ブログ『鍼道 一の会』

『鍼道 一の会』は、「福祉への貢献」を目的に、「伝統医学」を規範に、「鍼灸」を手段に、「大阪市」を本拠地に据え、活動を続けている団体です。当ブログ内の一切の著作権は一の会に在ります。流用される方はご一報ください。

局所治療をしない理由

 この投稿は、2020年5月に行いました「鍼道 一の会」基礎医学講座で、筆者・金澤がお話しした内容です。

 表題は、「局所治療をしない理由」としておりますが、症状は表に現れて来た現象に過ぎないわけです。

 現象を引き起こした原因というものが、必ず存在するわけです。

 我々は、その真の原因を四診を駆使して見つけ出し、病因の根になっているところに1本の鍼を用いて解決を図るのです。

 ですから、腰が痛いからと言って、腰に鍼をするなどということは、「鍼道 一の会」では、ありえないことなのです。

 こういった考え方を、公開してます動画や、その内容をテキスト化した以下の文面から読み取って頂ければと思います。

 

 

 

 

動画内容のテキスト 

 

 この前、現象と本質についてっていう、話が出来ませんでしたので、今日はそのことについてその話をさせていただきたいと思います

  現象と本質って言うと言葉は難しいですけれど、言葉を変えますと

 症状と病根。

 専門用語でしたら標本。こういう言葉になりますかね

 

 東洋医学の世界観をある程度きちっと自分の中でイメージできたり、身につきますと、世の中の現象も全て繋がってますから目に見えない本質も理解することができます。

 ちゃんと見えますよっていう、こういうお話だったと思うんですね。今日の最初の自己紹介の時にお話ししたと思うんですよね。

 

 我々たとえばその…宇宙…いきなり堅い話ですけど、世界の三大謎ってこの三つなんですよね

 宇宙とは何なのか

 物質、生命とは何かって、こういうね、人類の三大謎って言われてるんですけれども、これの解明の方法論としては今は科学が中心なんですよね。

で、科学的な手法でかなりのことはわかってますよね

 

 この宇宙の始まる前とか今宇宙は、どんどんどんどん広がっててある時には収縮に転じるんちゃうかとかね

 物質も原子分子から素粒子の世界にまで、何も無いとこから急にポッと出てきたり突然消えたりするんですよね。

 そういうものと、あとは生命ですよね、遺伝子のレベルまで解明が進んでいるんです。

 

 けれどもこれはあくまでもね、現象の仕組みを説明しただけでその本質的に、じゃあ宇宙ってなんやのん、

 物質って何ですかとか

 生命ってなんなの?っていう答えにはなってないんですよね、どうでしょうか。

 

 そらすごいなと思いますよ。物質って素粒子なんや、何もないとからポッと出てきたりするわけでしょう。

 

 ねっ、それはすごいんですね。生命も遺伝子って習いましたけどあんまり覚えてないんですけどね。言葉だけしか覚えてないんですけど、すごいなと思うんですよね。

 

 じゃあ、我々の世界観では、この宇宙、物質、生命って、これ何かっていったら、これなんですね。

 気一元の世界である。

 

 宇宙も生命も物質も全て気の一つの現象でしかないぞ

 あらわれでしかないよっていうこと言ってるんね。

 じゃあ、『気』てなんやねん。

 こういう話になってくるわけですね

 

 そうしたら、『気』は、生命そのものであるわけですし、

 物質そのものでありますし、

 宇宙そのものであるって、

 分かったか、分からへんか、あの~分からん話しになってくるんですけれども、結局、宇宙っていうのは宇宙も物質も生命もこう常にこう、今日の座長の話じゃないですけれど循環して生々流転して一時も休みませんよね。

 常にこう動いてるもんなんでこう言う現象として表してるもの、現象を通じてその気の動き、気の状態を直感的にパッと捕まえよう、また直観と言えばまたちょっとこう、怪しげなことになるんですけれども主観ですよね。それぞれの持ち得てる主観で捉えようやないかと。

 

 それじゃああんまりやからその主観っていうことに対して一定の筋道をつけよう。これが東洋医学の理論やと思うんですよ。ここまでどうでしょうか。

  難しい? なんか反応してくれへんかな。

 僕もこない言うとるけど、突っ込まれたらねぇ、ちょっと、どうかなというとこもあるんですけどね。

 

 東洋医学では、自然と人間の関わりにについていろんな見方があるんですけど、ひとつにはね、『天人合一』こういう言葉があるんです。

 天人合一とか天人相応っていう言葉があって、天って言うのは自然界宇宙のことですね。

 宇宙の原理と人体の生命の動きは同じ原理ですよ、だから相い応じてますよ、ってことを言う訳ですよね。

 

 だから我々の医学の基本は自然界の気の動きと、人間の体の気の動きは同じなんで、だから天の気の変化つまり、例えば四季ですよね。

 春、夏、秋、冬の気の変化に相い応じて生きましょうね、とかね、自然界の気の変化に応じて人間の気の動きも変化するんですよっていうこと言ってるわけなんですね。

 

 たとえば、具体的に言うと暑かったら気が浮きますよね。盛んにになりますやん。

  そしたら人間の脈も浮いてきてちょっと盛んな、盛んになるような打ち方しますよ。 

 冬やったら静かになりますやん。

 でギューと寒いから、締まったような感じに自然界の気がなるので、人間の脉も体も全部そうですよ、

 脈もギューッと締まったような脈になりますよっていうことを昔の人は素問・霊枢にはそういうふうに書いとるわけですね

 

 だから顔の気色にしても脈診にしても病症にしてもこの自然界のこの気と相い応じていない、

 もしくは応じてるか応じてないか、こういうとこらへんが結構大事になってくるんですね。

 

 たとえば今日、僕の住んでる泉北大阪南部はちょっと外へ出ましたらちょっと梅雨みたいにムーっとしてるんですよね。

 

 京都の患者さんとちょっとやりとりしてまして、患者さんから今日は何か痰が湧きますっていう連絡が入ったんですね。

 だからこれ気候とっぱり関係してるなってのは、ここで、僕なんかはやっぱりそうやなあと。

 いうてみたらは湿度高いわけですから現代科学的な説明すると体から蒸気が、こう出て行きにくい。分かりますかね

 皮膚からね、ワーッと汗が出にくいような感じですよね。

 

 そしたら体に体液がたまるじゃないですか。

 でね、体に熱持ってたりするとその熱が体液をネチャッとさせるように、煮詰めるようなイメージ。ほな痰が湧きますよね。

 

 だからまーやっぱりこの泉北だけじゃなくって京都も湿気高いんかなあなんて

ちょっと思ってたんですね。

 

 こういうのが僕らの医学の基本になるわけです。天人合一とかね。

 そしたら皆さんが学校で習った上焦、中焦、下焦ってありましたね。

 

 これは天、人…天・人・地っていうふうに、これ天が上焦ですよね。

 人が中焦で、地っていうのが下焦になるわけですからこれを三才思想というわけです。

 

 これもやっぱりまず天人合一。

 これを天・人・地の三つに分けてちょっと認識してみようかないか。

 でこの天・人・地の間に、この今日の経絡でしたら縦ですよね。

 天・人・地の縦のラインでどういうふうに気が変化して巡ってるのかって、これ三才思想なわけです。こういうふうに見て行くわけですね。

 で、今度左右の問題になってくるとこれまたちょっとややこしいんですけど、太陽は、南向いて立ちましたら太陽は左手から上がってきて右手に進みますよね。

 東から昇って西に沈む。そしたらここで陰陽が消長するわけですね。

 

 消長ってのは左からこうずっと陽気が昇ってきたら、左に陽気が長じる、伸びるわけですよね。

  左側からこういう風に行くと、左側が消えるわけですよね。

 陽気が右側に陽気が盛んになって、全体として夜になったら消えるわけですよね。なんか、イメージわきます?

 

 こうやってこうやって陰陽というのは増えたり減ったりこうするわけで、この陰陽の消長が上下でも起きますし、左右でも起きますし、ありとあらゆるところに起きますよ。

 こういうのは、いわゆる陰陽論になってくるわけですね。

 まず天人合一、天・人・地。この間に流れる気を捉まえるのに、今度は気一元やったんやけども

 この気一元を、じゃあ、二つに割ってみよう、そして二つに割ったら陰と陽っていうふうに名前つけよう。そういうふうになったわけですよね。

 そしたらこれは、陰と陽の二つに分けましたけれどもこれを五つに分けてみようとしたら、これ五行論になるわけですよね。

 

 五行論と陰陽論というのは本来、別のもんなんやけど途中からうまいこと理屈が合うように合体さしたわけですね。

 これは、五行論って言うたら五つやのに三陰、三陽いうたら、はや六つになるやないですか。

 で、これをどんなふうに、じゃあ認識すれば矛盾なく三陰、三陽として見れるんやろうっていうふうになってきたら、今度は別の概念で三陰三陽ですから2で割れるじゃないですか。

 ねっ、そしたら一つの空間っていうものがあってそれを例えば前と後ろで二つじゃないですか

 前を三つで割ったらええやん。2つで割ってもええし、三つで割ってもええわけです。

 で、これは自由自在に見てるところが、ここがややこしいとこやねん。わかります?

 

 例えばねちょっとねこれちょっと例えが良いか悪いか、合ってるかどうかもちょっとわからへんねんけど。

 稲垣座長って言ったら一人の人間やんか。

 一人の人間なんやけど、これは座長として見てみたらどうなんや。

 教師として見てみたらどうなんや。

 全然評価がちゃうでしょう。

  旦那さんとしてみたらどうやねん。

 これまた違うと思いますよ。

 

 でも稲垣順也っていう人間は一人じゃないですか。

 みなさん、同じことやってると思うんですよ。

 

 その一人の人間を認識する時に男性としてみた場合、人間として見た場合、先生としてみた場合。

 それぞれこうこう、同じ稲垣順也っていう人間に対して、当てる焦点が違いますでしょう。

  分かりますかね。当てる焦点が全然ちゃうやんかね。

 

 それと同じように、人を見る時に陰陽論でみようか、五行論でみようか、いや三陰三陽でみようかということで、それぞれ実は視点が違うねんね。

 これを一つのものとしてまぜこぜにしてしまうと、もうぐちゃぐちゃになってしまうねんね。分かったようで分かれへん。

 これはまたね、これから江見先生がちゃんと説明してくださると思うんですけれど、奇経八脉も奇経八脉でひとくくりのもんじゃないんです

 これも一つ一つ独立したもんなんですね。

蹻脉は蹻脉。維脉は維脉。帯脉は帯脉。

 という、それぞれ独立したもんで、俗に言われているひとくくりのもんじゃないんやでということ。これはまた今後ね、江見先生が皆さんに分かりやすくお話してくださると思います。

 

 で、これをですね陰陽論のね、じゃあ内経なんかではどんなふうに書いてるんやろ。

 ちょっと古典から見ていきましょうか。

 まず、陰陽応象大論第五。最初の方ですね。

 ちょっと見ていきましょうか。

 この中にね、こんなこと書いてあるねん。

 漢字難しいけどね、こんなん慣れるからね。

 

 ゆえに、清陽は天と為し、濁陰は地と為す。

 

 これ、天地が出てきますよね。地気、大地の気は昇って雲となるんや。

 天の気は、雲って言うのは天気が現れたもんやで。

 これダーって読むとね、

 ゆえに清陽は天と為し、濁陰は地と為す。

 地気は上りて雲と為し、天気は下りて天と為す

 雨は地気より出で、雲は天気より出ず

 

 簡単なことなんやけど、分かったかったようで分からへんでしょう?

 ねっ、だから雲って言ったらどこにあるかと言うたら、僕らの身体で言うたら上焦にあるわけですよね。

 で、上焦の雲の出所は、大地、下焦から出た気が天の上焦に行くと雲となるんや。

 で、この天の気、上焦の気がヒューッと降りてくると雨となるんや。ねっ。

 

 ということは天気というのは、下焦まで降りて来るとおしっことか津液になるんや。

 粛降みたいなイメージですかね、肺気粛降みたいな。

 雨ってのはね、これも解釈の仕方ですよね。雨ってのは天から降りてきたんやけど、元々地気から出て雲って言うのは、天気の作用によってできたもんやで。

 こうやってやってみるとやね、胸の状態、上焦の状態を見ると下焦の状態が分かりますよね。

 たとえばね、雲の状態を見ると大地の状態が分かりますやん。

 

 だからこう大地の状態がむっちゃ暑かったら、入道雲になるしみたいな。

 でもそこには天気の状態も現れてるんやけども、雲そのものは大地から昇っていったもんやんか。

 暑かっても入道雲になってなかったら地気はそんなに暑いないんやとかって、わかるじゃないですか。

 これをもっと拡大解釈すると咳が出てるとか呼吸が苦しいとか心臓がこう、動悸打つって言ったら、これ上焦に現象が出てますよね。

 この現象は上に出てんねんけども、下の状態はどうなんやろうって見るのが東洋医学なんですよ

 

 今度は反対に腰が痛いとかそれからおしっこ出る時にね、膀胱炎で痛いとかね、それから生殖器の問題とかね、こうやって下半身に出る病の時は、じゃあ、上焦の状態は、一体どうなってるんやろって、見るのが東洋医学。

 要するにね、全部見るやってね。

 

 その際に今ここで書いてる上下の気の交流っていうことを見なさいよっていうことをここで書いとるわけですよね。

 で、ここで書いてないのは、天地であって、ここに人(じん)が入ってないですよね。

 人ですね。これは素問の最後の方に書いてあります。これまたいずれやりましょう。

 

 とりあえずまずね、上下の気の交流を見ましょうよっていうことを書いとるわけですね。

 

 で、ここで簡単に人の生理のことも書いています。

 清陽は上竅に出で、竅(きょう)っていうのは、穴って意味です。

 で、上の穴なんですから、目・鼻・口・耳のことですね。

 清陽っていうのは上竅に出て、濁って重たい陰気は下竅、前陰と後陰に出ますよ。

 そしてまた上竅だけじゃなく清陽は腠理(そうり)に発しますよ。

 腠理ってのは、肌のキメのことですね、毛穴とかね、そういうものでええと思うんです、衛気のことやと。

 濁陰は五臓に走る。これは精気のことですね。

 で、また清陽は、四肢を実しですから、今日の経絡ですよね。

 体幹部から四肢の方へ精気を充実させるのは、これは、清陽ですよ。

 で、濁陰は六腑に帰す。帰りますよって。

 まっ、消化作用を行うべき物質的な基盤になるっていう。まあ、これは僕の意訳なんでね。

 

 これはあのあれですよ、ブログ「鍼灸医学の懐」に、これ載せてますんで、読んで頂けたらなと思います。

 まあこういうふうにね、これ簡単な生理です。

 

 またこれを細かく細かく五行に切ったりとかね、経絡で、じゃあみよう。臓腑で見てみようとかね。

 また様々な視点を用いて気の状態気の動きを見てどこの気が動かないのか、どっちに偏っとんかとかね、こういうことを見て行って、その症状とか現象を通じてどうやったらこう、正常な気のルートに戻って行くんやろ。

 座長のようにこう、脈を精密に診てその脈を通じて現れてる気の偏在。

 こっちはえらい出て、ここはようさんあって、こっちはえらい少ない…でと。

 この多い少ないを生じてるのは、どこなんやろってところを探してそこに1本鍼を打つわけなんですよね。

 

 ねっ、だから基本はこういうことこういうことがベースにあって、で稻垣先生もこういう思想のもとで鍼をやってる。

 方法論としては脈診っていうことやってはるわけなんやね。中心にやってはるわけなんです。

 で、もうちょっと違う視点で見てみましょうか。

 これ生気通天論やったと思うんですけど、これね、また同じように読んでみましょうか。

 天地なるものは、万物の上下であるぞ。そうやね。

 もう天より高いものはないよね。

 大地より低いものがないので、我々人間にとってはこの世に存在する万物の全ての上下や。

 陰陽ってのは血気の男女である。

 女性は生み出すわけで男は一生懸命働かなあかんのでしたよね。

 

 ここね、これすごい大事な、これ尾関先生が今日言ってた軸、軸一本ではあかんのですよね。色々様々にこう動いたりせなあかん。

 上下の話をしましたやんか。ねっ。

 今度、絡脉っていうようになってきたら今度、左右横の関係になってくるので、この左右のなるものは、陰陽の道路であるぞ。

 これね、僕も長いこと分からへんかったんやけど、結局陰陽の消長のことやろうと思う。

 僕はどうやって訳してるんやろね、そやね。

 人が南面して立ったら東は陽です。さっきの話ですよね。

 で、この陰陽の道路の軸になる所ってあるんです。いっぱいあるんです。

 たとえば今日尾関先生が話してはったね、衝脉って言うのは、身体のこの、百会と会陰をつなぐ、この中心が衝脉でしたよね。

 この前のこの中心っていうたら、任脈ですよね。後ろの中心って言えばこれ、督脈でなわけです。

 この任脈・督脈というのが左右の気の左右、左右を通って行くわけんんですけども、こういうところ辺が、陰陽の道路の枢。

 枢ってのは、枢っていう言葉は難しいんだけど蝶番(ちょうつがい)って分かります?

 あの扉のね、蝶番。開いたり閉じたりするこのここね、軸。これが任脈・督脈になりますよ

 こういう枢っていうのがいっぱいあってこの枢がうまく働かないで、今日江見先生が一源三岐って言ってましたよね。

 源は一つで三つに分かれてますよ。江見先生がチラッと言ってましたよね。

 これは一源というのは衝脉で、ちがう、腎の気でこれが、衝脉、任脈、督脈の三つに分かれてますよって言うことを、江見先生がね、三陰三陽のとこでちょっと言ってたんですよ。

 こういうことなんかも、えーどう言うたらええんやろなぁ、現象と本質、症状と病根、こういう病根を捕まえる時にこういう方法論を使ったりするわけです

 

 だからこの認識論ていうのはたくさんありまして、その一つの理論で済めばそれはもうそれでいいわけです。

 でも見る視点を変えないと、どうもこの起きてる現象がわからへんっていう時は、次々とこの尺度を変えていくわけですね。

 最終的には僕も尾関先生も多分、稻垣座長もやっぱり、この気一元で行きたいと思うんですけどね。

 どうやろ?僕なんか目指してんのも、ぱっと見たら、あっ、これや!って分かるようになりたいな思ってるんやね

 で、患者さんも僕の顔をパッと見たらもう半分治ったみたいな。

 で、もう鍼する前から治るべくして治る、みたいな。

 そういうとこがまあ、僕が目指してるところであり、理想の鍼の状態です

 

 ということでまぁざっと現象と本質。

 今起きてるコロナの問題も社会現象です。けれども、この裏にいったいどんな力が働いてるんやろ、な~んて僕らは考えるわけです。ねっ。

 

 今、経済が沈滞してますけども、世界中のそれぞれの中央銀行が物凄い市場に金を出してますよね

 そしたらこんだけお金を世の中にジャブジャブになるぐらいお金を入れたら通常はインフレになりますよね。

 

 お金の価値が下がってまうやん。お金が、バァーっと増えんねんから。

 せやけど、これは多分デフレになるやろ。

 こんだけお金を世の中に撒いてるのに、お金の価値がますます上がるやろうと。

 なんでそういうことになるんかって言うたらお金の量でインフレになるデフレになるじゃなくって、お金を手にした人の気持ちがどんな気持ちなんかで決まるわけですよね。

 

 これから先が不安やと思ったらお金使わへんやないですか。

 そしたら物の価値が値段がどんどん下がって、お金の価値が上がっていきますよね。

 

 インフレっていうのは未来は明るいぞ、おい食おうぜ飲もうぜ、あれ買おうぜってなるわけですからみんなが物を買うわけでしょう。

 そしたらみんなが欲しい欲しいって言うてんねんから、物の値段は上がって行くじゃないですか。

 ほな金の価値は相対的に下がっていくやないですか。

 て、って言うふうに、この現れる現象って、裏には気の問題っていうのは必ず潜んでるんですよ。

 だから東洋の考え方ってのはすでに起きてる現象の裏にはなんか気があるぞ。

 こんなふうに見ていきますので、東洋医学を勉強したらそれを日常のご主人との関係、お子さんとの関係対人との関係とかね、もちろん自分自身の健康管理とかね、そういった様々な分野に、どんどん応用して自分のイメージで体にじっくりとこう、なじんでんでいくように日々学んで頂けたらなと思います。

 私からは以上です

 何かご質問がありましたら、またご感想がありましたら、どうぞチャットの方に書き込んでください。

 ありがとうございます。

 

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