。

 

どこかのツボに鍼やお灸をして身体各所に起こる反応も、これと同じことだと稻垣は考えます。

鍼やお灸によって望ましい効果を得られるかどうかは、鍼や、お灸や、ツボに備わっている効能が一方的に決めることではなく、それを受ける人やツボが「現在どのような状態にあり、そこから更にどのようになろうとしているか」が左右することである、と。

 

もちろん、人体の構造や、ヒトという動物の生態や、現代人の生活習慣などの影響により、多くのケースでメリットを得やすいツボというのは存在すると思います。

同時に、少ないケースでしかメリットを得られないツボというのも存在するでしょう。

一方で、そのようなメリットを得にくいツボを巧みに押さえていかなければ治せないという人も、きっと存在するのです。

 

そういった中で、目の前の人にとって必要なツボを、確率に頼ることなく、的確にあぶり出すには、どうすれば良いのでしょうか。

稻垣なりの解答は、先に書いた通りです。

目の前の人が「現在どのような状態にあり、そこから更にどのようになろうとしているか」を、“ 鍼灸にとって必要な形で ” 明らかにすること……それが第一に必要なはずなのです。

そのための方法論は、「鍼灸に関する普遍的な法則」のベースとなっていくことでしょう。

 

今年度も、私・稻垣は、「鍼灸のための診察術」の完成度の向上に努めてまいります。

 

抗体依存性感染増強(ADE)に関して思うこと

 

medical.nikkeibp.co.jp

 

2度目の感染時や、ワクチン接種後の感染時に、かえって重篤な症状を引き起こす「抗体依存性感染増強(ADE)」。

 

こういうことも知ってしまうと、人によっては、「ワクチンの完成まで耐えても、結局はロシアンルーレットを引かなければならないの?」などという感想を持って、ますます怖くなるでしょうか。

 

けれど、この現象、東洋医学をやっている者としては、原理が分かりやすいので、単純に興味深いと思いました。

 

簡単に説明すると、感染後の発熱中に放散し損ねて(閉じ込めてしまって)生まれた、あるいは、感染前から持っていた、体内でくすぶり続けている熱(エネルギー)のせいで起こることだと言えそうです。

 

アナフィラキシーショックや、薬剤アレルギーに対する解釈も同様。

アナフィラキシーショックだって、全員がなる訳ではないですもんね。

 

『長沙腹診考』という本によれば、江戸時代、とある子どもの目力の異常な強さを“心火”の有る証拠と見て、「天然痘にかかる前に“三黄瀉心湯(三黄丸)”などを飲ませ、胸の奥の熱を冷ましておいた方が良い」とアドバイスした医者が居たそうです。

その後、薬を飲まされなかった子どもは、翌年に流行した天然痘でとびきり高い熱を出し、亡くなってしまったそうですが。

 

人体には、刺激に対しての反応に違いを生み出す要素が何かしら在って、東洋医学は昔からそこに着目し、疫病による被害を抑えようとしてきたのですね。

 

( 鍼道一の会 東洋医学講座 座長・稻垣 順也 )

 

「疫病について その3」

→ 「疫病について その1」 - ブログ『鍼道 一の会』

 

→ 「疫病について その2」 - ブログ『鍼道 一の会』

 

の続きです。

 

 シリーズ最後の投稿になります。

 ご覧いただきありがとうございました。

 

 おまけ画像。日本江戸末期。 『安政箇労痢流行記』(安政5年刊行)

 (安政:1855年〜1860年。江戸幕府将軍:徳川家定。安政時代は、開国による政治的な混乱、台風や大地震に津波、疫病の流行が次々と続いた。それに伴い衛生の意識も向上、以降、予防についての知識が広がっていくことになる。)

 

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安政箇労痢流行記(国立公文書館所蔵)

「疫病について その3」

 その後に登場したのが、先に述べた呉有性である。

 呉有性は、それまでの関係論説を総括すると同時に臨床観察と考察を重ね、『温疫論』を著した。

 その中で、温疫の原因は「癘気」という異常な戻る気(特殊な病原体。戻気・雑気・異気・疫気とも称している。)であるとし、それを六淫や時気と明確に区別した。その内容について簡潔にまとめると、以下の通りである。25)26)27)28)

 

①疫病は「癘気」が引き起こす。

②癘気は物質である。ゆえに薬品による治療が可能である。

③癘気には強烈な伝染性があり、口鼻を通って体内に侵入し、その結果、感染する。

(感染経路に関する記述。経口・経鼻感染することを意味する。)

④癘気に感染後、実際に発症するかは、癘気の量、毒の力、人体の抵抗力による。

⑤大流行するものとそうでないものがある。

⑥癘気によって発症した疫病には、地域的・時間的(四季による盛衰・発症からの時間経過など)に一定の特徴がある。

⑦癘気には様々な種類があり、それが引き起こす病も多種多様である。

⑧人の感染症と、動物の感染症は種類の異なる癘気によって引き起こされる。

⑨天然痘・丹毒なども、実は癘気によるものである。

⑩疫病治療に対する基本原則は「客邪(癘気のこと)早逐を尊ぶ」ことである。

 (早急に癘気を取り除くことが大事である)

 

 以上のように、呉有性は当時、癘気(すなわち今でいうウィルスや細菌などの病原微生物)について、その特徴を正確に把握していた。

 その上で、過去の治療法ではその時代に流行していた伝染病を治せないとの認識を持ち、それまで古法(傷寒論)に使われていた治療法との比較、分類、考察、治療を重ねた。

 それらの内容は、後の温病学の発展の基礎となった。彼は具体的な治療として、それまで辛温解表(温めて発汗させる治療法)が行われていた熱性疾患の患者に対し、「梨汁・蓮根汁・蔗漿(さとうきびの汁)・西瓜などを与え、徹底的な清熱を行なった。」29)

 また、「人の虚実を諒かあきらかにし、邪の軽減を度り、病の緩急を察し、邪気の膜原より離るるの多募をはかりて、しかる後薬空しく投げざれば、投薬して大過不及の弊なし」30との指摘は、現代の医療にも通用するものであるといえる。

 

【参考文献】

25)吳又可:溫疫論

https://www.theqi.com/cmed/oldbook/book52/index.html (参照 2020-1-22)

26) 呉有性:温疫方論. 上,下巻,1790

https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ya09/ya09_01099/index.html

(参照2020-1-6)

27)木村照(著):漢方医学からみた小児ウイルス疾患,小児耳 Vol.8,no.2,1987,p24-25

28)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p448-452

29)木村照(著):漢方医学からみた小児ウイルス疾患,小児耳 Vol.8,no.2,1987,p24-25

「疫病について その2」

→  「疫病について その1」 - ブログ『鍼道 一の会』

  の続きです。

 

  当時といまは、衛生環境も医療施設も大きく異なります。

 しかし、地形や、気候、風土に関しては、変わらない部分もあります。

(武漢も大きな河の合流点にある都市です)

 大きなイメージで捉えるといまの状況との共通点がみえてくるかもしれません。

 

 画像はおまけ。日本の江戸時代(文久2年)に疫病の予防について書かれたもの。(文久:1861年〜1864年。将軍は徳川家茂)

 黒船来航(1853年)から10年、それまで鎖国していた日本にも外国由来の病気(コレラ、梅毒など)が入り、流行を繰り返していた時代です。

 コレラは港のある長崎から広がり、文久2年には、麻疹にコレラ、と疫病が大流行しました。

 

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『視聴草(続8集の3)』『疫毒預防説』(国立公文書館所蔵)

 

 

「疫病について その2」

 

 呉有性は紅蘇省の出身、16世紀80年代から17世紀60年代を生きた医師である。

 正確な生没年については不明であるが、中国,清朝の正史(国家において正式に編纂された歴史書)である『清史稿』の記載10)11)、そして、彼の著書である『温疫論(1642)』の各巻頭に「延陵 呉有性 又可甫 著」、各巻末に「崇禎壬午(一六四二)仲秋 姑蘇洞庭 呉有性書於澹澹(淡淡)斎」との署名がある。

 これより、「呉の名は有性、字を又可といい、居を淡々斎と号した。出身は延陵江蘇省呉県、今の蘇州)で、その西南にある姑蘇山つまり太湖の洞庭山に住んでいた。本書の成立は序を記した一六四二年である」11)と、推測されている。

 

 当時は明から清へと政権が移行する戦乱の最中であり、また、封建制の統治による搾取が行われ、人々の生活は困窮していたことが予想される。そのような歴史的、社会的背景のもとに、経済的・環境的要因である「明代における揚子江デルタ地帯での人口の集中、商工業と交通の発展は戦乱の影響も加わって同地方に大規模な伝染病の発生をもたらした」12)

 

 この疫病の発生回数については諸説あるが、『明史』の記載によれば、永楽六年(1408年)から崇楽6年(1643年)にかけての大流行は19回にも及び、河北・山東・江蘇・浙江などの各省、広い範囲に被害が及んだようである。11)13)

 続く清代においても、「清初の順治元年(1644年)から同治(1860年)までの二百十四年間に、実に八十回を超える疾病が発生・蔓延したことが知られている。

 その中には、腸チフス・コレラ・赤痢・マラリヤ・天然痘・猩紅熱・麻疹・ジフテリア・ペストが含まれていた。」14)

 これらの熱性の伝染病は以前から「温病」と呼ばれるものであり、それは、温邪・熱邪に由来する多種多様な外感急性熱病の総称であった。

 「温病」は広義において、伝染性のものと非伝染性のものを含むとされているが、この場合、主となるのは前者である。

 

 この「温病」という言葉自体は古くから使われているものである。

 すでに『黄帝内径』の「六元正紀大論」に「溫病迺作」15)との記述を確認することができる。

 その後、『難経』の「第五十八編」にも「傷寒有五,有中風,有傷寒,有濕溫,有熱病,有溫病」16)、すなわち傷寒には五つの種類があり、それが、中風・傷寒・湿温・熱病・「温病」であることが明記されている。  

 漢代になると張仲景は『傷寒雑病論』の「弁太陽病脈証井治上第五」において、「太陽病,發熱而渴,不惡寒者,為溫病」17)、すなわち「太陽病、発熱して渇し、悪寒せざるもの、温病となす」18)と述べ、温病初期の症状の特徴をわかりやすく描いている。

 また、「清熱の方法によって治療することを提起して後世の温病治療学発展のための基礎を固めた」19)

 晋代の王叔和は『黄帝内経』をもとに、温病の種類として温病と熱病を提示、その他、その種類として、温瘧・温風・温毒・温疫の名称及び分類を示した。20)

 また、隋代の巣元方は『諸病源候論』の巻十「温病諸侯」の中で温病が「人が乖戻かいれい(道理にもとる)の気に感じ病を生ず」「病気転じてあい染み易く、乃ちすなわち滅門(一家全滅)に到り、外なる人にも延久す」21と記した。

 隋代以前には、流行性伝染病は、単なる「傷寒」「温病」「流行病」として、六淫(風・暑・火・湿・燥・寒)や時気(気候変化もしくは季節の変化)により発病すると考えられていた。

 これに対し、巣元方は「疫癘」「時気」と呼ばれるものには、流行性・伝染性があるとし、基礎理論に自身の臨床体験を加え、病因学について広範かつ詳細な考察を残している。22)

 宋・元の時代に入ると、劉完素は『傷寒直格』『素問玄機原病式』『素問病機気宜保命集』などの書を著し23)、「それまで外感病初期に習慣的に採られていた辛温解表と先表後裏という硬直的な考え方を打ち破った」。24)

 

→ 「疫病について その3」

 

【参考文献】

10)清史稿/卷502「吴有性,字又可,江南吴县人。生于明季,居太湖中洞庭山。当崇祯辛巳岁,南北直隶、山东、浙江大疫,医以伤寒法治之,不效。有性推究病源,就所历验,著瘟疫论,谓:“伤寒自毫窍入,中于脉络,从表入里,故其传经有六。自阳至阴。以次而深。瘟疫自口鼻入,伏于膜原,其邪在不表不里之间。其传变有九,或表或里,各自为病。有但表而不里者,有表而再表者,有但里而不表者,有里而再里者,有表里分传者,有表里分传而再分传者,有表胜于里者,有先表后里者,有先里后表者。”其间有与伤寒相反十一事,又有变证、兼证,种种不同。并著论制方,一一辨别。古无瘟疫专书,自有性书出,始有发明。」https://www.followcn.com/books/2019/07/07/清史稿-卷502505/

 (参照 2020-1-12)

11)真柳誠:『温疫論』解題,和刻漢籍医書集成 第15号,エンタプライズ,1991 http://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper01/uneki.htm(参照2020-1-5)

12)木村照(著):漢方医学からみた小児ウイルス疾患,小児耳 Vol.8,no.2,1987,p24-27

13)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p448-452

14)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p541-548

15)中國哲學書電子化計劃:黄帝内経「六元正紀大論」 

https://ctext.org/huangdi-neijing/liu-yuan-zheng-ji-da-lun/zh(参照2020-1-19)

16)中國哲學書電子化計劃:泄傷寒,五十八難曰

https://ctext.org/nan-jing/xie-shang-han/zh(参照 2020-1-19)

17)中國哲學書電子化計劃:傷寒論,辨太陽病脈證并治法上

https://ctext.org/shang-han-lun/bian-tai-yang-bing-mai-zheng/zh(参照2020-1-19)

18)19)20)21)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p448

22)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p239

23)真柳誠:『素問玄機原病式』『黄帝素問宣明論』解題,和刻漢籍医書集成 第2号,エンタプライズ,1988

http://square.umin.ac.jp/mayanagi/paper01/liuwansu.html(参照2020-1-5)

24)傳維康(著),川井正久(訳):中国医学の歴史,東洋学術出版,1997,p448

 

「疫病について その1」

 はじめまして。川村と申します。

「疫病」についてのおぼえがきを投稿させていただきます。

 

 年末に課題のためにまとめたもので、コロナに絡めて書いたものではありませんが…。

「伝染病」=「疫病(癘気)」ってなんだろう?
むかしのひとはどう捉えていたのかな?
そんな疑問を感じていらっしゃる学生さんの叩き台に丁度よいかもしれません。

 ベテランの先生方にとっては、いろいろと拙いところもあるかと思います。
 わたしは、これを調べているときに「これは、傷寒論、読まんとわからん…。うっわ、どーしよー。」と思いました。

 

 昔のことを調べていると、たくさんの大変な局面を超えたところに、いまの医療の知識があり、いまの私たちが生きていることを実感いたします。

この時代はいまよりも医療が発達していなかったぶん、もっともっと大変なことがたくさんあったのだと思います。

それでも。

 いのちの扱い方も、それに対して思う気持ちも、きっと辿るところは変わらなかったんじゃないだろうか、と思う今日この頃なのです。
そのことに勇気をもらえる気がしたのでした。

 

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 疫病から守ってくれるという言い伝えのある半人半魚の妖怪「アマビエ」「新聞文庫・絵」(京都大学附属図書館所蔵)

 「疫病について その1」
 

 「癘」とは、日本において「はやりやまい」「疫病」「疫癘」1)のことを指し、場合によっては、「癩病(癩菌の感染による慢性伝染病)」2)を意味する。

 古くは7世紀に書かれた『日本書紀』において、「疾疫、疫気(えやみ、えのやまい)」の言葉がみられ、江戸時代においては、「天然痘(疱瘡)」「麻疹(はしか)」「水疱瘡(水痘)」「コロリ(コレラ)」など死亡率の高い伝染病を意味し、一度流行すると多くの人々が命を失った。3)

 「癘」は、この漢字一文字で「ころす」との意味もあり4)、これらの伝染病が、時代や国を超えて人々に非常に恐れられる存在であったことが窺える。

 「癘気」とは、すなわちこの「癘」の気のことであり、読み方は「れいき」とも「らいき」とも読むことができる。

 『詳解・中医基礎理論』によると、「疫癘の気」として、「伝染性が強く、毒性が強烈な邪気のことをさす」5)とあり、他の呼び方として、「瘟疫うんえき」「癘気れいき」「戻気れいき」「毒気」「異気」「乖戻かいれいの気」6などと称されること、続いて「これには、疱瘡、ジフテリア、疫痢、猩紅熱など現代でいう激烈な伝染病、あるいは感染中毒型の重篤な病症が包括される。」7)「疫癘の気による病には、急激な発病、重篤な病状、症状が類似、伝染性が強い、などの特徴がある」8)との解説がある。

 そこで、今回はこの「癘気」について、関連する文献を集め、その源流について探ってみることにした。

 

 現代社会において、伝染病がウィルスや細菌、寄生虫によって起こる病気である、ということは一般常識となっている。

 しかし、「顕微鏡が発明される以前は、「瘟鬼」「瘟神」といった鬼神、或いは疫氣などによると廣く信じられていた。」9)

 このように市井の人の中では、これら鬼神の存在が未だ広く信じられていた時代に、「疫氣」すなわち「癘気」を病原体としてはっきりと認識し、その学説を「戻気学説」として発展させたのが、明代の末、清代の初頭に現れた呉有性(呉又可ゆうか)であった。

 

→ 「疫病について その2」に続く。

 

【参考文献】

1)新村出(編):広辞苑第二版,岩波書店,1973,p2339

2)4)貝塚茂樹ほか(編):漢和中辞典,角川書店,1980,p740

3)くすりの博物館 http://www.eisai.co.jp/museum/history/0700/sub0100.html (参照 2020-1-19)

5)6)7)8)劉燕池・宋天彬 他(著),浅川要 他(訳):詳解・中医基礎理論,東洋学術出版社,2001,p143

9)穂刈浩之:<書評> 余新忠著『清代江南的瘟疫與社會--一項醫療社會 史的研究』,当陽市研究(2005),64(1):p107-114,2005,

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/138153/1/JOR_64_1_107.pdf(参照2020-12-27)

コロナ治療の経済性

 ウイルスといえども生物ですから、殺される側からすれば何とか生き延びようとするのは、ある意味当然です。

 細菌だってそうです。

 殺され続けると、そのうち耐性菌が現れるのはすでに既知・周知のことです。

 それでも薬剤での殺菌一本やりがやめられないのは、それ以外の方法が見いだせないからだと思うのです。

 むろん、殺菌・消毒の衛生管理そのものを否定してるのではありませんので、そこはご承知くださいね。

 今回の新型コロナウイルスに対する有効なワクチンや薬剤が開発されたとして、ひとたびウイルスが変異すれば役に立たなくなります。

 開発研究に、巨額の資本を費やしてるにも関わらずです。

 経済性と有効性を兼ね合わせて考えてみると、東洋医学的治療は非常に優れた治療です。

 昨日書きましたように、風邪症状がウイルス性であれ細菌性であれ、はたまた内傷性であれ、治療法は鍼や生薬を用いた、普遍的な傷寒論や温病学で対処できるのですから。

 新薬開発にかける費用も、検査機器の開発なども莫大な費用を投じた設備も必要ありません。

 必要なのは、医療業界に東洋医学の思想と方法論を、教育を通じて周知徹底することだと思います。

 現在の医療界を見渡すと、看板だけの東洋医学がほとんどじゃないでしょうか。

 東洋医学の世界観・人体観を背景にして、四診をきっちりやって鍼の処方箋を描ける人がいったいどれだけ存在するでしょう。

 東洋医学の医学原理で、きちっと患者さんに分かるように説明できますか?

 伝統的な四診をきっちりやれば、専門家の流派を超えて情報を共有することが出来ます。

 さて、鍼灸師であっても、傷寒論は必須ですぞ!

コロナの治療

 コロナですが、新型といわれてますが、東洋医学的には新型も旧型も無いのですねぇ。

 これまで巷で流れてる症状をずっと見てきたのですが、治療に関しては、傷寒論的病態把握と治療法で十分対応できるなと。

 風寒の外邪が襲ってると。

 この風寒の邪の勢いと素体によって、2経もしくは3経に一気に襲う合病・併病があるということ。

 そして外邪を受ける素体に、水・湿・痰・熱の邪がどの程度あって、あとは正気の状態でしょうか。

 それなら、これまでのインフルエンザと、同じように対応すればいいと思います。

 このような疫病は、歴史的に何度も流行してますし、東洋医学はその役目をきっちり果たした実績があります。

 そもそも、傷寒論という書物は、西暦200年ごろ、ヨーロッパに端を発した腸チフスで、当時中国の人口のおおよそ半数の人が亡くなられたことに発奮して著されたものであることが、その序文に記されてます。

 大惨事だったのですねぇ。

 腸チフスの初期症状は、頭や項が痛んで悪寒するなど、風邪の初期症状と全く同じです。

 東洋医学では、病の本が細菌であろうがウイルスであろうが、あまり関係ないのです。

 どこまで行っても、生体の生命力を鼓舞して治癒に至らしめます。

 中国では、東洋医学が大活躍です。

 日本とは医療制度が異なるので、中国のように表に出ることはありませんが、まずは身近な人に対処して、きっちりと治して鍼の内包してる力を存分に発揮致しましょう。

 

講座開催延期のお知らせ

事務局の大上です。

 

コロナウィルス感染拡大の影響により、

「鍼道 一の会」2020年度東洋医学講座の4月開講分は5月に延期とさせていただくことになりました。

 

今後の状況により変更があるかもしれませんが、現在決定している日程につきましては以下のリンクよりご確認ください。

 

2020年度 募集要項・課程|『鍼道 一の会』東洋医学講座

 

世の中が不安で覆い尽くされようとしていますが、これから長期戦になるであろうことを覚悟して、皆様しっかりと地に足をつけて、歩みを進めて参りましょう!!

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

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本年度の振り返り

 とってもご無沙汰しています!

 『鍼道 一の会』講師の江見木綿子です。

  基礎講座の『経絡学』と『臓象学』を担当してます。

 

 現在、世界的感染症の流行でイベントがなくなったり、外出を控えたり。。

 春のはずなのに、どうしても内向きの気持ちになってしまいますね(._.)

 そんな消極的になってしまう生活の中、私はこっそり沖縄に行ってきました。こっそり。(笑)

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 現在の騒動が一日も早く治まり、たくさんの方が以前のように、心身の健康、生活の安心感を取り戻せることを願っています。

 私もしっかり休養して、また新年度から生活感覚を新しくして、みなさまのお役に立てるようにさらに頑張ります。

 

 

 今月、2019年度の東洋医学講座が終了いたしました。

 「机の上で勉強したことや本に書いてあることは、本当に人の身体で同じことが起きるの?」

このような声を教育現場で多く耳にしていました。

 そこで今年の臨床講座では実証実験をメインに行いました。

  中医学会でも未だに決着のついていない『肝気虚は存在するのか否か

 と考察したり、

 弁証で『気滞』と判断した場合に、関連する経穴にも気滞証の状態が観られるか?

 などなど、『伝統医学』の視点を用いて、ひとつひとつ参加者の皆様と確認してきました。

 教科書的なものが、現実味を帯びてリアルに感じていただけと自負しています。

 

 私もいつも新しくパワーアップしていく先生方と一緒に勉強していると、鍼灸師としての私の充実感はさらに高まって、勇敢な気持ちになります。

 

 私は基礎講座の『経絡学』と『臓象学』を担当して3年になりますが、講義を通じて自分自身が毎年パワーアップさせていただき、臨床力も高まっていると実感してます。

  これまでの「一の会」臓象図に加えて、私のイメージした臓象図も新たに書き加えました。

 

 個人的には、来期は体幹部と四肢のツボを使うときの意識の違いを、さらに深めることを目指しております。

 さらに、古典文献の知識を用いて自分の太極軸を増やし、これらを講義に反映しながら、みなさまと一緒に鍼道を歩んで参ります。

 2020年度は、さらに『鍼』と『灸』の可能性を追求いたします!

 みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

 

http://www.ichinokai.info/enlightenment/seminar/index.html

肺炎と生薬

新型コロナウィルスへの国家単位での警戒により、旧型コロナウィルスやインフルエンザウィルスなどの流行も減って、2018年は9.4万人だったと言われる肺炎による死者(https://hc.nikkan-gendai.com/articles/270172)が、結果的には近年最少になってくれることを願いたい。

さて、もしも自分が感染して、無症状という訳にはいかなくなったら、どうするか。

上の記事では「生体防御機能の衰え」ということが書かれているが、「免疫の暴走」(花粉症のように)もまた問題だ(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/022000115/)。
まさに東洋医学が言うところの「虚実」である。
その両種の問題を、自分の場合は、自分の鍼灸のみを頼って解決しようとするだろう。
ただ、それを選択する理由は、治癒を最優先としたいからではない。
新型コロナウィルスと同じく、当時の中国では未経験の感染症だったと思われるものへの対応の記録が書かれた『傷寒論』という本を読み、それをヒントに自分流の鍼灸術を組み上げた人間としては、誠実に生きようとすると、単にそうするしかないだけなのだ。
僕は、我が身に訪れた試練にも耐え抜けた手段を稼業とすることで、これからも自分の人生を気持ち良く過ごしていきたい。

っていうか、正直、検証したい。
鍼灸による実践とそれに対する純粋な反応を、経過として追い掛けたい。
だから、自分への漢方薬の使用は避けたい。

https://hc.nikkan-gendai.com/articles/270172?page=2』にある「膿性の痰」には桔梗(キキョウ)が効いてしまうかも知れない。
桔梗は「龍角散」などにも入っているので、手に入れるのは比較的簡単な生薬だ。
しかし、「膿性の痰」は「細菌性肺炎」時に出現するものなので、今回はあまり出番は無いかも知れない。

ならば、『https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200229/k10012308111000.html』にある「33.4%」の「たん」へは、『傷寒論』の時代なら何を使ったのだろうか。
ここは正直、まだ確かな体験が少ないので悩むのだが、今のところ、無色透明の痰が大量に出ることで呼吸器が苦しんでいたなら細辛(サイシン)を、粘りの有る痰を喀出できないことで呼吸器が苦しんでいたなら貝母(バイモ)*1を使っていたのではないかと考えている。
とにかく、その苦しみ方をよく観察して選択していたことだろう。
貝母を試すには「ダスモック(清肺湯)」を購入するのが手っ取り早いが、その他の生薬もたくさん含まれているため、今の自分に悪影響をもたらす物が入っていないかどうかの確認が必要だ。
細辛(サイシン)は「小青竜湯」に入っているが……ダスモック以上に取り扱いに注意が必要な処方で、数回以上の連続した服用は基本的にはしない方が良い。

「18.6%」の人に生じる「息切れ」の多くへは、恐らく杏仁(キョウニン)で対応したことだろう。

そして、何と言っても「67.7%」の人に生じる「せき」だが、これへは五味子(ゴミシ)を使ったことだろう。
ただ、この五味子という生薬は漢方界でもマイナー(だと感じる)で、それなりの量を手軽に試用するための良い市販薬が無い。
だから、あくまでも個人の見解だが、市場には、咳を止めるために適した漢方薬は欠けている。
「からぜきには麦門冬湯」などと言われたりしているが、「麦門冬湯」は、あえて言い切れば、体力的に弱ったせいで咳まで出だした者には良いが、単純にからぜきが続いているだけの者には適切でない。
「38.1%」の人に出ている「けん怠感」に加えて、飲食の著しい減少が有るような時に初めて候補となってくるだろう。
さて、肝心の五味子であるが、これを試してみたい時ばかりは生薬として単体で購入するしかないと思うが、自分がもし咳をしやすい者だったなら、それだけの価値は有るように思う。
“咳が続くせいで頭部にのぼせや充血感が起こり、それでもなかなか止まらないような人”に良いのだろうと考えている。

以上の漢方薬や生薬だけでなく、解熱剤や消炎鎮痛剤や、もちろん抗菌薬も、自分が使うことは無いだろう。
抗菌薬は当然として、解熱剤に関しては、初体験の感染症を克服する上ではむしろ危険なのではないかと考えてのことである。

*1:貝母より栝楼実(カロジツ)の方が適切かも知れない(5月8日に追記)。

症例検討 3月 臨床医学講座(1)

 3月1日は今期第12回目の臨床医学講座。

 世はまさに、自粛ムードに突入しようかという状況の中、いつもの 大阪医療技術学園専門学校 の実技室をお借りして開催いたしました。

 (この時期、まだ他の教室でも、セミナーやっておられるところありましたねぇ)

 

 午前中は、僅か2診で劇的回復をされた、初老の方で「痿証」の範疇に入る症例です。

 筆者、金澤が提出いたしました。

 症例検討の内容は、厳格にプライバシーポリシーを守りたいので、残念ながらSNSのこの場では概略的にしか書けませんのでご了承ください。

 

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 ここでお伝えしたいことは、こんなふうに考えて、このように鍼したら治ったというお話ではありません。

 そのような話は、巷であふれてますが、「一の会」では、その人の「人生の流れ」を太極軸として診ます。

 

 肉体を持ったその人の苦悩が病を生じ、

 その心の苦悩が去った後に、身体の苦悩だけが残ったという症例です。

 

 この方、幼少期の生い立ちが非常に過酷な環境で育っておられます。

 過去に心のわだかまりを持ち続けた相手の方と、数年前にやっとそのわだかまりが解け、心がスッとしたのですねぇ。

 ところが身体には、大きく背骨の湾曲が残っており、身体的な苦痛も未だ残っておられます。

 肺肝欝抑化熱 腎虚 といったような状態です。

 肝気が肺鬱に阻まれ、内熱→血虚→腎精虚に至るといった流れです。

 これを

 後谿穴瀉法

 臨泣穴補法

 2診目で、身体の苦悩の軽減だけでなく、固定されたはずの背骨の湾曲にも大きな変化が現れています。

 痿証=虚弱軟弱も、劇的変化が現れてます。

 これ、鍼が効いたと言えばそうなのですが、果たしてそれだけでしょうか?

 

                     引き続き、書いて参ります。(^_-)-☆

 

2019年度の東洋医学講座を振り返って

こちらではどうもお久しぶりです、『鍼道一の会・東洋医学講座』の座長・稻垣です。

 

先日、今年度の予定分が、無事に終了しました。

そこで、今年度の内容をボンヤリと振り返っていたのですが、先ほど急に、今年度から講師の一人を務めてくださっている尾関先生のある言葉が思い出されました。

それは、「ある勉強会で偉い先生が『“経筋”の異常は“脈”には出ない』とおっしゃったんですけど、稻垣先生は『脈には全てが出る』と言わはった。それを聞いて、僕は、『一の会を続けよう』と思えました」というようなものでした。

本当にありがたいお言葉です。

尾関先生の経験・信念・感覚などと、僕の主張が、幸いにも合致したということなんでしょうねぇ。

 

さて、「経筋の異常は本当に脈に出るのか?」という話ですけど……これ、単純に、実際に試してみたら良いと思うんですよね。
古典をひも解いて、その解釈を巡って議論せずとも、実在する人間の体を使って実験してみたら、正解はすぐに分かることであるはずなんですよね~。

 

今、この投稿を読んでくださっているあなたさまが、『鍼道 一の会』で説明している“脈診”の要点をマスターしている前提で話を続けますと、全身を一度リラックスさせてもらってから、足関節の伸展を続けながら脈を診る、足関節の屈曲を続けながら脈を診る、ということをしてもらったら、どこの何がどう変わっているかの説明は勉強会へ譲るとして、変化していること自体は感じてもらえると思うんですよね。
たったこれだけの差でも影響は出るんですから、「経筋の異常も必ず脈には表現される」と言って良いのではないかと考える次第です。

 

『鍼道 一の会』では今後もこのように、実証主義的な姿勢を大切にして、“鍼灸のための東洋医学”の構築に励んでいきたいと思います。

 

膝陽関穴 考(4)完結 沢田流「鍼灸治療基礎学」から

 資料画像は、昭和の時代を席巻しました澤田流、「鍼灸治療基礎学」(医道の日本社)からです。

 順番に見て行きましょうか。

 先ず紫線のところです。

<甲乙経に「禁じて灸すべからず」>

<医学入門に「鍼を禁ず」>

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<甲乙経に「禁じて灸すべからず」> <医学入門に「鍼を禁ず」>

 ここは、古人がこの穴所を用いて、大きな失敗をした経験から書いたものであると認識するのが良いと考えてます。

 おおよそ禁鍼・禁灸穴とされてるのは、用いて失敗した経験からそのように記されているのであって、経穴として存在している以上、用い方さえしっかりと認識しておれば、恐れずに足りずだと思ってます。

 これは、湯液の世界でも同じだと思います。

 鍼も経穴も方薬も、すべて兵であって、それを率いる将軍が兵を恐れて用いないのであれば、戦いの結果は自ずと知れるというものです。

 ただね、兵の性格や状態をよくわからずに、これを安易に用いることは厳禁ですよね。

 兵の性格をよ~く知り抜いて、時宜(じぎ)を心得て用いるのが名将ですよね。

 

 赤線のところに参ります。

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赤線部分 膝陽関と腰陽関の関係性

 膝陽関と腰陽関の関係性が記されてますよね。

 経絡学的には、仙骨周囲は足の三陽経すべてが流注してます。

 その中心である督脈は、左右の枢ですから左右の気機は足少陽がこれを主ります。

 また腰陽関の両傍は、大腸兪ですね。

 肺気がここまで下り及んでくるところですね。

 つまり天地相交、肺腎が相交するところです。

 

 次に青線です。

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寒府・足陽関と、熱府・風門との時空間的な関係

 寒府・足陽関と、熱府・風門との時空間的な関係が説かれてますよね。

 大序穴と足陽明下合穴も時空間的な相関性があります。

 これはまた、いずれ稿を改めて書きたいと思います。

 

 ここまで来ると、おおよそ身体全体を捉えた上での膝陽関が見えてこないでしょうか。

 たとえば湿熱が下焦で内蘊した腰痛症などで、腰陽関に顕著な圧痛と熱感があったとします。

 これ取穴を上に取るか下に取るかですよね。

 ここは病理機序に依りますよね。

 実証を前提とした例をあげてみます。

 湿熱内蘊が、氣逆・気滞によって相対的に上実下虚となり、下焦に湿熱が下って起きているのなら、まず上に取って気を下してから腰陽関・大膓兪の変化を見ればいいですよね。

 その上で、いくらか腰陽関・大膓兪が動いたのだけれども、今ひとつすっきりとしないのであれば、陰邪である湿熱を下に引いて降ろせば良いわけです。

 その際、陰陵泉に取るのか、足の下合穴に取るのか、

 それとも帯脉そのものを動かすために足臨泣に取るのか、

 それはその時々の患者の状態によって適時選穴すれば良いわけです。

 そしてこの寒府・膝陽関です。

 腰は内因としての湿熱、下は外因としての寒湿。

 仮にこの両者が、ここ寒府・膝陽関でせめぎ合ってるとすれば、ここに補瀉を加えて腰痛を治すことも可能ですよね、理屈上は。

 後はこれらを想定して、実際に用いて確認すれば、針箱の中に寒府・膝陽関が納まることになります。

 

 最後の青線の「壊症」というのは、傷寒論的な壊病のことでしょう。

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青線「壊症」

 誤治によって正証を離れてしまったものです。

 たとえば太陽表証で、桂枝湯を用いるべきところに麻黄湯を用いて、汗が止まらなくなって少陰病にまで落ちたとか、下すべき証ではないのに下したことによって訳が分からなくなってしまった状態です。

 傷寒論では、何の逆(誤治)を行ったのかをまず知り、もう一度証を立て直してこれを治しなさいと記されています。

 辨太陽病脉證并治上 16条

 太陽病三日、已發汗、若吐、若下、若温鍼、仍不解者、此為壞病、桂枝不中與之也。

 觀其脉證、知犯何逆、隨證治之。

 <太陽病三日、已に發汗し、若しくは吐し、若しくは下し、若しくは温鍼し、仍(な)お解せざる者は、此れ壞病(えびょう)と為す、桂枝之を與(あた)うるに中(あた)らざるなり。

 其の脉證を觀て、何の逆を犯すかを知り、證に隨いて之を治す。>

 

 何の逆をやってしまったのかを知るためには、意図的な鍼をする必要がありますね。

 瀉して悪化したのなら、補えば良い訳ですし、

 補して悪化したのなら、瀉せば良いですよね。

 鍼の妙味は、補瀉にあり。

 

 寒府・膝陽関シリーズはこれまでです。

 針箱に、うまく納まりましたでしょうか。

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鍼灸治療基礎学 医道の日本社 P250・251

 

膝陽関穴 考(3) 中国鍼灸穴位通鑑 論考 P1462

 再度<中国鍼灸穴位通鑑>の「帰経と穴性」のところを抜粋して再掲します。

 

帰経と穴性

① 鼠瘻の寒熱は、還りて寒府を刺す。 <素問・骨空論>

② 膝の外廉痛み、屈伸すべからざす、經痺れ不仁するは、陽関これを主る。<鍼灸甲乙経><備急千金要方><医心方><普済方>等

③ 梁丘、曲泉、陽関は、筋攣し、膝屈伸を得ず以て行くべからざるを主る。

④ 膝の外廉痛み、屈伸すべからず、脛痺れて不仁す。<外台秘要>

⑤ 風痹不仁、膝痛みて屈伸すべからずを主る。<古今医統大全><鍼灸大成><鍼灸指南><中華鍼灸学>

⑥ 膝頭紅腫し、屈伸すべからず、鶴膝風の毒等の証<循経考穴編>

⑦ 風痹不仁し、股膝冷痛し、屈伸すべからず。<類経図翼><勉学堂鍼灸集成>

 

 ①の鼠瘻(そろう)というのは、鼠径部の瘰疬(るいれき)なので、ここはちょっと病理が浮かんできますね。

 寒痰か熱痰のどちらかが鼠径部で阻塞してるのですから、これを寒府・膝陽関に引いて補瀉すればいいですね。

 それなら、なにも膝陽関で無ければならないという訳でもないですよね。

 ⑤の風痹というのは、外邪によるの関節炎ですね。不仁とありますから、知覚麻痺を起こしてるのですね。

 外邪としては、風・寒・湿が混じり合って下焦から入ってきたのでしょうね。

 ⑥の膝頭紅腫は、赤く腫れているのですから熱証ですね。

 熱痺などが想定できますね。

 そして鶴膝風(かくしつふう)というのは、文字通り膝関節の上下の肉が削げて膝関節がまるで鶴の足のようになっているものを形容したものです。

 おおよそ、肝腎陰虚の熱証の素地に、やはり風・寒・湿の外邪が侵襲して生じたものでしょう。

 まっ、おおよその病理が想定できるものもありますが、身体全体をとらえた上での治療ではないですね。

 やはり、局所治療の域を出ないと言いますか。

 たとえば、寒府・膝陽関で頭痛とか顔面神経痛とかの治効なんかが記載されておれば、おぉ~、全体を見据えてるなぁ。どういった視点で見ていたんだろうって、あれこれ想像が膨らんで学びになりますよね。

 病に相対して、我々が先ず以て知りたいのは、少なくとも八綱です。

 これが定まらないと、鍼の妙味、補瀉が定まらないからです。

 ただ、これらの記載でもわかるように、局所治療でも一定の治効をあげてることがわかります。

 これだと民間療法として使えるだろうし、貧しい庶民にも貢献したのでしょう。

 現に筆者が郷里で開業したての頃、ほとんどの年寄りの肩や背中には、灸痕がありましたから。

 熱いだけなら、誰もやりませんよね。やはり、楽になったのだと思います。

 これはこれで良いと思います。

 ですがちょっと深い病ともなりますと、そうは参りません。

 さて、膝陽関と全体性を関連付けるもの、想定できるものを探してみました。

 

                     続きます。