ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。(当ブログ内の一切の著作権は一の会に在ります。流用される方はご一報ください。)

観る側と観られる側

 前回、「見ると変化する経穴」ということを書きました。

 なぜこのような現象が起きるのかを続けて書いて参りたいと思います。

 

 この原理は、非常に簡単なことであります。

 私たちの日常でも、だれにどのように見られるかによって、気持ちや態度を変えませんでしょうか。

 会社の上司や学校の先生と接する時と、家族や気心知れた友人と接する時とでは、気持ちも態度も意識的・無意識的であっても変わりませんか?

 身体も全く同じです。

 

 身体は、意識領域と無意識領域との合流点です。

 心が動けば、身体も必ず変化=動きます。(逆もしかりです)

 たとえそれが微妙なものであってもです。

 鍼は、どちらかといえば無意識領域から意識領域に働きかける道具だと考えております。

 ですから、前提として術者と患者さんとの関係性、これが最も重要です。

 お互いの信頼感の度合いですね。

 そしてひとつには術者が、どこを観ているか。

 肉体を見ていながら内面の気を観ているのか、部分を観ているのか全体を観ているのか、この逆もしかりです。


 もうひとつは、どのような背景・世界観を術者が持って観ているか。

 これは何をどの程度勉強して自分のものにしているかですね。

 学んだことがこなれてる程度でもいいと思います。

 

 これらが両者の間の気の流れに大きく作用し、変化の度合いや様も異なってくることになります。

 そして両者の間には、意念が飛び交いますね。

 この意念を意識すると、その変化にも気づくことができます。

 この意念とは…

 

 つづけますね(笑)

 

『鍼道 一の会』は、自由自在に気を扱える、プロの鍼灸治療家を目指す集団です。

 ご興味のある方は是非、『場の気』を感じにお越しください。

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見ると変化する経穴

 臨床に携わっていると、触れるだけで相手が次々と変化していく状況を体験されてる方も多いと思います。
 触れて変化が遅いところや変化しないところが目付どころとなったりするのですが、それはさておいて。
 
 ある時、足三里の左右差の大きな方がいらっしゃいまして、足三里の緩い方(虚側)をじっと見てると次第に充実してきて左右差が無くなったという現象に気が付いたのです。
 それで触れる前にじっと見つめるということを実験的にはじめたところ、次々と同様のことが起きてくるようになったのです。
 
 そこで毎週1回行ってる、大阪医療技術学園の教員養成科で学生たちと一緒になって実験したところ、やはり同じ現象が確認できたのですね。
 教員養成科では、虚側の湧泉穴を選んでみんなでジッと見てたのですが、見事に充実してきまして左右差が無くなっております。
 
 さて、このような現象、どうして起こるのでしょうねぇ。
 「気の世界」から眺めると、不思議でもなんでもなくって、むしろ当然のことが起きてるってことになります。
 
 続きます…(笑)
 

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四季と人体(3)五節句

    

  

 

  今回は五節句と避邪について。

 節句は、節供ともいわれ、神と共に食す行事食の意味合いがあるそうです。

 神道で神と人が一緒になって自然の気を取り入れる「直会(なおらい)」という行事がそうですね。

 人が無病息災で生きていく願いと季節の節目に行う行事。

 そんな目には見えない「気の世界」を大切にしたいですよね。

 

 

 この動画は、2020年7月12日 「鍼道 一の会」基礎医学講座の内容の一部です。

 

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百会の対極…失眠穴

 百会の対極といえば会陰に当たるのですが、場所的には使えませんよね。

 では空間を体幹部から手足にまで広げてみればいいわけですよね。

 百会と手の井穴は共に陽極です。

 すると会陰は、足の井穴としたいところですが、足底が位置的に最も下位になります。

 前回、不眠を例に挙げましたが、足の踵中央に失眠穴がありますよね。

 足の裏全体が陰極で、踵から湧泉はその陰極の中でのバリエーションとなります。

 前に走ろうとすれば足の裏の前に重心がかかりますので、陰気は失眠穴>湧泉と考えることができますね。

 足の井穴は、歩行時には前の上を向きますしね。

 この失眠穴なのですが、足の太陽経が承筋→承山→飛陽と流れていることになっています。

 足陽明が膝から二本の流れになっていますので、承筋→承山→失眠→湧泉という流れと委陽→飛陽→跗陽→崑崙→僕参…至陰という二本の流れとして捉えるのが自然だと思うのですがどうでしょう。

 足少陽も同じです。

 また足太陽は背部の一行と二行が大腿部で交差してることになってますが、これも不自然な流れだと思います。

 とにもかくにも、足底の踵中央にわざわざ失眠穴と名付けているのですから、よほど頭部の陽気を引き下ろす作用があるのでしょうね。

 

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百会と坊主頭

 頭を丸めて意識するようになったのが、一般の方もよくご存じの百会です。

 少し前からシェーバーでさらにスキンヘッドにしてからは、より一層百会の存在を意識するようになりました。

 筆者の百会と申しますのは、河童のお皿のように広い範囲です。

 天使の輪と言ってもいいかもしれません。(笑)

 陽の極みなのですから、百会は移動してもおかしくないですよね。

 実際、頭部から陽気が抜けていく場所って決まっていません。

 今、後百会から抜けてるな…と思ってもしばらくすると左や右の百会から抜けていきます。

 むろん、頭部には数多くの経穴が存在しますが、頭部に存在してるということで大きくひとくくりに捉えてます。

 「陽の極み」という一点でとらえていれば、自在性が手に入りますよね。

 陽気が抜けていく場所がその時々で移動するということは、身体が自在性を持っているということですので、ある意味健康なわけですね。

 この百会。有名なので様々な効能が言われてますがこれを覚えてもあまり意味がありません。

 例えば不眠。

 百会で結果が出る不眠と出ない不眠がありますよね。

 陽の極みと覚えておけば、百会の反応から様々なことが読み取れますし、いろんな意味合いで使うことができます。

 では陰の極みは?

 会陰ですよね。

 ですがこれ、場所的に使えませんよね。

 ではどうするのか…

 

 

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髪の毛の意味するところ

 表題を、「髪の毛の意味するところ」としてますが、このお話は治療者として「気を感じる」という点に絞って思うところを書いてみたいと思います。

 筆者は、今月62歳になるのですが、還暦を迎える前に当たって「なんとなく」丸坊主にしました。

 ですので頭を丸めて2年以上になるのですが、坊主頭にしてどうか?というところを主観的に述べてみたいと思います。

 髪の毛は気を感じるアンテナだとする見方があります。

 例えば巫女さんは、髪の毛を長く伸ばすことで神様の依り代としたり、神様のご宣託を受けやすくするアンテナの役割をしているといわれています。

 わかりやすく言えば、感受性が豊かになるということでしょうか。

 治療者としては、患者さんの気をいち早く正確に察知する必要がある訳ですが、そこは治療者の感度に依って髪の毛の長さを感覚的に調整すればいいと思います。

 筆者自身の体験では、髪をそり落とすと自分自身の内面的な感度(心と体)が上がるように感じています。

 外からの情報が、一定程度遮断されるからですねぇ。

 仏教の修行僧が頭を丸めるのも、自分の内面と向き合うためには最適なのかも知れないですね。

 自分の外の世界と内なる世界。

 つながってますが、そこは境界線があります。

 肉体も、皮一枚が内外の境界線ですね。

 髪の毛の長短で「気の感度」を調整する。

 マニアな世界のお話でした。

 

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 2020年8/18 於大台ケ原 筆者近景

 

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心の臓象

 先天の元気は腎に蔵されていると言う。

 <素問・宣明五気篇>では、心は神を蔵すと記されている。

 さて、この神をそのまま中医学的に解釈しても良いのだろうか?

 

 素問・上古天真論では七損八益論が展開されているが、これは腎を太極軸にして論じられたものである。

 いわば、三才思想(天・人・地)を地である下から上を観て俯瞰した論である。

 地である肉体は、腎によって終わりがあることは周知のとおりである。

 物質的後ろ盾を無くした神気はいったいどうなるのであろうか。

 むろん、肉体からはその兆候は消えるが。

 地から上を観るのであれば、今度は天から下を観ればどうなのだろう?

 このあたりのことは、すでに稻垣座長が示唆に富む内容をすでに一部公開しています。

 五行と気味 

 易経 繋辞上伝では、「陰陽測らざる、これを神と謂う」 <陰陽不測之謂神>と記されています。

 さて、これを実際の臨床に用いて有益ならしむるには…

 

 

【概要】

 五臓六腑には全て官職名がつけられており、心は君主の官であり、神明を主り他臓との関係性の象徴的存在である。心神は、太陽のように生命を明るく輝かせる中心的な働きを担っている。神明とは、広義では生命の輝きそのものである。

 臓象図では、心の臓は他の四臓と系で繋がっており、心の臓の状態は、全体の関係性で成り立っていることが理解される。

 

【位置】

 胸椎第五椎下 神道穴

 

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【形状と臓象】

1.心の文字は象形文字で、このことからも古くから解剖が行われていたことが推測される。その心の臓は万国共通のハート型であり、脾・肺・腎・肝に通じる釣り糸が描かれている。

 とりわけ肺系・肺管と心系は直接繋がっており、心肺機能は天の気と密接な関係にあることが分かる。

 また心は肺葉の下に錘のようにぶら下がっており、環境変化に応じて肺が行う正常な機能を調整している。

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b.「心者、君主之官、神明出焉」<素問・霊蘭秘典論篇> 

 「心者、五臓六腑之大主、精神之所舍也」<霊枢・邪客七一>

 心は一国で例えるなら君主であり、神明とは広義においては生命の輝きのことであり、狭義においては精神・意識状態のことである。

 君主が混迷すれば臣下は乱れ、臣下が従わなければ君主は成り立つことができない。

 この関係は身体にもそのまま当てはまり、心神が混迷すれば他臓に影響して様々な病変を引き起こし、他臓の変動や病邪が心神に影響して精神異常を引き起こす場合があるので、標本を正確に弁別しなければならない。

c.「心主身之血脈」<素問・痿論四四>

 この場合の血脈とは、いわゆる血管のことであり、血脈は心の臓の延長である。従って、脈動には神気が通じて現れているので、脉が表現している神気を読み取ろうとする意識が大切である。

 「心藏脉.脉舍神」<霊枢・本神八>

 

d.「諸血者 皆属於心」<素問・五蔵生成論十> 

   「脈者 血之腑也」<素問・脉要精微論十七>

 全身の血流調節は心気がこれを執り行うのであるが、肝疏泄・蔵血など血に関する他臓との協調作用を意識すると良い。また血管は、血の袋であるということである。

 

e.心悪熱 離・火 f:id:ichinokai-kanazawa:20200730112440p:plain

 象卦は麗(つ)く=付く。日月は天に付き、草木は土に付いて天下を化成する。離火は明智であり、人間の正しい理性こそが天下を治め身を治めることを現している。晴れ渡った空の太陽のイメージである。

 また離火 の爻をみると、一陰が上下二陽で挟まれた卦である。中心の一陰が心血であり、上下の二陽が心陽とみると、心気が亢ぶると化火しやすく、心血は傷れやすいことが分かる。

 また、化火すると心陽は下って腎と相交し腎を温煦することが出来ず、腎陰は心陽を得ることができないので心に昇ることが出来なくなり、心火はさらに亢ぶり悪循環に陥る。(心腎不交)

 治療において寧心安神するには、清熱と補血の両面があるが、どちらを先に行うかは病理機序によって判断する。

f.心の赤化作用

 心は穀気に神気(心陽)を加味し、血に気化させ全身いたるところに流注させる。
 母乳は、赤化する前の穀気と理解することができる。

 

【五行属性】

1、 五方・南、五季・夏 五能・長

 心は五方・南、五季・夏であり、一日では日中(11時から13時)に相当する。いずれも、陰気は退き陽気が最も盛んな時期である。人体においては五能・長の作用で心身の活動性が高まり、衛気もまた体外に張り出す時期でもある。

 

2、 五竅・舌 五液・汗

 舌には、足太陰、足少陰正経・経別、足太陽経筋、手少陰絡脉が流注している。舌は消化器の一部でもあり感覚器官でもあり、言語発声機能をも兼ね備えたものである。これらの機能を全うするには、五臓六腑が調和して円滑に行われる必要がある。飲酒が過ぎると目つきが弛み、舌のろれつが回らなくなるのも、心神が熱によって侵されたためと捉える。

 また過度に心神の緊張状態が続くと、舌先が赤くヒリヒリと痛んだり痺れたりする者の多くは、心熱・心火によるものである。

 また汗は津液・血の化したものであり、過度な発汗は陽気を損なうという面と陰気を損なうという両面がある。いわゆる過度の心神の緊張による冷や汗は、容易に心血を損ないやすい。

 

3、 五志・喜

 喜は緩の作用があるので鬱した諸気を解放し、気滞を解消して気機を伸びやかにさせる作用がある。喜が過度になると、注意力が低下し心神は散漫となる。

 

4、 五味・苦 五能・長

 苦味は固を主り、弛んでいるものを引き締める作用がある。(燥かす説有り)五能は長であるが、苦味とは陰陽関係となる。

 

5、 五労・久見傷心

 肝の五竅は目であり、目は血を受けてその機能を全うする。久しく見ると心を傷るとは、目の深部には、足厥陰と手少陰が流注していることから、見る集中力を長時間維持すると心肝内熱から血虚に移行しやすいことが理解される。

 

6、 五主・血脈 五神・神

 血脈は、心神が伸びやかであれば精血は充実し、その流れもまた流暢となる。さらにいわゆる血管は心の臓の延長であり、末梢における動脉の拍動状態には、精血と神気の状態が如実に表現される。末梢の一部分に全体が投影されると考える東洋医学独自の脈診術に、一定の根拠を与える。

 

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五行と蔵象について

 

 

 五行が最も早く表れたのは、尚書(書経)・洪範であるとされている。

 (おおよそ紀元前5世紀以降の書であるとされている)

 

 以来、世界のありとあらゆる現象の奥に潜む気の働きをとらえるためにこの五行論が、いわゆる百家争鳴のように用いられ論じられてきた。

 

 鄒衍(すうえん 前305頃から前240頃の人)に至って、ようやく五行論として整理され、現在我々が知りうるものとなったわけであるが、その原点である尚書・洪範に立ち返り五臓とその臓象を論じて臨床につなげようとする試みである。

 

 五行については、すでに語りつくされてると思います。
 すでに出来上がったものをそのまま用いるのではなく、原点に帰り当時の人の目に世界が、人体が、どのように映っていたのか、というところから臓象を眺めてみます。
 東洋医学の臓は、まぎれもなく五行的概念で人体の気を占った?ものだとも言えると考えています。
 既成の概念にとらわれない、自由な感覚で「気」をとらえようとする試みでもあります。
 

 その端緒を江見木綿子先生が解説してくださいました。

 皆様のご興味をそそるものでありましたら、望外の喜びです。

 

 2020年6月14日 第2回基礎医学講座の一部公開動画です。

  於:一の会 鍼灸院 リモート講義

 

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五行と気味

            

  

 五行とは、みなさまご存知のように、木・火・土・金・水ですね。

 そして四季を通じて天の気は、生・長・化・収・蔵します。

 一方、地の気である、酸(収)・苦(降)・甘(緩)・辛(散)・鹹(軟)は、天の気と真逆に作用します。

 

 なぜ天の気と地の気は相反しているのか?

 

 気味の前段階である地の気の基本的な意味を、稻垣座長が「気」の概念できれいに整理して講義しています。

 

 精神性を追求する宗教家が、なぜ菜食にこわわったり小食・粗食にするのか、その根拠となる考え方とも言えます。

 

 治療家として感性を高めるひとつの方法として、食を正すことはとても有効です。

 筆者も、3か月間、禁酒の上に玄米粥と菜食のみで過ごし体重は激減しましたが、五感はとても鋭敏になったという経験があります。

 精神性は…(笑)

 

 口にする五味は、生薬を吟味するときにはとても重要です。

 さらに方剤構成からは、治療戦略が見えてきます。

 これからの将来、稻垣座長の個性あふれる生薬学、方剤学の講義がとても楽しみです。

 

 地の気である五味を、このような視点でとらえたものは他にはないでしょう。

 このような発想から生薬学・方剤学を眺めると、これまでにない世界が広がると思います。

 2020年6月14日 第2回基礎医学講座の一部公開動画です。

  於:一の会 鍼灸院 リモート講義

 

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脾の臓象

  脾の臓は、後天の元気の源であるため非常に重要な臓であるが、卦を見ると坤地f:id:ichinokai-kanazawa:20200727070141j:plainである。

 このことから脾の臓に陽気は存在せず、常に心腎の陽気によって生理機能が営まれていると理解することが出来る。

 つまり、円滑な心腎(神志)相交によって受動的に生理機能が作用しているということである。

 このように文章化すると、あたかも脾気という独立した「気」が存在しているかのようであるが、分けて分けられないものを認識する際に、どうしても一旦は全体から切り離して論じざるを得ないのである。

 実際の臨床においては、脾気に問題が生じた場合、天地陰陽の相交の流れの中で問題の本質を捉える必要がある。

 いってみれば、心腎の相交状態の現れが、脾気だともいえるのである。

 口に何を入れるのかは人間の意志であっても、喉を通過した後は天地陰陽の神なる働きに任せるしかないからである。

 この神に下す鍼は、大自然の理に従う鍼であってこそ通ずるのである。

 

【概要】

 卑は会意文字で、小さな匙を手に持つ姿とされている。大きな匙を持つ姿は、卓で「すぐれる、たかい」であり、卑はそれに反して「いやしい、ひくい」の意味となる。

 中焦・脾胃は、自ら低くして飲食物の清濁が入り乱れる身体中央=中焦に位置し、他臓に穀気を分配している。また脾は肝と協調して清陽を昇らせ、胃は腎納気を後ろ盾とした和降作用により濁気は下降する。

 また脾は、天・人・地の中央であり、天気と地気が交流する場である。従って中焦の脾胃と肝胆は、上焦・下焦の気の交流の枢となる。(脾主昇、胃主降=昇清降濁)

 脾は胃と協調して飲食物から穀気を生成し、主に肺へ穀気の運化と津液運化が行われるので気血生化の源と称されている。

 

 「臓腑経絡詳解」<岡本一抱>では、脾胃を石臼にたとえ、下の石を胃とし上の石を脾として取っ手を手足としている。(脾主四肢)

 手足(取っ手)をしっかり運動させると、飲食物の消化を促すことになり、逆に手足が重だるいなどの症状は、脾胃の機能低下もしくは水湿が邪気となって脾気を阻んでいると考えることができる。(下図)

 

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 また岡本一抱の臓象図は、胃の上にあって揉む図となっている。

 反対に、石臼の穴に入れる穀物が多すぎたり、また水分や油分が多いと石臼は回りにくくなるので、手足が重く感じるようになると連想することが出来る。

       

【位置】 

 十一椎下 脊中穴に付着

  

【形状と臓象】

 

a, <刀鎌の如し>

 薄く平べったい形状であるが、この形状からは、脾の臓の機能をイメージすることは難しい。

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 上図・石臼のイラストのように、脾は四肢と関係が深く脾がしっかりと動くことで胃もまた正常に機能する。従って適度な運動は胃の受納・腐熟・和降作用を促進し、運動不足になると胃気の停滞を来して食欲が減退する。

 

 

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c. 坤・地 f:id:ichinokai-kanazawa:20200727070141j:plain

   象卦は順で万物を生み出す母なる大地である。天・乾の創造・造化に従って成長化育する。三爻の全てに陽が無いことから、脾が機能するためには、上焦・中焦の陽気に頼ることになる。

 

b, 「脾は燥を好み湿を悪(にく)む。胃は潤を喜び燥を悪む>

 脾の臓は陰気が多いので、過剰な水分は脾気を損ないやすく、梅雨などの外湿の影響を受けやすい。

 反対に胃は陽気が強いため、防衛力と異化作用にすぐれているため燥を嫌う。したがって、傷寒六経の陽明病では、潮熱、口渴、便秘(実秘)などの燥熱の状態が中心となる。

 

c、脾統血

「脾蔵営」<霊枢・本神八>とあり、営血を生成する外に、脈外に漏れ出さないように腎の固摂作用と共に統血・摂血する。

 

d、「諸濕腫滿.皆屬於脾.」<素問・至眞要大論篇 七十四>

 湿は天の六気中、寒と共に陰邪であり、湿症・水症が現れれば、外因・内因の如何を問わず、先ず脾の状態を伺うことを述べたものである。

 

【五行属性】

 

1. 五方・中央、五季・土用、五能・化

 脾は、五方では中央に位置し、後天の元気の中心となる。

 土用は、各季節の変わり目に相当するが、五行論的には、春夏と陽気が長じ、秋冬で陽気が衰えるその間の夏の土用(長夏)に配されている。

 一日では、13時から17時に相当する。

 また五能のうちの化とは、異なる性質に転化することを意味し、変とは動きのことである。脾は、飲食物を精気と糟粕に化し、精気は臓に、糟粕は腑に受け渡すことから、気血生化の源と称されており、時間軸においても陰陽が転化する枢に位置する。

 

2. 五竅・口 五液・涎

 口は、口腔全体を指し、口腔は内臓腑の延長であり、口内の味覚と機能は、脾の臓に直結している。

 涎とは、無意識に自然と湧き出てくる津液のことで、脾気の昇清作用によって生じる。脾気の昇清作用が失調すると、口乾と同時にめまいや口乾が生じやすいのはこのためである。

 

3. 五志・思慮

 思慮は結ぶ作用があるので、適度な思慮は冷静沈着な行動を促すが、過度になると気が結んで動けなくなる。気が結ぶと肝疏泄と拮抗して肝脾不和となって直接心神に累が及び、長期化すると心脾両虚へと移行する。

 

4. 五味・甘 五能・化

 脾は四方の中央であり、すべての飲食物には甘味が備わっている。適度な甘味は緩める作用があり、肌肉はそのため柔軟さを保つことができる。甘味が過度になると、脾気滞となり水湿の停滞を生じ、さらに内熱を生じて肌肉も緩んで動き難くなり、情志も鬱して伸びなくなる。

 また消化に際しては、五能・化して陰陽転化するには、動きを遅くする必要がある(腐熟作用)が、過度な甘みは停滞を助長するので痞えを来しやすくなる。甘味の緩める作用は、急迫する症状を緩め、また過度な緊張や寒邪による拘攣・拘急を緩める。甘草、大棗、黄耆、地黄などが補気補血薬として湯液処方に用いられているのは、そのためである。

 

5. 五労・久座傷脾

 座位は、立位と臥位の間であり、手足を動かすことなく久しく座すると、脾気滞を起こしやすい。脾は中焦に位置し、胃と協調して昇清降濁を行う必要があるため、運動することにより手=上焦、足=下焦に気が昇降させる必要がある。(脾は四肢を主る)

 適度に運動を行えば、脾気がのびやかとなり食が進むが、久座すると脾気が鬱し、食が進まないだけでなく水湿の邪を産生して脾気虚へと移行し、そこに心神の鬱滞が長期もしくは急迫すると、肝脾同病から心脾両虚に至る場合がある。

 

6. 五主・肌肉 五神・意智

 肌肉は、皮毛の下部であり汗の源である営血が豊富で、外界の衝撃が臓に及ばないための緩衝帯ともなるため、柔軟性に富んでいる。肌肉の肥痩は、脾気を反映しており、また皮毛にも反映される。

 肌肉に水湿が停滞すると浮腫みが現れ、熱が鬱積すると痒みを伴って皮毛を赤く隆起させ、掻爬して出血を見ると軽減する。湿と熱が結んで湿熱となって肌肉に停滞すると、掻爬によって体液が出ても、痒みは治まらず反って悪化するようになる。さらに熱痰となると、島のように部分的に赤く腫れるようになる。

 

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四季と人体(2)24節気

 

  

 昔の人は季節の変化をあらかじめ知るために暦を使っていました。

 暦の有益な使い方は様々ありますが、我々東洋医学を行っている者にとっても必要不可欠なものです。

 季節の移ろいや天気の状態によって体調や病気・症状が様々に変化する方が実際にいらっしゃるからです。

 人の身体が季節の気の変化についていけなかったり、過剰に反応して体調を崩してしまったり病気になってしまうことを、古人は経験から知っていたのです。

 この暦を上手に使って、季節の変化に寄り添うように衣食住に工夫を凝らし、快適に過ごすだけではなく健康的に豊かに生活していました。

 東洋医学では、自然界の気の変化を的確に捉え、人体の生理的変化との調和を図ることによって、病気を未然に防ぐことが出来る養生法も考え出されています。

 自然を大宇宙、人間を小宇宙として捉える認識方法があります。

 大自然を神とするならば、人間にも同じ神が宿っています。これを内なる神と呼んでも良いと思います。

 このような思想を東洋医学では「天人相関」「天人相応」「天人合一」と称します。

 

 ところで古人は自然の気の変化をどのようにとらえたのでしょうか?

 まずは四季の移ろいによる気の変化を図に表わして説明しています。

 養生の基本、治病の基本を読み取ってくださればと思います。

 今回は、川村 淳子先生が冬至・夏至の二至と、春分・秋分の二分、立春・立夏・立秋・立冬の四立の八節から二十四節気に至るまでを解説してくださってます。

 どうか、みなさまのお役に立ちますように。

 ちなみにこの動画は、2020年7月12日 「鍼道 一の会」基礎医学講座の内容の一部です。

 

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胃の臓象

 内経医学では、「胃の気」を重視しているが、中医学ではその概念がすっぽりと抜け落ちている。

 「胃の気」に関しては、「一の会」四診実技理論の教科書で詳述しているので、いずれ公開したいと考えています。

 経絡的には、足陽明胃経上に大腸・小腸の下合穴が存在している。

 このことの意味を臓象と重ねてみると、臨床の幅が大きく広がると思います。

 外界としての天の気の接点となる肺の臓。

 地の気の接点となる胃の腑。

 ともに防衛作用が強いために陽気もまた盛んであり、衛気と胃の気の関係もまた非常に密接であり、臨床的にも重要な視点を与えてくれる。

 胃の気の盛衰は、直接生命にかかわってくることを十分にわきまえて置く必要がある。

 

【概要】

「胃者.五藏六府之海也.水穀皆入于胃.五藏六府.皆稟氣于胃.」<霊枢・五味篇五六>

 胃の腑は、地気・濁気である飲食物が最初に納まる所であり、外邪の侵入を防ぐために非常に陽気の強い腑である。(多血多気)

 中医学の『胃気』とは、受納・腐熟・和降作用を指すが、内経医学では、『胃の気』の有無を非常に重要視しており、『胃の気』は、後天の元気であり全身をあまねく循っている。

 胃の気は、切り花のように根が切れてもすぐに枯れないように、胃の気が切れてもすぐには死に至らない。

 しかしながら重病に相対しては、四診を通じてこの胃の気の有無を判断することが予後を判断するうえで非常に重要になる。

【位置】

 十二椎下、無名穴に付着する。

 

【形状と臓象】

 胃の文字は、田と月の会意文字である。古い文字では、田を胃袋として中に物がある形に描かれており、飲食物を容れる袋であることが分かる。

 大腸・小腸が管であるに対して、胃が袋であることの意味は、受納と腐熟が主な機能であるためである。さらには、袋であるため和降の失調を来しやすいことも理解される。

 また六腑はすべて和降するが、腑の始めである胃の腑の和降作用が失調すると、他の部の全てが失調する。

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a.艮・山 f:id:ichinokai-kanazawa:20200704181302j:plain

 艮卦の意味するところは、止まるである。胃は受納した飲食物を腐熟させるために、一旦留めおく必要があることを示している。従って、嘔吐・宿食・呑酸など停滞する胃の病症がより現れやすくなる。

 

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大腸の臓象

 肺と大腸は表裏関係であることは、どなたも十分ご承知のことだと思います。

 では、上焦に位置する肺の臓と、下焦に位置する大腸の腑の生理的整合性をどのように捉えるかが重要なことになって参ります。

 しかも手の陽明大腸経は主に、上焦に流注していながら、募穴・天枢穴は帯脉ラインに位置し、腰陽関と大膓兪は下焦に位置しています。

  天地相交ですね。

 このことの意味を具体的に認識する着眼点が、治療家の力量になって参ります。

 さて、謎解きのための資料を開示いたします。

 

【概要】

 大腸は、表裏関係の肺と強調して、主に飲食物の残渣の排泄と肌表の機能調節を行う。

 大腸の陰気は、手太陰肺経が①水分穴・天枢穴の中焦を流注していることから、主に脾胃との関係が深い。

 大腸の陽気は、陽関穴・大膓兪が下焦に位置していることから、腎の陽気との関係が深いことが分かる。

 大腸と小腸の臓象図が左右に曲がり折り重なっているさまは、②肝胆の左右の疏泄作用によって正常な機能が全うされることを連想させる。

 

【解説】

① 水分穴:文字通り腸胃の津液に関係する重要穴所であり、大腸と小腸の繋ぎ目である。すなわち大腸の上口であり、小腸の下口である。

下脘穴:胃の下口と小腸の上口であり、ここで足太陰は脾に属し、足陽明はこの部で脾を絡う。

  難経腹診では、臍上の下脘穴から滑肉門穴、天枢穴あたりを脾に配当しているが、一定の根拠がある。

② 肝胆の疏泄作用によって正常な機能が全うされる:大腸募穴:天枢 帯脈ラインに属する。

帯脈主治穴:足臨泣  足少陽胆経・開合の枢。

 

 

【位置】

 十六椎下、腰の陽関穴に付着している。

 上焦と下焦、肺と腎の関係が深いことが分かる。

 

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【形状と臓象】

<素問・霊蘭秘典論八>「大腸者.傳道之官.變化出焉.」

 腑は、ひとつながりの管であり、口腔、食道、胃、小腸、大腸と飲食物が変化しながら伝わり降り、糟粕はその最終段階で魄門(肛門)を通じて排泄される。

 これらのことは、足陽明胃経上に、大腸①下合穴=上巨虚、小腸下合穴=下巨虚が存在しているのが意味深長である。

 

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「腎は二陰に開竅す」

 大小便が正常に排泄されるためには、腎陽の気化作用と肺気の粛降作用、胃の和降作用が強調して働くことが重要であることを示している。

 さらに大腸の魄門は外界との境界であり、非常に衛気と陽気の強いところであり、大小便が漏れ出ないように腎の固摂作用によって約束されている。

 大腸は、臓象よりも経絡流注が重要で、「多血多気」の経絡流注から上下・表裏との関係が深いことが理解される。

 大腸の腑は下焦に位置し、経絡は主に上焦に在ることから、天地陰陽の交流(相交)の在り様を理解することが出来る。

 

【解説】

下合穴:<素問・六節蔵象論九>

脾胃大腸小腸三焦膀胱者.倉廩之本.營之居也.名曰器.能化糟粕.轉味而入出者也.

脾胃大腸小腸三焦膀胱なる者は、倉廩の本、營の居なり。名づけて器と曰く。能く糟粕を化し、味を轉じて出入する者なり。

 

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肺の臓象

 肺の臓は、植物の葉に象られています。

 葉と言えば、風で揺らぎます。

 風と言えば、肝の臓ですね。

 風は、寒熱の気が交流する際に生じます。

 まるで連想ゲームのようですが、このように気の動きを先ずはイメージできるようになることが肝要です。

 また『気一元』的に観ると、肺気という独立した「気」というものは存在しません。

 上焦に至った「気」が、場所によってその作用と働きが変化するので、肺気や衛気、心気とかに便宜上名称を変えるに過ぎません。

 すべては、全体性の中でその流れを捉えることが、臨床的には必須の視線です。

(時空間的に捉える)

 そして臓象学によって、気血の生理作用を理解し、具体的に人体に表現されてる微細な変化を捉えて鍼を施します。

 微細な変化をとらえるには、四診理論と実技が必要となって参ります。

 さあ、先ずは肺の臓象を読んで下さればと思います。

 

【概要】

 肺は形声文字で、市(はい)は草木が伸びて茂り、揺れ動くことをいう。また市(いち)は、象形文字でもあり、人が多く集まる場所に、高く標識を立てた形に象る。

 したがって肺は、人体中最も高位に位置し、その時々の状況に即応して常に変動している臓である。(葉が風に揺れているイメージ)

 また気管・肺・鼻・皮毛などは外界と直接接しており、非常に陽気が強く防衛力もまた強いところである。

 反面、風寒・風熱・風湿などの外邪は、位置的にまず肺がこれを受けることになる。

 さらに肺は意識・無意識領域に渡る感覚器でもあり、内外環境の変化に応じて呼吸の深浅・遅速、腠理の開閉などを行い、全身の気機を肝の臓と協調して行う。

 

「肺者、蔵之蓋也」 <素問・病能論四六>

 肺の臓の別名は「華蓋」と称され、華とは、菊のように中央がくぼんだ花のことである。肺の臓は、他臓を上から覆うようであり、下位の臓腑の変調は全て肺の臓に現れるので、「標本」の標となりやすい。

 例えば脾に生じた津液や痰は、肺に昇って停留し、喘息などの肺の病症を生じることになる。このことから「肺は貯痰の器、脾は生痰の源」と称され、標本と病因病理が理解されよう。

 また肺は、経絡流注的にも理解されるように、中焦の気を受けてその機能を全うし、呼気・宣散は肝疏泄、吸気・粛降は腎納気によって営まれる。

 肺の気は、すべて中焦・下焦からこれを受けて機能し、下焦の気は上焦・中焦の気を受けて機能する。このように生命は天地六合※・陰陽が相交して営まれており、上・中・下焦は独立して別々に機能しているのではないことを十分理解しておく必要がある。

 

※六合:東西南北に上下を加えた空間

 

<主な生理機能>

宣発と粛降の舞台となる。

気を主る(天の気の取り入れ口。呼吸を通じて気機を調節する)

肺は水の上源・通調水道

百脈を朝じる

治節を主る

天の気の取り入れ口

 

【位置】

 胸椎第三椎下の身柱穴に着いている。

 

【形状と臓象】

 a. 左右四葉計八葉

 葉に象られていることから、内外環境の変化を受け、敏速に機能することが連想される。また左右四枚均等であることから、肺は左右均等に宣発(宣散)※粛降を行い、肝胆が左右・上下・内外の気機を調節する。

※宣発(宣散):宣は広く行きわたらせ、発は外へ発散して布くことである。人の気配であるとか汗など、津液を適時散布する機能。(上へ、外への気の動き)

 

      

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 b. 「肺者、蔵之蓋也」

 蓋(がい)とは文字通りフタである。岡本一抱(1655-1716)は、肺の臓を鍋の蓋に例えており、中焦から昇ってきた穀気が、蓋である肺葉で水滴となって粛降※し、一部は蓋の穴から出る湯気のように腠理から宣散され体外に排泄されると解説している。(図h-1)

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※粛降:粛とはつつしむ、引き締める、静かの意で 降は降ろす。

 宣発とは逆の気の動きであり、下降する腎の蔵精・納気作用、胃の和降作用、大腸の伝導作用などの働きと協調する。(下へ、内への気の動き)

 

c. 肺は水の上源・通調水道

 下位から昇ってきた湿気は肺で津液となり、粛降して腎の臓にまで下降する。また肺から取り入れられる天空の気(空気)の強い推動作用で、全身の津液を通じさせる。何らかの原因で、肺の水道通調作用が失調すると、顔面・手指を中心とした上半身に浮腫が現れやすい。

 

d. 「それ肺の臓、橐籥(たくやく)の如し」<臓腑経絡詳解・岡本一抱>

 橐籥とは、火力を強めるために風を送る道具のことで、いわゆる「鞴=ふいご」である。神気や手足を強く早く動かすには、血を気に変化させることが必要である。(気化作用)そのため肺は、ふいごのように深く早く呼吸し、推動作用の強い天空の気を全身に回らし、気化作用を促進する。(図h-2)

 

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e. 「諸気膹鬱皆属肺」<素問・至真要大論七四>

 肺は高位に位置しているため、下位に生じた諸々の気はすべて肺に昇り聚る。(肺は、百脉を朝す)(参考資料-三才と五臓配置図参照)

 肺に至った諸々の気は、何らかの原因で呼吸が浅くなると、よく気滞(鬱)を生じる。呼吸運動は、意識・無意識の両域にまたがっていることから、自覚的なストレスは意識的に深呼吸をすることで解消することができる。しかし、無自覚なストレスでは長期間に渡って呼吸が浅くなり、推動作用の低下から気滞を生じ、病的状態に陥りやすくなる。

 また呼吸運動は、肝疏泄、腎納気が主っているため、心身の状態をよく反映する。

 

f. 肺管九節

 九は陽数の極みである。肺管九節としているのは、常に外気が出入りしているため、非常に陽気(衛気)が強く、しかも節であることから、熱によって弛まないことに象っている。従って咽喉から気管にかけては、内熱が盛んであれば炎症が起きやすく、邪熱が一気に肺から肺管に衝き上げてきた場合、肺気が臓と気管に充満して鬱し、呼吸困難を来しやすい。

 

  1. 八卦…兌・沢 f:id:ichinokai-kanazawa:20200625104148j:plain  乾・天 f:id:ichinokai-kanazawa:20200625104240j:plain

 乾・天の象卦は止むことの無い健やかな作用・働きで、万物創造の大いなる根源であるから、天の気を取り入れる呼吸がイメージされる。天から見ると健やかな呼吸は、人の成長老死に深く関係することになる。

 また兌・沢の象卦は少女が口を開いて喜ぶ様子で、肺の宣散・宣発作用がイメージされる。

 また卦は二陽一陰で、下に旺盛な陽気が多いが一陰が三爻に位置するので、表面は常に潤っているが乾きやすい傾向を表している。肺は、外界と接するところは適度に潤すが、乾燥と熱に傷害されやすいことを示している。

 

h.  「肺は、相傅の官、治節出ず。」<素問・霊蘭秘典論>

 相傅(そうふ)とは、君主に仕える宰相のこと。宰とは、古代においては、首長が包丁を用いて獲物を切り分け、大人・子供の身体の大きさや状に応じて公平に分け与える役目を意味する。

 治節の節とは、すべての動きを規定することであり、全身の気機※を規律正しく治めることである。

 総じて肺は、その時々の状況に応じて呼吸を調節し、タイトに、しかも今現在最も必要としているところに気血を巡らす働きをする。

 

※気機:昇降・出入・左右の気の動き

 

【五行属性】

1、五方・西、五季・秋 五能・収

 肺は、五方・西、五季・秋であり、一日では夕暮れ時(15時から17時)に相当する。 

 いずれも、陽気が潜み、陰気が盛んになり始める時期である。人体においては、五能・収の作用で衛気が徐々に体内に潜むことで眠気が訪れ、あくびは大きく天の気を吸い込むことで、推動作用を高め、陽気を循らそうとする動作である。

 また人体の陰陽消長は、左右差があることを示しており、<難経>腹診における、左・東・天枢穴=肝、右・西・天枢=肺に一定の根拠を与えるものである。

 

2、五竅・鼻 五液・涕

 肺気は、中焦・下焦の気を受けてその生理機能を全うすることができる。涕(てい)※=鼻水は、中焦の穀気の一部であり適度であれば粘膜を潤すが、津液が過剰であれば中焦から上昇して鼻水としてあふれ出す。また外感病などにより、腠理が閉じたり冷えると、行き場を失った過剰な津液は肌表や鼻に聚る。

 また鼻には足陽明を始め、手足の陽経が複雑に流注しているため、鼻の症状は、問診その他の所見を合算して、しっかり病因病理を捉える必要がある。また粘膜は肌肉に相当するので、中焦・肝胆・脾胃の状態が現れやすいことも承知しておくべきことである。

※。涕(てい)は、泣くこと、なみだの意であるが、肝に涙とあるので鼻水と解釈した。

 

3、五志・悲

 悲は消の作用があるので、悲しんで落涙が適度であれば七情の鬱積を消し去ることができる。しかし過度となると気を散じて意気消沈し、鬱すると肺気を傷り、全身に影響することになる。

 

4.五味・辛

 辛味は発散作用があり、五能・収とは、陰陽関係にある。辛味の発散作用は、麻黄・桂枝など、発汗解表薬として湯液処方に用いられている。

 

5、五労・久臥傷肺

 肺は、天位に位置するため、立位であれば粛降が容易である。長時間の就寝は、津液が下行し難くなり、津液が上焦で鬱して肺気を破りやすい。腎不納気などの虚喘となれば、寝ていることが出来なくなり、座位での呼吸が楽なのはそのためである。

 

6、五主・皮毛 五神・魄気

 皮毛は、直接外界と接するため、衛気の盛んなところである。皮毛は、脾の摂血(摂汗)と腎の固摂作用(陰気)と、肝の疏泄作用(陽気)との陰陽関係により、環境変化に対応して衛気の巡りを調節する。

 皮毛は全身を包む袋であり、気が出入りする場でもある。さらに皮毛は、身体の形を維持するだけでなく感覚器でもある。この皮毛の感覚は五感(視・嗅・味・聴・触覚)との関係が深く、また個体感覚の基となり自我の形成との関係が深い。

 そして皮毛は、外界の変化に即応して起毛し衛気の保持などの調節をする。

 五神・魄気は、<霊枢・本神第八>「並精而出入者.謂之魄.」とあり、この場合の精とは物質的なことを指しており、肉体を基盤として生じたり消えたり(出入り)する五感のことである。

 五感は、心に通じると意識的、魂に通じると無意識的となり、肉体は意識的・無意識的に外界の状態に反応しながら、正常な生理機能を営む。

 

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 臓象とは

 臓象とは

 東洋医学における五臓の概念は、いわゆる「臓器」とは全く別のものであり、「気」を象徴的に描いたものであり、実体の無いものであるという点を、まずはしっかりと認識する必要があります。

 黄帝内経を読み解き臨床に応用するには、すでに易学陰陽学説五行学説を知っておく必要があるのですが、すでに公開しているものに順次書き加えて参りたいと思います。

 ところで東洋医学の五臓の概念とは、いったい何であるのか。

 ここでは、陰陽五行論で著された臓象の意味する所に限って簡述します。

 

 1.五行とは
 五行とは、四時(春夏秋冬)の時間的変化に伴って大地に現われる事象を、五つの要素(木火土金水)に分類し体系づけたものです。

 従って五行論は固定的に捉えるのではなく、変化を具体的な現象で表現したものとして捉えることが目的であるため、五行論的法則性に準じながらも拘泥することなく、その時々の状況に応じて自由自在に使いこなすことが要点となります。

 

 2.気象と臓象
 「気象」とは、視覚では直接捉えることのできない「気」が、具体的な象(かたち=形)に現れることを指しています。

 例えば目には見えず感じることしかできない天の六気(風寒暑湿乾燥火)は、具体的に雲、雨、雪、雷など、目にすることのできる現象を生じます。これらを気象と称します。

 私たちは具体的に生じた雲の動きや形状、肌で感じる風の強さや気温変化から、傘が必要であるか否かなど、天の気の動きや変兆を事前に察知して対処します。

 これを医学に応用し、身体が表現する様々な現象と術者の五感を通じて得られる気の変兆(臓腑の寒熱・虚実)を捉え、鍼を施します。

 また臓とは、精気を堅く漏れないようにしまい込んでいる気を象った概念(臓気=収斂・固摂)です。

 そして易学・陰陽論・五行論を用いて天人相応させ、自然界と相関しながら生命が変化する具体的な象(かたち)を通じて、正気の状態を認識するために創造されたものが『臓象学』です。

 

 3.解剖学的臓器との違い
 <黄帝内経・霊枢>の『腸胃篇』や『平人絶穀篇』では、胃腸の長さや臓器の重さなどを細かく記載していることから、当時すでに解剖が行われていたことが窺えます。

 ところがその後、解剖学が展開されず発展の形跡がないのは、すでに生命が存在していない死体をいくら詳しく調べても、そこに生命の本質を見いだせないと古人が悟ったからではないでしょうか。

 古人のまなざしは、「生命の本質」そのものを直観的に捉えることにこそ、その意識が注がれたと考えています。

 江戸時代末期に、杉田玄白らが解剖を行い『解体新書』を著しています。当時の医師たちは、実際に腑分け(解剖)した際、この内景図・臓象図とあまりに違うことに驚いたことが知られています。

 このことは当時から、この内景図・臓象図本来の意味を深く理解する医師がいかに少数であったかということを示しているのではないでしょうか。

 

 4.内景図・臓象図とは
 本来、気一元である人間の存在を、五行論を用いて5つに分類して認識したものが五臓概念です。

 その五臓の機能をイメージしやすいように、写実的解剖図を参考に、臓象として書き換えたものが、現在伝わっているあの奇妙な形をした内景図・臓象図です。

 同様に、実写的な解剖図とは異なった東洋医学の内景図・臓象図は、その位置と形を通じて表現されているものにこそ、大きな意味があり鍼灸医学の礎とすべき要があります。

 従って五臓は、あくまで人体の生命現象を五つの要素に分類して認識したものなので、拙ブログにおいて、イメージとして五臓概念が心に浮かべば幸いです。

 生命とは、すなわち「神」であり「気一元」です。「気」が流れる温かい身体こそ、生命の本質が具現化したものと考え、論理を構築したのが東洋医学です。

 われわれ鍼灸師は、鍼と灸を道具として「気」を動かし、導き、気の偏在(表裏・寒熱・虚実)を整えるのです。
そして生命本来の輝きを取り戻し病を治し、生来の楽しみに導くのが東洋医学本来の目です。 

 

 さて、これから順次「鍼道 一の会」六臓六腑の臓象を公開して参りたいと思います。 

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